第45話:戦略的判断と、涙の救出
地下通路に、金属がひしゃげる音と、重い衝撃音が反響する。
狭い通路を埋め尽くす武装兵たち。対するは、フェンとルナの二人だけだ。
「らぁっ!」
ルナが獣のような咆哮と共に回し蹴りを放つ。
先頭の兵士が盾で受けるが、凄まじい脚力は盾ごと鉄の鎧をへこませ、兵士は砲弾のように後方へ吹き飛んだ。巻き込まれた数人が将棋倒しになる。
だが、すぐに次の兵士がその穴を埋める。きりがない。
「あっそ! だったらこの爪でミンチに……!」
ルナが四つん這いの姿勢になり、石床をバキバキと踏み砕きながら加速しようとする。その瞳孔は野生の獣のように細まり、殺気が膨れ上がる。
「お待ちなさい、ルナ! 飛び込んではダメ!」
フェンの鋭い声がそれを制した。同時に、フェンが生成した氷の壁が、ルナの前に割って入り、飛来する矢を防ぐ。
「はぁ!? なんでよお姉ちゃん! こんな奴ら、あたしが噛みちぎれば一瞬で――」
「ダメです! 殺してはいけません!」
フェンは氷壁を維持しながら叫んだ。
その表情は、戦闘の激しさとは別の、苦渋に満ちていた。
「もし私たちがここで騎士団を殺害すれば、私たちはただの『凶悪な魔物』になります。それは、彼らにとって銀狼の里を攻撃するための『正当な理由』を与えることになる……!」
フェンは理解していた。
ここは人間のテリトリーだ。ここで国直属の騎士団を惨殺すれば、それは「魔物による侵略行為」と見なされる。
そうなれば、国軍が総力を挙げて銀狼の里を焼き払う大義名分が完成してしまう。
主様がいない今、里を守る外交カードは一枚もないのだ。
「っ……! じゃあ、どうしろってのよ!」
「防ぐのです。時間を稼ぎなさい。あくまで『身を守るため』の抵抗に留めるのです!」
ルナは「ガァッ!」と苛立ちを露わにし、振り上げた爪を空中で止めた。
喉元を食いちぎる代わりに、迫る槍を素手で掴んでへし折り、柄尻で兵士の腹を殴打して吹き飛ばす。
「めんどくさい……ほんっと、めんどくさいわね人間ってのは!」
圧倒的な身体能力を持ちながら、相手を「殺さない」ように手加減して殴る。
それは、本能のままに暴れるよりも遥かにストレスが溜まる、過酷な防衛戦だった。
◇
一方その頃、地下の最深部。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ!」
私は走っていた。
バグったテクスチャのせいで全裸に見える体は、ところどころ泥にまみれ、擦り傷だらけだ。
物理攻撃力を持たないスライムの体で、無理やり石壁を登り、天井を這いずり回った代償だった。
(痛い、怖い、帰りたい……)
本能が警鐘を鳴らす。でも、足は止めなかった。
角を曲がると、重厚な鉄扉が見えた。
一番奥の特別独房。
「カイ……さん……っ!」
私は扉に体当たりするようにして、そこへたどり着いた。
震える手で、奪い取った鍵束を探る。
どれだかわからない。手が滑る。焦燥感で涙が溢れる。
「(お願い、開いて……!)」
三本目の鍵が、カチャリと音を立てて回った。
重い扉が、軋んだ音を立てて開く。
薄暗い部屋の中。壁に繋がれた鎖に、カイさんが縛られていた。
「スー!? まさかお前がこっちに来るとは!」
カイさんが顔を上げる。
その姿を見た瞬間、私の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「う、うあぁぁぁん! カイさぁぁん!」
私はもつれる足で駆け寄ると、鍵をカイさんの手枷に差し込んだ。
ガチャリ。
重い金属音がして、カイさんの両腕が自由になる。
カイさんは即座にコンソールを展開した。
[SYSTEM: Access Granted][User: Kai / Role: Administrator][Command: Recovery_Health (All)]
カカカカッ、と高速のタイピング音が響き、カイさんの体力が一瞬で回復する。
そして、カイさんは泣きじゃくる私の頭を、優しく撫でてくれた。
「……よくやった。怖かったろ。……偉いぞ、スー」
(あと本当にマジすまんかった。まじで投降するべきじゃなかったわ)
その温かい感触に、私はさらに声を上げて泣いてしまった。
カイさんは、内心で深く反省しているようだった。
だが、後悔はそこまでだ。
カイさんの瞳から、人間らしい感情がスッと消え、冷徹な「管理者」の色へと変わる。
「さて……俺の大事なパーティをいじめてくれた落とし前、つけに行くか」




