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第62話:粘害Wave 3

 Wave 2の鉄スライムたちを処理し終えた直後だった。


 一瞬の静寂を切り裂くように、地鳴りが響いた。


 今までの震動とは桁が違う。まるで地殻変動でも起きたかのような重低音が、足元から内臓を揺さぶる。


[System Announce: Wave 3 Start]


 無機質なアナウンスと共に、地面の泥濘が爆発した。


 噴き上がった大量の粘液が空中で凝固し、巨大なシルエットを形成していく。


「嘘だろ……?」


「冗談じゃろ……あんなのが、あんなに……!」


 俺と悠乃が絶句する。


 現れたのは、半透明の青い翼を広げた巨竜――「スライムドラゴン」。

 そして、筋肉隆々の巨体を持ち、巨大な棍棒を手にした悪魔――「スライムデーモン」。


 どちらも本来なら、高難易度ダンジョンの最深部に鎮座する「ボス級モンスター」だ。


 それが一体や二体ではない。


 数十、数百体という群れを成して、津波のように押し寄せてきたのだ。



「グルルルァァァァッ!!」



 スライムドラゴンの咆哮が衝撃波となって襲いかかる。


 スーは悲鳴を上げて、俺の背後に隠れた。


「ちっ……面倒くさい。まとめて消えろ」


 俺は即座に右手をかざし、広範囲消去のコマンドを入力した。


[Command: Delete (Target: Area_Front_100m)]


 フェンとルナの前方にいる敵を一掃する。


 そう思った瞬間だった。


 ザッ!


 スライムデーモンたちが、まるで示し合わせたかのような動きを見せた。


 回避行動ではない。


 奴らは、前線で戦おうとしていたフェンとルナに向かって、死に物狂いで突っ込み、その体に密着するように張り付いたのだ。


「なっ……!?」


「離れなさい! 気持ち悪い!」


 フェンとルナが、敵の群れに埋もれかける。


 攻撃する隙を与えないほどの「密着」。それは明らかに、俺の攻撃を封じるための動きだった。


[Warning: Friendly_Fire_Risk (Probability: 98%)]


 俺の視界に警告が出る。


 このまま範囲削除を実行すれば、座標が重なったフェンとルナごと消滅させてしまう。


「……ッ、キャンセルだ!」


 俺は舌打ちをしてコマンドを中断した。


「こいつら……俺が『広範囲攻撃』を持ってると理解してやがるのか?」


「主様! こいつら、知能があります! 私たちを盾にして……!」


 フェンが叫ぶ。


 ただのモンスターじゃない。こいつらは、こちらの戦力を分析し、最適な対抗策を取ってきている。


 俺の最強の矛である「範囲削除」が封じられた。


「上等だ……だったら、手間だが一匹ずつ潰すまでだ!」


 俺は戦術を切り替えた。


 一体一体を確実にロックオンし、削除していく。


[Command: Delete (Target: Enemy_001)]

[Command: Delete (Target: Enemy_002)]


 だが、数が多すぎる。


 俺のタイピング速度が追いつかないほどの物量が、雪崩のように押し寄せてくる。


 フェンとルナが支えきれない。


「くっ……! 怯むな! 迎撃します!」

「数が多いわよ! 一体一体が硬い!」


 フェンとルナが飛び出すが、相手は再生能力の塊だ。半端な攻撃では削りきれない。


 俺は即座にコンソールを展開した。


「フェン! ルナ! 武器を構えろ! 火力を上乗せするぞ!」


[Command: Add_Enchant (Target: Fen_Sword, Luna_Boomerang)]

[Element: Hell_Fire (Rank: S)]


