第47話:女騎士セシリアVSフェン
「……いいだろう。魔物風情が、騎士の誇りを傷つけた罪……その命で償ってもらうぞ」
女騎士団長が、歪な笑みを浮かべた。
奴が剣を振るうと、刀身に纏わりついた緑色の風が「ヒュオオオオ!」と唸りを上げる。
単なる風魔法じゃない。あれは奴自身の練り上げられた闘気と魔力が融合した、触れれば肉を削ぎ落とす「真空の鎧」だ。
「ルナ、下がっていなさい」
「えっ? でもお姉ちゃん! 私達二人なら秒殺だよ!?」
「ふふ、私の見せ場が無かったからね。ここで見てなさい。ルナ」
妹を制し、私は静かに前に出る。
優雅な動作に合わせ、大気中の水分を右手に収束させる。パキパキという凍結音と共に、ダイヤモンドダストを纏った一本の「氷の剣」を生成した。
「行くぞッ!」
女騎士が踏み込む。
石床が爆ぜるほどの加速。人間離れした速度だが、私の動体視力はそれを完全に捉えている。
真正面からの突き。私は氷剣で受け流す――つもりだった。
ガギィィィン!!
「くっ……!?」
接触した瞬間、私の氷剣が半分から砕け散った。
風の振動だ。奴の剣は超高速で振動しており、接触した物質を粉砕するチェーンソーのような性質を帯びている。
なるほど、物理防御を無効化する厄介な代物か。
「氷など、我が風の前ではガラス細工も同然!」
女騎士の追撃。
袈裟斬り、逆袈裟、突き。
私は砕けた剣を捨て、足元の床を一瞬で凍結させる。
キィィン!
氷の上を滑るようにバックステップし、致命傷を避ける。
だが、頬に熱さを感じた。剣は届いていないはずなのに、真空の余波が肌を裂いたのだ。
主様に頂いた大事な体に傷を……!
「逃がすかよ!」
女騎士がさらに加速する。
床が凍っているにもかかわらず、奴は足裏から風を噴射させ、ホバークラフトのように滑りながら追尾してくる。
「氷結・鏡面反射」
指を鳴らす。
周囲の空中に、無数の薄い氷の板を出現させた。
私の姿が乱反射し、奴の視界を錯綜させる。
「小賢しい目眩ましを!」
女騎士は回転斬りを放ち、周囲の氷鏡を全て粉砕した。
パリーン! という音と共に、無数の氷の破片がキラキラと舞う。
だが、その隙に私は姿を消す。
「上か!?」
女騎士が直感で上空を見上げる。
正解。私は天井に張り付き、五指を開いて構えていた。
「氷雨(ダイヤモンド・レイン)」
手から、針のように鋭い無数の氷柱を放つ。
広範囲を覆い尽くす弾幕。逃げ場はない。
「甘いッ! 風神・乱気流!」
女騎士が剣を天に突き上げると、局地的な竜巻が発生した。
降り注ぐ氷の針は、竜巻に巻き込まれて粉々に砕かれ、逆に私に向かって跳ね返ってくる。
私は天井を蹴り、空中で体を捻って自身の氷礫を回避するが、着地の瞬間に女騎士が肉薄していた。
「捕らえたぞ銀狼!」
必殺の間合い。
女騎士の瞳が勝利を確信して輝く。
この距離なら、風の振動剣で防御ごと両断できると確信しているのだろう。
私がなぜ、わざわざ砕かれやすい氷鏡や、迎撃されやすい氷雨をばら撒いたと思っている。
「……足元が、お留守ですよ」
「なッ!?」
女騎士が踏み込んだその一点。
石床だと思っていた場所は、私が砕かれた氷鏡の破片を敷き詰めた「超低摩擦のトラップ地帯」だ。
ツルッ。
踏ん張りが効かず、女騎士の体勢が大きく崩れる。
剣の軌道がわずかにズレ、私の髪の毛数本を切り飛ばして空を切った。
「しまっ――」
女騎士が体勢を立て直そうとした瞬間、私は空いた左手を床に叩きつけた。
「そこです」
ズガガガガガッ!
床の氷が一気に隆起し、鋭利な棘となって女騎士を襲う。
奴は咄嗟に風のバリアを張るが、下からの物理攻撃には脆い。鎧の隙間を氷の棘が突き上げ、脚と脇腹を浅く貫いた。
「ぐぅッ! あ、がぁ……ッ!」
女騎士が血を吐きながら後退する。
だが、倒れない。彼女は剣を杖にして立ち上がり、獣のような目で私を睨みつけた。
「はぁ、はぁ……やるな、獣人……! だが、まだだ!」
女騎士の魔力が爆発的に膨れ上がる。
大広間の空気がすべて吸い寄せられるような感覚。
自身の生命力すら魔力に変換し、最大最強の一撃を放とうとしている。
「我が全霊をかけた奥義……この城ごと貴様を切り刻む! 『絶剣・空牙』!」
女騎士の剣が、視認できないほどの透明な刃へと変貌する。
それは、触れるもの全てを原子レベルで分解する暴風の断罪。
地下空間全てを吹き飛ばすつもりか。
だが、遅い。
準備なら、とっくに整っている。
「……いいでしょう。その熱意に免じて、私のとっておきをお見せします」
私は両手を優雅に広げる。
攻撃ではない。防御でもない。
私が行ったのは、空間の「支配」だ。
「この部屋の湿度、いつからただの『霧』だと錯覚していました?」
指を弾く。
女騎士がハッとして上を見る。
激しい攻防の最中、私が放ち、砕かれ、蒸発したと思われていた大量の氷の粒子。
それらは消えたのではなく、微細な水分となって天井付近に充満し、飽和状態となっていたのだ。
私が氷を使えるということは、すなわち水を支配するということ。
「落ちなさい」
ズドンッ!!!!
一瞬で凝固させた数トンもの質量の氷塊が、天井から落下した。
女騎士の頭上直撃。
「な、あアアアアッ!?」
女騎士は奥義を放つ寸前で、上からの圧力に潰される。
風の鎧で必死に耐えるが、その重圧は動きを完全に封じるための「蓋」に過ぎない。
本命は、そこからだ。
「水分子の振動を停止させます。……お眠りなさい」
私の言葉と共に、絶対零度の波動が氷塊ごと女騎士を包み込む。
「久遠の棺・搦め手」
「あ、ぐ……ッ! 体が、熱……いや、寒……!?」
落下した氷塊と、足元の氷、そして大気中の水分が融合する。
女騎士の体は、風の鎧ごと一瞬にして蒼白の氷漬けにされた。
剣を振り上げたポーズのまま、筋肉の繊維、魔力の回路、思考の電気信号に至るまで、全てが凍結により強制停止させられる。
静寂が戻った大広間に、氷の彫像が一つ、完成した。
「く、殺せ……! 騎士として……敗北の……屈辱に……」
氷の中で、かろうじて意識だけを残された女騎士が、微かな念話で訴えてくる。
だが私は、氷越しに彼女の目を見つめ、冷たく言い放った。
「殺しませんよ。主様の命令ですから」
圧倒的な実力差を見せつけた上で、氷像の表面を指でなぞる。
「そこで頭を冷やしていなさい。永遠に感じる時間をね」




