第63話:粘害wave 4 (前編)
空が、割れた。
比喩ではない。スライム村の上空に広がる空間そのものが、古い液晶画面のように極彩色のノイズを走らせ、バキバキと音を立てて亀裂が入ったのだ。
「……来るぞ! 総員、構えろ! 悠乃とスーを背中に隠せ!」
俺の号令と同時だった。 亀裂から、おぞましい何かが雪崩れ込んできた。
それは、スライムだった。だが、今まで見てきたような整然としたモンスターではない。
テクスチャが剥がれ落ち、ワイヤーフレームが剥き出しになったもの。
ありえない角度でポリゴンが欠損しているもの。
色が激しく明滅し、視るだけで精神を削ってくるもの。
システムが定義できないバグの軍勢。 それが、ファイナルウェーブの正体だった。
壊れたレコードのような不快な音を撒き散らしながら、バグ個体たちが着地する。
「先手必勝! 氷結・絶対零度!」
フェンが即座に動いた。 最大火力の冷気が、着地した直後の敵群に叩き込まれる。 だが。
「……ッ!? 反射持ち!?」
フェンの方に異常事態が発生した。 放ったはずの冷気が、鏡に反射するように跳ね返され、フェン自身を襲う。 フェンは咄嗟に氷壁を展開して防いだが、体勢を大きく崩される。
「くそっ、反射持ちかよ! しかも個体差がバラバラだ!」
俺はコンソールを叩きながら叫んだ。 敵のステータスは滅茶苦茶だ。物理無効、魔法反射、即死耐性――個体ごとにルールが違う。
その時、爆発音のような轟音が響いた。 ルナだ。
「生意気なのよ、雑魚のくせに……ッ!」
ルナの炎エンチャントの神速のブーメランが、筋肉のような隆起を持つ人型スライム――獣人型スライムの首を刎ね飛ばす。
だが、ルナの表情に余裕はない。 刎ね飛ばした瞬間、その死体を踏み台にして、別の獣人型がルナの懐に飛び込んでいたからだ。
速い。ルナの認識速度に追従するほどの超反応。
ルナが迎撃の蹴りを放つ。
ドォォォォンッ!
重戦車同士が衝突したような衝撃波が走る。 獣人スライムが遥か彼方へと弾き飛ばされるが、ルナの体も後方へ弾き飛ばされる。
「チッ……! つよいわね!」
ルナは空中で体勢を立て直すが、着地点には既に50を越える獣人型が殺到していた。
一体一体がボス級の身体能力。それが統率された軍隊のように連携してくる。
ルナが黒炎を纏い、超高速で戦場を駆け巡る。すれ違いざまに敵を切り刻むが、敵もまたその速度に食らいつき、反撃を繰り出す。
互角。 あの最強の身体能力を持つルナが、純粋な「暴力」と「数」によって足止めされている。
うめき声をあげながら粘液でできた獣たちは完璧な連携を見せ、徐々にルナを包囲網の中に閉じ込めていく。
「あのスライム……位置がおかしい!」
フェンの悲鳴に近い報告が入る。
見ると、フェンの剣がスライムの胴体をすり抜けていた。
幻影か? いや、そこに実体はある。
だが、攻撃判定だけが存在しない。
スカッ。 フェンの斬撃が空を切る。
その直後、何もいないはずの空間――フェンの右2メートルの何もない空間から、突然「斬撃」が飛んできた。
「ぐぅッ!?」 「フェン!」
フェンの肩から鮮血が散る。 敵は目の前にいる。だが、攻撃判定は別の場所にある。 座標バグ。 視覚情報と当たり判定がズレた個体群だ。
「どこを狙えばいいのですか……!」
フェンが困惑する隙を狙い、さらに戦場に異様な臭いと音が響き渡った。 ジュウウウウウ……! 肉が焼ける音。そして、苦悶の叫び声。
「ギィヤァァァァァァァ!」
全身から猛火を吹き出しながら突っ込んでくる、真っ赤なスライムの群れだ。
奴らは燃えている。自らの炎でダメージを受け続け、HPバーを減らしている。
だが、死なない。
減った端から、即座に緑色に埋まっていく。
[Effect: Auto-Restore (Interval: 0.1s)]
「回復しながら特攻してくるだと……!?」