 俺がエンターキーを叩き込むと、フェンの剣とルナのブーメランが、ドス黒い「地獄のヘル・ファイア」に包まれた。


 ただの炎じゃない。対象のデータを焼き尽くすまで消えない、システム干渉レベルの猛火だ。


「これなら……いけます!」

 フェンが空へ舞う。

 スライムドラゴンが強酸のブレスを吐きかけてくるが、フェンはそれを上回る冷気で迎え撃つ。


「氷結・絶対零度アブソリュート・ゼロ!」


 ブレスごとドラゴンの巨体が凍りつき、動きが止まる。


 そこへ、フェンが黒炎を纏った剣を振り下ろした。


「砕け散りなさい!」


 氷の極低温と、エンチャントの超高温。


 相反するエネルギーの衝突が、ドラゴンの体を分子レベルで崩壊させる。


 パァァァン! とガラスが割れるような音と共に、巨竜が粉々に砕け散った。


「らぁぁぁッ!」


 地上ではルナが疾走していた。


 スライムデーモンたちが棍棒を振り回すが、ルナの速度はその遥か上を行く。


 残像すら残さないスピードで敵の股下を潜り抜け、すれ違いざまにブーメランで足を切断する。


「燃え尽きなさいよ!」


 黒炎がデーモンの切断面に燃え移り、再生しようとする粘液を瞬時に蒸発させる。


 ルナが通った後には、黒炭と化した悪魔の残骸だけが転がっていた。


 圧倒的な制圧力。


 だが、それでも敵の数は減らない。


 倒しても倒しても、地面から次々と新しい個体が湧いてくる。


「カイ! キリがないぞ!」

「くっ……! 数が多すぎます!」


 一瞬の隙を突かれ、ドラゴンの爪がフェンの脇腹を掠め、デーモンの拳圧がルナを吹き飛ばした。


 鮮血が舞う。


「チッ、させねえよ!」


 俺は即座に指を弾く。


[Command: Restore_Object (Target: Fen, Luna)]


 二人の傷が一瞬で塞がる。だが、回復行動で俺の手が止まれば、攻撃の手が緩む。


 ジリ貧だ。


「みんな! これを飲むんじゃ!」


 後方で悠乃が叫んだ。


 彼女が投げ渡したのは、哺乳瓶に入った搾りたての「特製ミルク」だ。


「悠乃のミルク……! いただきます!」


「サンキュー悠乃!」


 フェンとルナが、戦闘の合間にそれを一気に飲み干す。


 ドクンッ!


 二人の体から、爆発的なオーラが溢れ出した。


 悠乃のミルクによる「全ステータス大幅上昇」の効果だ。


「力が……湧いてきます!」

「いける! これなら!」


 動きがキレを取り戻す。


 よし、俺も遊んでいる場合じゃなかった。



 俺は脳の処理領域を限界まで分割する。


 右脳で戦況を把握し、左脳でコードを記述する。


[Core 1: Gravity_Press (Range: Front_50m, Power: 50G)]

[Core 2: Create_Pitfall (Target: Enemy_Foot, Depth: 20m)]


 ズドンッ!!

 前線のスライムドラゴンたちが、50倍の重力によって地面に縫い付けられる。


 さらに、その足元がパカッと開き、巨大な落とし穴へと次々と落下していく。


「これでも食らえ!」


[Command: Spawn_Object (Type: Poison_Spear, Count: 100)]

[Attribute: Deadly_Venom]


 虚空から百本の毒の槍が出現し、雨のように降り注ぐ。


 穴に落ちたドラゴンやデーモンを串刺しにし、猛毒が粘液を汚染して崩壊させていく。

 だが、それでも敵の圧力は止まらない。

 俺は奥の手を切ることにした。


「フェン! ルナ! その場から動くな!  『聖域』を作る!」


 俺は二人の足元を中心としたエリアを指定し、ループ処理を組んだ。


[Command: While (Target: Allies_In_Area) { Auto_Restore (Interval: 0.1s) }]


 地面に黄金色の魔法陣が輝く。


 0.1秒間隔で、対象のHPとスタミナを全回復し続ける「無限回復ゾーン」の展開。


 敵の攻撃を受けても、その瞬間に治る。スタミナ切れもない。


「これなら……無限に戦えます!」


「最高よカイ! 愛してる!」


 無敵状態となった二人が、地獄の炎を纏った武器を振るい、ボスクラスの群れを次々と屠っていく。


 ドラゴンの首が飛び、デーモンの体が蒸発する。

 激闘の末。

 最後の一体が炎の中に消え、Wave 3が終了した。


「はぁ……はぁ……なんとか、凌いだか……」


 俺は額の汗を拭い、荒い息を吐いた。

 全員満身創痍ではないが、精神的な摩耗が激しい。

 だが、システムのアナウンスは終わらない。


 それどころか、空気が変わった。

 重い。

 先ほどまでの騒乱が嘘のように、世界が静まり返る。



 鳥の声も、風の音も消えた。



 ただ、異質で、生理的な嫌悪感を催すような「何か」の気配が満ちてくる。


「……な、なんじゃ……この寒気は……」

「主様……来ます。今までとは、根本的に違う何かが」


 フェンが怯えたように耳を伏せる。

 俺は嫌な予感に駆られ、手元の管理者コンソールを開いた。


「次のWave情報は……」


 俺はそこで、息を呑んだ。


 モニターに映し出された文字列は、明らかに異常だった。



[Next Wave: FINAL]

[Enemy Count: Undefined]

[Target_Status: ERROR (Bugged_Data)]



「……アンディファインド(未定義)だと?」


 敵の数が表示されない。ステータスもエラーを吐いている。


 それはつまり、システムの想定を超えた「バグの塊」が来ることを意味していた。

 俺たちの戦いは、ここからが本当の地獄だった。





挿絵(By みてみん)

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