はじまり
この坂を登るのは、もう何度目かも分からない。
初めてこの坂を登ったのは、入試当日だった。
思えばあの時から、桜は散り、蝉は鳴きやみ、蜩が鳴きやみ、雪が溶け、そして今日がある。あと1時間も前なら、この道には人が溢れていただろう。校門の前に誰かが立っている。
「君は、新入生?」
「はい……」
今にも途切れそうなほどの透明な声がかえってきた。
「あなたもそうじゃないんですか……」
「俺は今年2年になる者だ」
「そうですか……」
「ここで何をしてたんだ?」
「ただ、ここが落ち着くから」
「そうなの。入らないのか?」
その新入生君は少し頷いたあと、校舎に入っていった。名前くらいは聞いておいた方が良かったかな。そう思った時には既に新入生君は見えなくなっていた。俺も行かなければ……。下駄箱を開く。──────何も入っていない。まただ。いじめなんてのはみんなが想像するようなちゃちなもんじゃ断じてない。上履きの中に画鋲なんてのはフィクションの話だ。こういう場合、大抵明日になると上履きが戻っている。そう。二度と使えないほどズタズタにされて。仕方が無いので、上履き無しで一日を過ごすことにした。教室に入る。
「いでっ」
つい声に出てしまった。扉にカッターの刃が張り付いていた。深く刺さっている。血が止まらない。だが、そのまま入る。教室はざわついていた。教師の姿は見えない。はいはい、どうせ来ませんよ。
「おい!輝一遅いぞー。罰としてカバン没収〜」
「輝一くんおっはーwうちが挨拶してやったんだから10万ね〜」
色々と投げられてくる。痛い痛い……。
うるさいクラスメイト達を無視して席に着く。──────っ!これは………。ガラスの破片が手のひらに刺さるのがわかる。椅子から血が滴る。
痛い。
……いや、もう慣れた。何も言わず席を立ち、教室を出る。
「ああ、また君か。いい加減にして欲しいね」
保健室に入ると、保健の先生である、大徳寺瑠美先生がうっとおしそうに言ってきた。やめろ、そんな目で見るな……。
「怪我したから処置してください……」
瑠美先生は何も言わずに処置をしてくれた。
「しばらく休ませてください」
そういって、ベッドに寝転がる。
「天城君はいますか?」
この声は、ゴルデロ・ゴラ・クロノス先生だ。
「クロノス先生、どうしました?」
「あ、いたいた、天城君!遅刻したなら職員室にちゃんと寄りなさい!」
「はいはい、わかってるよ」
「その返事はわかってない人の返事です!」
「へーい」
「もういいです」
クロノス先生が保健室から出てしまった。
親に電話されたらまずいな……。
また殴られる……。
うちの母は父と離婚してから急に変わってしまった。
部屋には空き缶と煙草の匂いが残り、機嫌が悪い日は、理由もなく殴られる。
「失礼するぜ」
「またか、騒々しいな」
瑠美先生が言う。
「まあそう言わずに、ね?」
「可愛い生徒、とかは言わせないぞ、遥斗少年」
と、入ってきた幽鬼遥斗が言う。
「なんだお前、またやられたのか」
お前だってやられたからきたんだろうに……。
「そんなことないぞ、ただ来ただけだ」
うそつけ。
遥斗と俺はいつも遅刻している。
空気も読めないし、たまにサボる。
いわゆる問題児というやつだ。
だからだ。
俺たちが嫌われているのは。
で、ただ来ただけってなんだ?
「教室にいると怪我するし」
そっか、まあ、分からなくもないが。
「んじゃ、俺帰ります」
「手を怪我したくらいで早退か」
瑠美先生は止めたいらしいが
「教室戻ってもまた怪我するだけなので」
「わかった、気をつけて帰るんだぞ」
保健室をあとにした。




