第48話:管理者ダークVSカイ
フェンによって氷漬けにされた女騎士を横目に、広場の反対側では、俺とダークによる物理法則を無視した異次元の電子戦が幕を開けていた。
「テメェら……よくも俺のオモチャを壊してくれたなぁ……!」
敵の管理者・ダークが、血走った目で虚空のコンソールを乱打する。
その指運びは、確かに速い。一般人なら視認すらできない速度だ。
[Command: Object_Delete (Target: Kai, Range: Radius 5m)]
ダークがエンターキーを叩き込む。
「座標指定による強制消去」。物理的な防御力など関係ない。その空間に存在するデータを「無」に帰す、管理者特有の即死攻撃だ。
だが――
[System Alert: Target Not Found]
「はぁ!?」
そこには誰もいなかった。
いや、いる。
欠損した空間のわずか数センチ横に、俺はポケットに手を突っ込んだまま立っていた。
「なっ……! テメェ、今、俺のコマンドが確定した『後』に動いたよな!? 処理落ちか!? いや、そんなラグがあるはずがねぇ!」
「遅いんだよ」
俺はあくび交じりに言い放つ。
「お前のタイピング速度、コマンドの構成、そしてサーバーへの送信ラグ。全てが俺の思考速度(クロック数)より遅い。だから俺は、お前が『実行』したのを見てから、ゆっくりと座標を書き換えて移動できる」
「ふ、ふざけんじゃねぇ! ただの冒険者ごときが俺より速いだとオラァァ!」
ダークが激昂し、さらに複雑なコマンドを入力し始める。
ここから、常人には理解不能な攻防が加速する。
「なら、足元から崩してやるよ!」
ダークが地面に向かって手をかざす。
[Command: Edit_Texture (Target: Floor, Property: Sticky_Mucus_Max)]
ジュルリ、と嫌な音がした。
俺の足元の石畳が、突如として変質する。硬い石が、トリモチのようにドロドロとした高粘着の液体へと書き換えられたのだ。
強力な接着効果。足を上げようとすれば、靴どころか皮膚ごと剥がれるほどの粘着力。
「ギャハハ! これで動けねぇだろ! ただの的なんだよテメェは!」
ダークが得意げに笑い、追撃のコマンドを打とうとする。
だが、俺はニヤリと笑うと、粘着質の床の上を、まるでスケートリンクのように「滑って」移動した。
「はぁ!?」
「足の裏の摩擦係数をゼロに書き換えた。……滑り心地は悪くないが、趣味の悪い床だな」
[Command: Edit_Property (Target: Kai_Shoes, Friction: 0)]
俺は氷上を滑るフィギュアスケーターのように優雅に移動し、ダークの死角へと回り込む。
「チッ! ちょこまかと! なら物量で押し潰す!」
ダークは足元に転がっていた瓦礫や石ころを十数個拾い上げると、俺に向かって力任せに投げつけた。
ただの投石ではない。石が空中に放たれた瞬間、ダークが叫ぶ。
[Command: Batch_Process (Target: Flying_Stones)][Action: Delay (3.0s) -> Morph: Chimera (Rank: S)]
「時間差起動だ! 食らいやがれ!」
投げられた石ころが俺の周囲を取り囲んだ瞬間、ボボンッ! と爆煙が上がった。
煙の中から現れたのは、獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ合成獣――S級モンスター「キマイラ」。それが十体以上。
本来ならダンジョンのボス級である化け物が、狭いホールを埋め尽くし、一斉に俺に襲いかかる。
「グルルルルァァァッ!」
四方八方からの爪、牙、そして火炎のブレス。
回避場所などない。
「どうだ! モンスターの処理と俺への対処、同時にできるわけが――」
「並列思考、起動」
俺の瞳の奥で、青白い光が二重に瞬いた。
右脳で空間認識と敵の攻撃予測を行い、左脳で最適解のコードを記述する。
脳の処理領域を完全に分割し、二つの異なる作業を同時に、かつ超高速で行う。
[Core 1: Processing Combat Evasion][Core 2: Processing Enemy Deletion]
俺は、迫りくるキマイラの爪を最小限の動きで避けながら、同時にコンソールを叩くのではなく、中指と親指で弾くように入力した。
[Command: Target_Select (All_Chimeras)][Action: Revert_Source (Stone)]
「ギャオッ!?」
キマイラたちが俺に触れようとした瞬間、シュンッと音がして、元の「ただの石ころ」に戻った。
勢いよく飛びかかっていた巨大な質量が、小石になってパラパラと床に落ちる。
「は……? へ……?」
ダークが間の抜けた声を出す。
だが、俺の並列処理は終わっていない。石ころに戻す処理と同時に、俺自身の体はすでにダークの目の前に迫っていた。
「なっ、うおぉぉッ!?」
焦ったダークは、コマンド入力が間に合わないと悟るや否や、なりふり構わず拳を振り上げた。
「死ねぇぇぇッ!」
普通の右ストレート。
だが、管理者ダークの体重が乗った、一撃だ。
俺はそれを避けない。
(……悠乃。ありがとよ!)
