第64話:粘害wave4(後編)二章終了
戦場に転がる死体を、スーが鷲掴みにする。 グチャッ、グチャッ。 濡れた音が響いた。
俺たちも知らない、スーの能力。
ただの死体となった粘液たちが、スーの手によって捏ねられ、もう一度、無理やり生を与えられていく。
彼女はまるで粘土細工のように死体同士を融合させ、新たな形を造り上げていく。 それはスライムたちの尊厳を冒涜する行為かもしれない。だが、今の彼女に躊躇いはない。
「起きて! そして僕たちを助けて!……可愛い子供たち!」
スーの叫びに応えるように、背後でツギハギだらけの巨人が立ち上がった。 即席のスライム合成獣。
無数のスライムの核を融合させた、異形の守護者。
それが苦悶とも威嚇ともつかない唸り声を上げ、バグ軍勢に突撃した。
ドゴォォォォン!!
キメラの剛腕が、増殖する毒スライムたちをまとめて吹き飛ばす。
スーの作り出した怪物は、バグ個体にも引けを取らない暴力の塊だった。
「すごい……! これなら!」
俺は即座にコンソールを展開した。
この即席の怪物に、俺のコードを埋め込む。ただの物理攻撃だけじゃ足りない。システム的に不死身に近い挙動をさせる!
「援護する! スー、その子たちの制御を少し借りるぞ!」
俺は複雑な条件分岐とループ処理を高速で記述し、キメラの核へ流し込んだ。
[Code Injection: Target_Chimera]
>> while (Status == Alive) {
>> Add_Enchant (Element: Thunder_Lord);
>> }
>> if (Damage_Taken == True) {
>> Execute_Skill (High_Regen);
>> }
「生きている限り雷を纏い続けろ!傷ついたら即座に再生だ! 死ぬことすら許さんぞ!」
バチバチバチッ!! キメラの全身から猛烈な雷光が噴き出した。 雷神と化した合成獣が、触れるもの全てを消し炭にしながら暴れまわる。敵の攻撃を受けても、俺が組んだ『if文』が即座に作動し、傷口が瞬時に塞がっていく。
「いける……! これで戦況は変わるはずだ!」
俺は拳を握った。これなら押し返せる。
だが。
バグ個体は殴られた箇所からノイズを撒き散らし、キメラの身体を物理ダメージではなく、データレベルで侵食し始めたのだ。
俺の組んだ再生プログラムが、ノイズによって書き換えられていく。
殴れば殴るほど、スライムキメラの腕が文字化けし、ボロボロと崩れ落ちていく。
「なっ……コードが、食われている!?」
「くっ……! 数と再生速度が……! 私の子供たちが持ちません!」
スーが悲痛な声を上げる。 圧倒的な能力と、俺のロジック強化を持ってしても、この理不尽なバグの奔流を止めるには至らない。
ジリ貧だ。このままでは全滅する。 俺は叫んだ。
「個別の対処じゃキリがない! 一網打尽にする! 全員で敵を一箇所に押し込め!」
俺はコンソールのリミッターを解除する準備に入った。
「フェン! あいつらの『座標』ごと凍らせて固定しろ! 位置ズレも再生も全部ロックするんだ!」 「了解!」
三人が同時に動いた。
スーが残った全ての合成獣を特攻させ、自爆覚悟で敵の前進を強引に食い止める。 その側面からルナが疾走し、逃げようとする個体を黒炎で焼き払い、中央へ追い立てる。
「今です! お姉ちゃん!」 「はいッ! これで……全てを封じます!」
フェンが敵集団の中央へ飛び込み、切っ先を地面に突き立てた。 展開するのは、管理者すらも拘束した絶対封印の奥義。
それの最大魔法。
「氷結の棺・搦手⋯墓園の氷界!」
カィィィンッ!!
空気が凍てつく音と共に、巨大な氷の棺が出現した。
座標がズレていたバグ個体も、増えすぎた毒スライムも、再生を続ける炎スライムも、スーの合成獣ごと全てを飲み込み、その活動を完全に停止させる。
物理的な移動はおろか、データのゆらぎすらも許さない絶対零度の牢獄。
座標が固定された。
「カイさん! 今です!」「おう!……この世界から消えろォォォッ!!」
俺は天に右手を突き出し、最大出力のコマンドを叩き込んだ。
[Command: Delete (Target: Area_Coffin)] [Option: Force_Execution (Ignore_Resistance)]
音すら置き去りにする閃光。
空間ごと敵を削り取る、絶対的な消去。
システムによる強制排除が、眼前の悪夢をごっそりと消し飛ばした。
……。 …………。
光が収まると、そこには何も残っていなかった。 ただ、抉り取られた地面と、晴れ渡った青空だけが広がっていた。
[System Announce: Wave 4 Cleared] [Event Completed: Viscous_Disaster]
無機質なアナウンスが、戦いの終わりを告げる。
「……終わった、の……?」
ルナが力なく呟き、地面にへたり込む。 だが、その顔にいつもの勝気な笑顔はない。 フェンも剣を落とし、震える手で自身の体を抱きしめていた。
悠乃は青ざめた顔で、何もない空を見上げている。
そしてスーは、自らの手で作り出し、そして消滅させた「子供たち」がいた場所を見つめ、青い顔をして震えている。
多くの同胞の死体を操った罪悪感と、徒労感。
勝った。 確かに勝ったはずだ。
フェンの氷結魔法の新たな使い道を見つけたし、ルナの力は存分に発揮された。
悠乃を無傷で守れた。スーは新たな力を見せつけた。
喜ばしいじゃないか。喜ばしいはずじゃないか。
だが、目の前に広がる光景は、勝利と呼ぶにはあまりにも凄惨だった。
スライム村は半壊し、地形は抉り取られ、変わり果てている。
そして何より、あのバグの軍勢という理不尽な存在が、世界に現れ始めたという事実。
「……こんなのが、また来るの……?」
誰かの呟きが、重くのしかかる。 底知れぬ絶望感が、全員の心を蝕んでいた。
「……帰るか……銀狼の村に」
俺は絞り出すように言った。
重苦しい沈黙の中、俺たちはボロボロになった足を引きずり……そのまま、泥のように倒れ込んだ。
(第2章 完)
見てくださってる方へ。。いつもありがとうございます。
これから投稿頻度は落ちていく予定です。なぜなら電撃文庫の公募の作品と文藝賞用の作品を仕上げることを優先するからです。
でもまあちまちま投稿していくので。よろしくお願いします




