第5話:氷の獣人と、捕食者の宴
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翌朝。俺とフェンはログハウスを収納データ化し、北の山岳地帯を目指して森を進んでいた。
「へえ、フェンは18歳だったのか」
道すがら、お互いのことを話していると、納得の事実が判明した。隣を歩くフェンを改めて見上げる。身長は俺よりも頭一つ分高い。銀糸のように煌めく髪が腰まで流れ、健康的に日焼けした褐色の肌と、引き締まった腹筋。そして何より、マイクロビキニに収まりきらない暴力的なまでの豊満な胸部。その肢体は、同い年の15歳にしては発育が良すぎると思っていたが、やはり年上の女性、お姉さんだったわけだ。
「はい! ですから人間で言えば、主様よりお姉さんですね! もっと甘えてくれてもいいんですよ?」
フェンが妖艶に微笑みながら、俺の腕に柔らかい胸をギュッと押し付けてくる。腕に伝わる圧倒的な弾力と重み。なるほど、この包容力と破壊力はお姉さん特有のものか。
「頼りにしてるよ、フェン姉さん。……で、里には家族もいるんだっけ?」
「はい! 父上と母上と、二人の妹がいます。一番下のミナは5歳で、もう天使みたいに可愛いんですよ! 主様もきっとメロメロになります!」
5歳のケモ耳幼女。それは確かに破壊力がありそうだ。
「もう一人の妹は?」
「次女のルナですね。あの子は私と違って15歳……主様と同い年なんですが、その、少し気難しいというか。特に男の人に対しては、牙を剥くというか……」
フェンが言葉を濁す。どうやら極度の男性嫌いらしい。里に入った瞬間に噛みつかれないだろうか。
「ま、まあ私が主様の素晴らしさを説明すれば大丈夫です! 主様はこんなに優しくて、料理も上手で、私の運命の人ですから!」
フェンが無邪気な顔をした、その時だった。
「――ッ! 主様、後ろ!!」
フェンの声色が変わり、鋭い警告が飛んだ。俺が反応するより早く、背後の茂みから殺気が膨れ上がった。
シュバッ!
音もなく現れたのは、半透明の身体を持つ巨大な蛇、レアモンスターのファントム・ヴァイパーだ。光学迷彩のように姿を消し、獲物の背後から一撃で仕留める暗殺者。俺の管理者権限は強力だが、認識できていない不意打ちには反応できない。
(しまっ――)
毒牙が俺の首元に迫る。だが、その牙が届くことはなかった。
「私の主様に、触れるなぁぁぁッ!!」
キィィィィィィィン……!!
世界から音が消えた。フェンが右手の獣の手パウをかざした瞬間、周囲の温度が絶対零度まで急降下する。大気中の水分が一瞬で結晶化し、キラキラと輝くダイヤモンドダストが舞った。
「凍てつけ。久遠の棺に眠れ」
彼女の冷徹な声と共に、地面から蒼白い冷気が噴出する。それは蛇の足元から這い上がり、鱗の一枚一枚、筋肉の繊維に至るまでを瞬時に侵食した。
パキパキパキパキッ!
逃げる暇などない。空中に躍り出ていた巨大な蛇は、その姿勢のまま、分厚く透明度の高い氷の柱に閉じ込められていた。芸術的なまでの氷結。中の蛇は、驚愕に見開かれた目のまま時を止められている。
「氷結魔法、ニブルヘイム・コフィン」
フェンが掌を軽く握り込む。
「――砕けろ」
パァァァンッ!!