脳裏に、毎朝ミルクをくれる牛娘・悠乃の笑顔が浮かぶ。
彼女のミルクを飲み続けたおかげで、基礎ステータス(STR、VIT)が底上げされている。
この数週間、飲み続けたカルシウムと愛情が、俺の肉体を鋼のように作り変えていた。
「せあぁッ!」
俺はダークの拳を左手でパシッと受け止めると、踏み込みと同時に右の拳を突き出した。
カウンターのボディブロー。
ドゴォッ!!
「ごふっ!?」
鈍い音が響き、ダークの体がくの字に折れ曲がる。
管理者の障壁ごと内臓を揺らす衝撃。
ダークは唾液を撒き散らしながら後方へ吹き飛んだ。
「ガハッ……ゲホッ……! 馬鹿な……コマンドなしの物理攻撃で……こんなちびが
……!」
「悪いな。最近、いい牛乳飲んでるんでね」
俺が拳をボキボキと鳴らしながら近づくと、ダークは恐怖で顔を引きつらせながらも、まだ諦めていなかった。震える手でコンソールを展開する。
「く、来るな! 近寄るんじゃねぇ!」
[Command: Teleport (Target: Self, Destination: Safe_Zone)]
逃走を図るダーク。
だが、俺の方が速い。
「逃がすかよ。……お前には、特別な牢獄を用意してやる」
俺新たなコマンドを展開する。
その瞬間、ダークの視界が反転した。
[Command: Set_Location (Target: Dark, Y=10000)]
「あ?」
一瞬で、景色が変わった。
薄暗い地下ホールではない。
見渡す限りの青空。眼下には雲海。そして、凍えるような成層圏の寒さ。
「うおっ!? た、高ぇ!」
上空一万メートル。
重力が仕事をし始め、ダークの体が落下を始める。
「ふ、ふざけんな! 戻れ!」
[Command: Return_Location (Y=0)]
シュンッ。
ダークが俺の目の前に戻ってくる。
安堵の表情を浮かべたのも束の間。
「お帰り。じゃあ、行ってらっしゃい」
シュンッ。
次の瞬間、ダークは再び上空一万メートルにいた。
「は!? な、なんで!?」
再び戻るコマンドを入力。地上に戻る。
しかし、着地した0.1秒後には、また上空へ飛ばされる。
シュンッ(上空へ)
「ちょ、待て!」
ヒュォォォォ(落下音)
シュンッ(地上へ)
「なんなんだこれ!」
シュンッ(上空へ)
無限ループ。
ダークが地上と上空を行き来するたびに、風切り音がヒュンヒュンと鳴る。
俺は天井を見上げながら、親切に解説してやった。
「お前、『While文』って知ってるか?」
地上に戻ってきた一瞬の隙に、俺が声をかける。
「は、わいる……!? やめろ、吐きそうだ!」
「条件が真(True)である限り、永遠に処理を繰り返すプログラムだ。俺は今、お前の座標に対し『セキュリティを突破しない限り、Y座標を10000と0を往復させる』というループ処理を組んだ」
俺は冷酷に告げる。てゆーかこいつ、こんなことも知らないのか?
