第58話:VSヨル1
スライム村の中央広場。 ピンク色の霧が立ち込める中、異質な三つの影が交差した。
「はぁぁぁッ!」
ルナが地面を蹴り、弾丸のような速度で突っ込む。
狙うはヨルの首元。
彼女のブーメランは、今は「右手」に握られている。つまり、ただの物理攻撃だ。
ブォンッ。
ブーメランの刃がヨルの首を通過した。
だが、手応えはない。刃は青い粘体をすり抜け、ヨルの体は水面のように波打って再生する。
「無駄だよ」
ヨルは短く呟くと、右手で巨大な鎌を振るいながら、空いた左手で虚空のキーボードを高速で叩いた。
物理攻撃と電子戦の並列処理。
これこそが、彼女の戦闘スタイルだ。
そして強い管理者は2つの処理を並列に行う。カイのように彼女もまた、優秀なエンジニアだ。
[Command: Edit_Hitbox (Target: Scythe, Scale: 5.0)]
ブンッ!
鎌の刃が届く距離ではなかった。 だが、ルナの野性の勘が警鐘を鳴らした。
彼女は瞬時に、そして的確に、空中で無理やり体を捻り、バックステップで距離を取る。
ガガガガガッ!
直後、ルナが先ほどまでいた空間の地面が、見えない刃によって深く抉り取られた。
鎌の刃そのものは届いていない。だが、攻撃判定だけが異常に拡大されていたのだ。
「危なっ! あんなの初見殺しじゃない!」 「ルナ、下がってください!」
フェンが前に出る。
右手に持った透明な長剣――今は「氷属性」の状態だ。
「氷結・鏡像分身!」
カィィン、と音が響き、フェンの姿が三体に分裂した。
精巧に作られた氷の分身だ。三方向からヨルに迫り、同時に剣を突き出す。
「……デコイ?」
ヨルは表情を変えず、左指を弾いた。
[Command: Clear_Object (Target: Ice_Clone)]
鎌を一閃させると同時にコマンドが走り、二体の分身が一瞬で消去される。
だが、残った一体――本体のフェンが、ヨルの懐に入り込んでいた。
「捉えました!」
フェンが突きを放つ。
同時に、死角からルナが再突入してくる。
「今よお姉ちゃん! 挟み撃ち!」
前後からの同時攻撃。
物理無効とはいえ、体勢を崩せば隙ができるはず。
だが、ヨルは鎌の柄でルナのブーメランを受け流しつつ、フェンの剣に対しては左手のコンソールを盾のように展開した。
[Command: Guard (Type: Repel_Shield)]
キィィン!
青白い障壁がフェンの剣を弾き返す。
ヨルはその反動を利用して空中に舞い上がり、鎌を回転させながらフェンとルナを見下ろした。
「……連携は悪くない。でも、届かない」
ヨルは空中でコマンドを打ち続ける。
彼女の指が動くたびに、空間に青白い光のラインが走る。
[Command: Set_Trap (Type: Slime_Bind, Area: Floor)]
ジュルリ。
フェンとルナの足元の土が、突如として粘着質の青い液体へと変質した。
足を取られる。
「しまっ……動きを封じる気ですか!」 「そこだ」
ヨルが上空から鎌を振り下ろす。
今度は範囲攻撃ではない。一点集中の、不可視の斬撃。
フェンは咄嗟に足元の粘液ごと地面を凍結させ、無理やり足を引き抜く。ルナは無理やりパワーで抜け出し、回避する。
ズドンッ!
二人がいた場所に深さ数メートルの亀裂が走る。
「しつこいね」「ハッ、そっちこそ! 随分と必死に避けるじゃない!」
ルナが着地と同時に、再び地面を蹴る。
立体的な機動。壁を蹴り、瓦礫を蹴り、あらゆる角度からヨルに肉薄する。
その速度は音速を越える。音速に耐えうる屈強な肉体をルナは持っている。
だが、ヨルの鎌はまるで未来予知でもしているかのように、ルナの進行方向に置かれていた。
[Command: Auto_Aim (Prediction: 99.8%)]
「くっ! 先読みされてる!?」 「ただの計算だよ」
ヨルの鎌がルナの鼻先を掠める。
だが、ルナは止まらない。
鎌を紙一重でかわし、懐に飛び込み、ブーメランでその体を切り裂く。
バシュッ。 やはり手応えはない。体液が飛び散るだけだ。 しかし、ヨルは大きくバックステップを踏み、距離を取った。 再生すればいいだけの傷なのに、わざわざ距離を取った。
「お姉ちゃん! 今よ!」 「氷結・千本桜!」
フェンが剣を振るうと、無数の氷の礫がヨルに向かって殺到した。
物理がダメなら魔法。
スライムである彼女に氷結は効きにくいはずだが、足止めにはなる。
だが、ヨルは避ける素振り――を見せた。
「…いいね」
[Command: Guard (Type: Shield)]
ヨルの前に青白い障壁が出現し、氷の礫を防いだ。 あるいは、体をグニャリと変形させて、着弾点を巧みに逸らしている。しかし、ヨルはスライム。氷結魔法に耐性があるにもかかわらず、体に当たらないように障壁の展開、または回避を選択している。
(……変です)
フェンは眉をひそめた。
(彼女は物理無効、氷結耐性を持っているはず。私たちの攻撃など、棒立ちで受けても痛くも痒くもないはずです。なのに、なぜあんなに慎重に『ガード』や『回避』を行うのでしょうか?)
ヨルは圧倒的優位にありながら、決して油断していない。 いや、まるで「攻撃を受けること」そのものを警戒しているように見える。 だからだ。彼女の強さ。圧倒的な強さを誇る「管理者」としての能力を持ちながら、油断は全くしていない。
「お姉ちゃん……」
ルナが荒い息を吐きながら、小声でフェンに耳打ちする。
「さっきすり抜けた時、なんか感触があったのよ」 「感触?」 「ええ。完全に空を切ったわけじゃない。泥の中を掻き回したような……『当たってはいる』感触が」
二人の瞳が鋭く光る。 攻略の糸口が見えた気がした。 相手は物理と氷結魔法に対して無敵。だが、避けれないわけではない。
特に、ルナの圧倒的なスピードに追い付けていない。
(主様が渡してくれた、あの武器……)
フェンが剣の柄を握り直す。 今、彼女は「右手」で剣を持っている。 主様――カイが渡してくれたこの剣には、仕掛けがある。
『左手』で持った時だけ、属性が『炎』に切り替わる。 ルナのブーメランも同様だ。
(相手は私たちが『氷と物理』しか能がないと思っている。……この慎重なガードの上から、予測不能な一撃を叩き込むしかありません)
「ルナ、合わせなさい」 「わかってるわよ。……あいつのすまし顔、恐怖で歪ませてやるわ」
銀狼の姉妹は、虎視眈々と「切り替え」のタイミングを狙い、再び地を蹴った。
おまけ
ヨルが内心思っててもおかしくないこと
スーの懸念
後ろ姿




