第50話:豚のしつけ
【城内・最上階 執務室】
豪華な調度品に囲まれた部屋で、肥え太った豚のような男――この街の領主が、イライラした様子で宝石を弄んでいた。
「遅いぞセシリア! そのスライムと獣人どもを捕らえたのか? わしの夜の相手を……」
バンッ!
ドアを蹴り開ける。
青ざめた顔のセシリアの後ろから、俺たちは悠然と部屋に入った。
「な、なんだ貴様らは!? 衛兵! 衛兵は何をしておる!」
豚が喚くが、誰も来ない。
「無駄ですよ」
フェンが静かに手をかざす。
部屋にいた数名の護衛たちの足元が一瞬で凍りつき、さらに俺が指先一つで重力倍率をいじって床に張り付けにする。
「ひぃッ!?」
腰を抜かす豚。
俺はゆっくりと歩み寄り、奴の目の前の高級デスクにどっかりと腰掛けた。
冷たい視線で、豚を見下ろす。
「よう、豚。いい椅子に座ってんな」
「き、きき、貴様ら! こんなことをしてタダで済むと思っているのか! 勇者アレク様が黙っていないぞ! 彼は帰還したのだ!」
豚は最後の頼みの綱である「勇者の威光」に縋ってきた。
だが、俺は鼻で笑う。
「ああ、その件な。……国民には『勇者帰還』なんて嘘を流してるみたいだが、現実はこれだ」
俺は内心でほくそ笑む。
(火山で無様にドラゴンの餌になっているアレクの姿を見せつけて、絶望させてやるよ)
アレクの識別ID打ち、空中に巨大なシステムモニターを展開した。
「見ろ。これが『勇者』の末路だ」
モニターにノイズが走り、どこかの森の映像が映し出された。
【モニター映像】
鬱蒼とした森の中。
木漏れ日が差し込む美しい風景の中に、それはいた。
巨大なブロッコリーのアフロヘアーになったアレクが、キャベツの妖精(美少女)の膝枕で、幸せそうに寝そべっているのだ。
その傍らには、完熟トマトの妖精「トマ美」も寄り添っている。
「……あぁ、感じるよ。君の葉脈のせせらぎを……」
「光合成こそが愛……。僕たちはサラダになるために生まれたんだね……」
「ああ…アレク様…なぜあなたはそんなに美しいのでしょう…」
傍らには、魔法使いと戦士が死んだ魚のような目で棒立ちしている。
「「何この光景」」
ほうれん草のシンガーにトウモロコシのオーケストラたちが謎の神々しいBGMを奏でている。
【現実】
「…………は?」
「…………な、なにこれ?」
「……お野菜、ですね」
全員がドン引きした。
時が止まった。
殺伐とした空気が、一瞬にしてカオスな宇宙空間へと放り出された。
(なんだあれ!? バグか!? なんで野菜になってんだ!? ていうかあの頭は何だ!? トマ美って誰だ!?)
俺は内心で激しく動揺した。
ドラゴンの餌になっている悲惨な映像を予想していたのに、映し出されたのは「野菜との愛に目覚めた変態」だった。
だが、ここで動揺を見せるわけにはいかない。
俺は瞬時に表情を引き締め、真顔でハッタリをかました。
「……見ただろ。あれが『勇者の呪い』だ」
「の、呪い……!?」
領主がガタガタと震え出す。
俺は低い声で畳み掛けた。
「私利私欲に走り、他種族を虐げた者は、神の怒りに触れて野菜に変えられる。……お前も、全身からネギが生える体になりたいか?」
「い、嫌だ! 野菜は嫌だァァ! わしは肉が好きなんだァァ!」
領主が半狂乱になって叫ぶ。
ねぎ人間になる恐怖は、死の恐怖よりも恐ろしかったらしい。
「なら、教育制度を変えろ。獣人差別をなくす法律を作れ。……だが、口約束じゃ信用できないな」
俺は手元のコンソールを操作し、高画質カメラモード(スクショ機能)を起動した。
「お前のその醜い体を、歴史に残してやるよ。服を脱げ」
「ふ、ふざけるな! わしは領主だぞ! そんな恥ずかしいこと……!」
豚が抵抗しようとした瞬間、ルナが無言で歩み寄った。
ガシッ。
バキボキッ!
「ギャァァァァァ!!」
ルナが領主の手首を、万力のような握力で握り潰した。
「……黙って、その汚い菊の門を晒しなさいよ。……カイの命令よ」
ルナの瞳は、冗談など一切通じない「野生の捕食者」の色をしている。ナイスだルナ。
「ひ、ひぃぃぃ! やります! 脱ぎますぅぅ!」
数分後。
泣き叫びながら全裸になり、土下座をして尻を突き出した領主のあられもない姿が、俺によって様々なアングルで高画質保存された。
「いい絵だ。……もし裏切ったら、この写真を街中にバラ撒く。ついでにお前を『長ネギ』に変える」
「ヒィッ! ち、誓います! 何でもしますからぁぁ!」
領主は恐怖と屈辱で失禁し、床に額を擦り付けて頷くことしかできなかった。
◇
「……承知いたしました。後のことは、私が監視します」
城門の前。
服を着直し、騎士の姿に戻ったセシリアが、俺たちに向かって敬礼した。
彼女の目は、もはや俺に対する恐怖と畏敬で完全に支配されていた。
「頼んだぞ、スパイ兼騎士団長殿」
俺は軽く手を振り、仲間たちと共に悠然と城を後にした。
街の外に出ると、夕日が沈みかけていた。
俺は歩きながら、ふと空を見上げる。
(……にしても、あのアレクの姿……一体何があったんだ? ブロッコリーて……)
謎は深まるばかりだが、とりあえず「完全勝利」であることは間違いない。
「主様! お腹空きました!」
「カイ! 今日は宴会じゃろ?」
「ふふ、カイさんの手料理、楽しみです」
ヒロインたちが笑顔で俺を囲む。
「よし、じゃあ今日はパーッとやるか!」
俺は街から少し離れた森の開けた場所に、いつものログハウスを一瞬で生成した。
今夜は、スーの姉シルク、フェン、ルナ、そして悠乃と共に、ささやかながら盛大な勝利の祝杯をあげるのだ。