「つまり、お前が俺のコードを解読できない限り、お前は永遠に空と地面を反復横跳びし続けるってことだ」
「ふざけ、んな! 解除しろォォ! 解除コード教えろォ!」
上空からダークの絶叫が聞こえる。
気圧差で耳がキーンとなり、酸素不足で意識が朦朧とする中、ダークは必死にデバッグを試みる。だが、俺の組んだコードは見たこともない言語と暗号化方式で記述されており、手も足も出ない。
「解除してほしければ、いくつか質問に答えろ。『黒い獣』について知っていることを吐け」
「だ、誰がテメェなんかに!」
シュンッ(上空へ)
「ぎゃあああ!」
シュンッ(地上へ)
「強情だな。……あ、そうそう。おまけにいいことを教えてやるよ」
俺は悪魔のような笑みを浮かべた。
「お前の右奥歯に仕込まれてた自決用の毒カプセルな。さっき殴った時にスキャンして、ただの『イチゴ味の飴玉』に書き換えといた」
「は……? あ、甘い……?」
ダークが口の中を確認すると、毒の苦味ではなく、安っぽい人工甘味料の味が広がった。
いつの間に干渉されたのかすら気づかなかった恐怖。死ねない恐怖
「で、もしお前がこれ以上『No』と言うなら……その飴玉のIDを、別の生物に書き換える」
俺の瞳がサディスティックに細められる。
「ウオノエって知ってるか? 魚の舌に寄生して、壊死した舌の代わりに居座る愉快な寄生虫だ。お前の口の中の飴玉を、そいつの成体に変換してやる」
ダークの顔色が、青を通り越して土気色になる。
想像力が最悪の方向に働く。
「想像してみろ。口の中でモゾモゾ動く鋭い足。お前の舌にガブリと食いつき、血を吸い、やがてお前の舌そのものになり変わる寄生虫の感触を……。オエッてなるぞ? 食事のたびに、寄生虫と一緒に飯を食うことになるんだ」
「ひ、ひぃぃぃッ!?」
「さぁ、選べ。情報を吐くか、口の中で寄生虫を飼うか」
[Command Preview: Object_Morph (Target: Candy -> Parasite_Cymothoa)]
俺が実行キーに指をかける。
それを見た瞬間、ダークの心が完全に折れた。
恐怖と、無限落下と、口の中の寄生虫の幻影に精神崩壊寸前になりながら、彼は泣き叫んだ。
「や、やめろォォォ!! 話す! 全部話すからぁぁぁ!」
ダークは空中に舞い上がりながら、知っている情報を全てゲロった。
「き、拠点の場所は固定じゃねえ!!! あのアイスマウンテンだったり、迷いの森の中だったりする!だがメインはそれらではねえ!!」
「管理者の人数は?」
「は、把握してるだけで100人くらいいる! 俺みたいなのが!」
「黒い獣に関する情報は?」
「俺も詳しくは知らねえ!ただ、人間や亜人、魔人たちをさらって実験をやっている!多分、もっと強い生体兵器みたいなのを作ろうとしてやがるんだ!」
「ほかに、お前のような管理者が、人間たちにも混ざってるのか?」
「ああ!いる!イシスってやつだ!日本刀を持った人間の管理者がいる!そいつが裏で人間界を支配している」
俺は満足げに頷くと、Enterキーを「ッターン!」と叩いてループ処理を停止させた。
ドサッ。
ダークが地面に落ち、白目を剥いて泡を吹いた。
急激な気圧差の変化で、全身の筋肉が痙攣し、完全に戦意を喪失している。
「……イシス、か。また面倒な名前が出てきたな」
俺は新たな敵の名をメモリに刻むと、倒れたダークの前にしゃがみ込んだ。
「さて、と。このまま放置してまた悪さをされても困る」
俺はダークの両手を胸の前で合わせさせると、最後にもう一つコマンドを入力した。
[Command: Create_Object (Target: Dark_Hands, Type: Handcuffs_Code)][Attribute: Encryption (RSA_4096bit + Quantum_Key)][Condition: Loop_Bind (While: True)]
ダークの両手に、黒いノイズのような手錠が出現し、ガシャンとロックされた。
これは物理的な手錠ではない。コードそのものを拘束する電子の錠だ。
これにより、ダークは今後一切の「キー入力」および「コマンド操作」ができなくなる。
「解除キーは俺の頭の中だ。お前程度のハッキング能力じゃ、百年かかっても解けないよ」
俺は立ち上がり、冷徹な管理者の顔で、気絶したダークを見下ろした。
「檻の中で、イチゴ飴でも舐めて反省してな」
そう言い捨て、俺は踵を返した。
フェンやスーたちが待つ場所へ戻るその足取りは、勝利の確信と共に、少しだけ軽かった。
おまけ




