第60話:VSヨル2
時間は、少し巻き戻る。
激戦の最中。
フェンとルナが、ふと背後の主――カイの方へ視線を向けた。
「……」
「……」
そこには、異様な光景が広がっていた。
カイの顔面に、スーがスライム化した体を覆いかぶせ、鼻と口を完全に塞いでいる。
カイの手足がバタバタと痙攣しているが、スーは退かない。むしろ、より深く密着している。
(……なにしてんの……? あれ?)
(殺そうとしてませんか……?)
一見すると、主君に対する反逆、あるいは暗殺現場にしか見えない。
だが、その横で悠乃が「いけーっスーちゃん! そこじゃ!殺すなー!でも落とせーっ!」と旗を振らんばかりに応援している。
あの悠乃が、カイを害する行為を応援するわけがない。
ならば、あれは何か深い意味がある治療行為(?)なのだろう。
二人はそう信じて、意識を目の前の敵へと戻した。
視線を戻した瞬間、すでにヨルは目の前に迫っていた。
「よそ見とは、余裕だね」
ヨルは無表情のまま、恐るべき速度で接近していた。
右手の鎌を振り上げると同時に、左手で空中のコンソールを叩く。
[Command: Object_Delete (Target: Fen_Coordinate)]
フェンはとっさに回避する。
足元の空間がごっそりと消失した。
最強の即死攻撃。
同時に、ルナの首を刈り取る鎌の斬撃。
物理と電子の同時多重攻撃だ。
「甘いわよ!」
「見えています!」
ルナは本能的な反射神経で鎌の下を潜り抜け、フェンは氷の床を作って滑るようにバックステップし、空間消失を回避する。
二人は即座に反転攻勢に出た。
フェンが氷の礫を放ち、その影からルナが飛び出す。阿吽の呼吸による波状攻撃。
だが、ヨルは冷静だった。
[Command: Guard (Type: Omni_Shield)]
全方位防御障壁を展開しつつ、鎌の柄でルナの蹴りを受け流す。
完璧な防御。隙がない。
「チッ、硬い!」
ルナが舌打ちをする。
このままではジリ貧だ。
ルナは瞬時に判断した。
魔力勝負や搦め手では、お姉ちゃんやこの管理者には敵わない。
だが、純粋な身体能力と瞬発力なら、私が圧倒的だ。
「お姉ちゃん! 私が動きを止める!」
ルナが特攻する。
防御を捨てた、肉薄してのインファイト。
鎌の間合いの内側に潜り込み、ヨルに張り付くように連撃を叩き込む。
当然、物理攻撃は無効だ。だが、その衝撃と圧力でヨルをその場に釘付けにする。
「今です!」
フェンは妹の意図を汲み取り、即座に魔力を練り上げた。
セシリア戦で見せた、あの拘束魔法だ。
「氷結の棺・搦手!」
地面から蛇のように這い出した絶対零度の氷が、ヨルに絡みつく。
氷結耐性持ちの体とはいえ、分子運動そのものを停止させるこの魔法の目的は動きを止めることにある。ダメージは少ないが、それでいい。
「……ッ」
ヨルの動きが止まる。
両足と、鎌を持っていない左手が氷に封じられた。辛うじて右手は回避したらしい。
ダメージはない。だが、移動とコマンド入力を封じた。
「チャンス!」
ルナが叫ぶ。
だが、ヨルは焦ることなく、右手の鎌を手放した。
空いた右手で、瞬時にコマンドを入力する。
[Command: Teleport (Target: Self and My Scythe, Y+100)]
シュンッ
ヨルの姿が掻き消えた。
氷の拘束を抜け出し、遥か上空へ転移したのだ。
普通なら見失う。
だが、ルナには「野生の勘」があった。
「そこぉッ!」
ルナはヨルが消えるのと同時に、壁を蹴って跳躍していた。
視覚情報ではない。空気の流れ、魔力の揺らぎ、殺気の移動先。それらを本能で感じ取り、ヨルが出現するであろうポイントへ先回りしていたのだ。
「な……?」
空中に現れたヨルの目の前に、すでにルナがいた。
ヨルの計算外のスピード。
ルナは空中で回転し、遠心力を乗せた蹴りを見舞う。
物理攻撃は効かない。だが、その質量でヨルを地面へ叩き落とす。
ズドンッ!
ヨルが地面に激突する
そこへ、フェンが滑り込んだ。
「これで……終わりです!」
フェンが剣を持ち替える。
右手から、左手へ。
ボォォォォォン!!
その瞬間、透明だった刀身が、紅蓮の炎を纏って燃え上がった。
(炎……! あれを狙っていたのか)
ヨルは冷静に分析した。
スライムにとって、高熱の炎は天敵だ。体を構成する水分と粘液を一瞬で蒸発させられれば、最悪、再生が追いつかずに死に至る。
あの剣には、特定の条件下で属性変化するプログラムが組まれている。
ヨルは即座に解読を試みる。
[Command: Analyze_Code (Target: Sword)]
[Action: Dispel_Enchant]
炎のエンチャントを無効化しようとする。
だが。
[Error: Access Denied]
[Reason: While (True) { Passcode_Required }]
弾かれた。
カイが仕込んだ「While文による無限ループ」と「複雑なパスコード」が、ヨルの干渉を拒絶したのだ。
(解除できない……なら、回避を!)
ヨルは体を液状化させ、フェンの炎の斬撃をギリギリで躱そうとする。
フェンの大上段からの振り下ろし。
ヨルはそれを半身で避けた。
「避けた……!」
ヨルが確信した瞬間。
横合いから、熱波が迫った。
「本命はこっちよ!」
ルナだ。
彼女もまた、ブーメランを左手に持ち替えていた。
フェンの派手な炎は囮。
ヨルの意識がフェンに向いたその隙に、ルナは死角から炎を纏ったブーメランを薙ぎ払っていたのだ。
ジュッッッ!!!
「が……ぁぁぁッ!?」
ヨルの悲鳴が上がる。
ブーメランの刃が、スライムの体を深々と切り裂き、高熱の炎が容赦なく粘体を焼き払う。
全身が弱点であるスライムにとって、この火力は致命的だ。
青い体が沸騰し、白煙を上げて焼失していく。
[Command: Res....]
ヨルが再生コマンドを打とうとするが、フェンがそれを許さない。
追撃の炎の突きが、ヨルの左腕(コンソールを操作する手)を貫いた。
「させません!」
「これで……チェックメイトよ!」
ルナがトドメの一撃を叩き込む。
ヨルの体が炎に包まれ、静かに地面に倒れた。
静寂が戻る。
地面には、蒸発しきれなかった青い粘液が飛び散っているだけだ。
「やった……! 勝ったわよお姉ちゃん!」
「ええ……主様の武器のおかげですね」
二人は顔を見合わせ、ハイタッチをして喜んだ。
最強クラスの強敵だった管理者をほぼ無傷で見事に退けた達成感。
カイも先ほど、目を覚ましたようだし(何故か格好をつけている。)これで一件落着だ。
だが。
誰も気づいていなかった。
飛び散った粘液の端で、ヨルの指先だけが形を保ち、ピクリと動いていたことに。
「……粘害……」
消えゆく意識の中で、ヨルは小さく、不穏な言葉を遺した。コマンドともに。
おまけ