狂気だ。自らを焼き焦がす痛みに絶叫しながら、その炎を俺たちに擦り付けようと抱きつきに来る。
痛みは感じるが死にはしない、動く焼夷弾。 それが何十体も、よだれのようにマグマを垂れ流しながら悠乃たちへ迫ってくる。
「こいつら、毒を撃ち合ってるぞ!?」
さらに最悪な現象が起きていた。
紫色の毒スライムたちが、互いに毒液をぶつけ合っている。
仲間割れではない。
毒を浴びた個体が、ボコボコと不気味に泡立ち、二体に分裂したのだ。
2体が4体。4体が8体。8体が16体。
増殖した紫の軍勢が、薄笑いを浮かべるように広がり、俺たちを完全に包囲しようと動き出す。
俺は血の気が引くのを感じた。
「倍々ゲームだ……!このままじゃ村ごと埋め尽くされる!」
「カ、カイさん! 来ます!」
スーが悲鳴を上げる。毒と炎の津波が、後衛を飲み込もうとしていた。
俺は腹を括った。
「ルナ! フェン! 目は使うな! 鼻を使え!」
俺は叫びながら、コンソールにコマンドを走らせる。
「座標がバグってても、そこに存在してるなら『匂い』はあるはずだ! 視覚情報に頼るな、野生の勘で位置を特定しろ!」
俺は即座に二人に強化パッチを当てる。 特攻してくる炎スライムや、硬い獣人型をねじ伏せるための、一点突破の超火力エンチャントだ。
[Command: Add_Enchant (Target: Fen_Sword, Luna_Boomerang)] [Element: Void_Slasher (Ignore_Def)]
「紫の増殖種は俺がやる! お前らは座標バグと獣人を一匹残らず狩り尽くせ!」
「了解ッ!」
フェンが目を閉じた。 襲いかかる「見えない斬撃」。だが、フェンの鼻が空気の揺らぎと、腐ったデータの臭いを捉える。
「そこですッ!」
フェンが何もない空間へ炎の剣を突き出す。 ズチュッ! 空間から悲鳴が上がり、バグったスライムが実体化して燃え広がり、崩れ落ちた。
「見えます……いえ、匂います! これなら!」
銀狼の姉妹が覚醒する。 ルナもまた、目を閉じたまま超高速機動を開始。獣人スライムの気配を先読みし、カウンターで次々と首を飛ばしていく。
だが、紫の毒スライムの増殖は止まらない。 壁のように迫りくる猛毒の波。
「調子に乗るなよ、欠陥品どもが……!」
俺は真正面から右手をかざした。 個体識別など不要。この空間座標にあるデータそのものを削り取る。
[Command: Range_Delete (Target: Front_Area_100m)] [Target_Filter: Type_Poison]
バシュゥゥゥゥン!!
システム音が鳴り響き、俺の前方に広がっていた紫色の毒沼が、長方形に切り取られたように消失した。 圧倒的な管理者権限による強制削除。
「消えろ! これ以上増えるなら、その端から消し続けるだけだ!」
俺が毒の軍勢を抑え込み、ルナとフェンが物理的な脅威を排除する。 戦線は維持された。 だが、それでも敵の数は減らない。 空の亀裂からは次々と新たなバグ個体が降り注ぎ、処理落ちしそうなほどの物量が、俺たちを飲み込もうとしていた。
「ハァ……ハァ……まだ来るの!?」 「魔力が……持ちません……!」
本来、Restore fieldで体力は回復する。魔力も回復する。
だが精神は回復しない。ルナとフェンは自身の体力と魔力が底をついていくの感じる。
目の前で焼いても焼いても再生し、叫びながら襲いくる炎のゾンビたち。
カイが消しても消しても、湧き続ける増殖の恐怖。
それらが、俺たちの希望を削り取っていく。 フェンとルナの動きが鈍る。 その時だった。
「……素材は、十分にあります!」
静かな声が響いた。 振り返ると、スーが戦場に転がる無数のスライムの死骸の前に立っていた。
「スー!? 危ないぞ! 下がってろ!」 「いいえ、カイさん。……彼らはまだ、使えます!」
スーがスライム状の手を伸ばし、死体を鷲掴みにした。
おまけ