澄んだ破砕音が響き渡り、巨大な氷柱は無数の粒子となって崩れ落ちた。中にいたはずの蛇もまた、細胞レベルで粉砕され、跡形もなく霧散していた。
「はぁ、はぁ……。主様、お怪我はありませんか!?」
冷酷な氷の魔女のような表情から一転、フェンは慌てて俺に駆け寄ってくる。普段は甘えん坊だが、戦う姿は凛としていて美しい。やはり彼女も神獣フェンリル。お姉さんとしての頼もしさと、圧倒的な戦闘能力を見せつけられた。
「助かったよフェン。すごいな、あんな高度な魔法が使えるなんて」
「えへへ……。氷の魔法は、銀狼族の得意技なんです。お姉さんとして、主様をお守りできて嬉しいです!」
褒められたフェンは、嬉しそうに尻尾をブンブン振った。
◇
だが、その直後のことだ。森の奥から、先ほどのファントム・ヴァイパーとは比較にならないほど禍々しい異音が響いてきた。
ザリ……ザリザリッ……。
茂みをかき分けて現れたのは、下半身が蛇、上半身が人間の形をした蛇人のような魔物だった。しかし、その姿は異常だった。蛇人の全身は、禍々しい輝きを放つ漆黒の鱗、属性無効の鎧に包まれていた。
「グルルゥ……主様、下がっていてください。こいつ、嫌な予感がします」
フェンが鋭い視線で敵を射抜き、再び右手を掲げた。
「凍てつけ! ニブルヘイム・コフィン!!」
絶対零度の冷気が、蛇人を目掛けて奔る。神獣の魔力が込められた最強の氷結。だが、蛇人が纏う鎧に触れた瞬間、冷気は虚しく霧散した。凍りつくどころか、霜一つ降りない。
「え……? 嘘、魔法が……効かない……!?」
フェンが驚愕に目を見開く。彼女は焦燥に駆られたように、次々と氷の刃を、吹雪を叩きつける。だが、そのすべてが敵の鎧に弾かれ、消えていく。
「グルルゥ……なんで……なんで壊せないのぉッ!!」
フェンが絶叫し、爪を立てて直接敵に飛びかかった。神獣の怪力が、蛇人の鎧に突き立てられる。しかし、硬質な金属音が響き、フェンの爪は無慈悲に弾き返された。
「はぁ、はぁ……あ、ありえない……。私の攻撃が、一つも……」
主を守るための最強の力が、属性無効の鎧という理不尽な仕様を前にして、完全に封じ込められてしまった。絶対的な強者としての自信が、急速に崩れ去っていく。
「下がれ、フェン。そいつは普通の魔物じゃない」
俺は一歩前に出ると、管理者ウィンドウを展開した。
対象:グリッチ・サーペント 状態:属性無効・物理耐性極大
「属性無効の鎧を装備してやがるのか。これじゃこの世界の魔法や武器じゃ、傷一つつけられねえな」
蛇人は不気味なノイズを撒き散らしながら、一歩一歩こちらへ近づいてくる。フェンが必死に俺を庇おうと這い上がるが、その瞳には明らかな絶望が浮かんでいた。
(こいつは……俺じゃないと倒せない)
一方その頃。俺たちのいる場所から数百キロ離れた、溶岩の煮えたぎる活火山、煉獄の頂にて。そこは、生物の生存を許さない灼熱の地獄だ。その頂点に君臨するのは、この山脈の主であるエンシェント・レッドドラゴン。
体長30メートルを超える巨体。鋼鉄よりも硬い真紅の鱗。一吐きで街を消滅させる灼熱のブレスを持つ、生ける伝説級モンスターだ。だが今、その伝説は恐怖に震えていた。ドラゴンの視線の先には、溶岩の海を悠然と歩く、一つの人影があった。
「グオォッ……! ガァァッ……!!」
ドラゴンが絶望の咆哮を上げ、必死にブレスを吐き出す。数千度の炎が、小さな影を飲み込む。しかし――。炎の中から姿を現したのは、傷一つ負っていない一つの影だった。ゆらりと揺らめく漆黒の毛皮を纏った、長身の異形。ドラゴンの前では、豆粒のようなサイズしかない。
だが、影は言葉も発さず、無造作に地面を蹴った。
ドォォォォンッ!!
衝撃波と共に、黒い姿が掻き消える。次の瞬間、それはドラゴンの喉元に張り付いていた。裂けた口が、限界を超えて開く。
バヂィンッ!!
咀嚼音が弾けた。鋼鉄の鱗が、薄紙のように容易く噛み砕かれる。
「ギ、ギャァァァァァァッ!!!」
断末魔の悲鳴が響き渡る。黒い獣はドラゴンの血肉を啜り、肉を引きちぎり、無言のまま骨ごと食らっていく。圧倒的な質量差など関係ない。そこにあるのは、純然たる捕食者と被食者の関係だけだった。
やがて、食事が終わった。あれほど威容を誇っていたエンシェント・レッドドラゴンは、見る影もない。鋼鉄の鱗は剥がされ、肉という肉は全て削ぎ落とされ、内臓も啜り尽くされた。そこに転がっているのは、荒涼とした岩場に横たわる、巨大で惨めな白骨死体だけだった。
怪物は満腹そうに口元の血を舐め取ると、ゆっくりと顔を上げる。その血のように赤い瞳が、遥か彼方、北の森の方角をねっとりと見据えた。奴の視界に、無機質なウィンドウがポップアップする。
Target : Ancient_Red_Dragon Status : Dead
対象データを消去しますか? [ Y ] / [ N ]
黒い獣は血に濡れた指で、空中の Y を無造作に弾いた。パシュンッ。テレビの電源を切るような軽い音と共に、山のように積み上がっていた巨大な竜の骨が、一瞬で消失した。最初からそこに何もいなかったかのように、ただの空間だけが残る。完全なる証拠隠滅。影は月に向かって、禍々しい遠吠えを上げた。
「ウォォォォォォン……ッ!!」
最強の敵が、動き出そうとしていた。
(続く)
おまけ




