第44話:罪悪感と覚悟、裸のスネーク・ミッション
地下牢の冷たい石床の上で、僕は膝を抱えて震えていた。 カビ臭い空気と、重苦しい静寂。 遠くから聞こえる、他の囚人のうめき声。
「(僕のせいだ……)」
涙が溢れて止まらない。 僕がお姉ちゃんに会いたいなんてワガママを言ったから。 僕が不用心に、バグった姿のままで街に来てしまったから。 そのせいで、大好きなお姉ちゃんも、助けてくれたカイさんたちも、みんな捕まってしまった。
「(……処刑、されるのかな)」
悪い想像ばかりが頭をよぎる。 カイさんは「捕まろう」と言ったけれど、もし作戦が失敗したら? 僕のせいで、みんなが死んでしまったら?
「(……嫌だ)」
僕は涙を乱暴にぬぐった。 怖がってる場合じゃない。泣いてる場合じゃない。 僕が招いた種なんだから……僕がやらなきゃ!
僕は自分の手首を見た。 太い鉄の手枷が嵌められている。普通の人なら絶対外せない。 でも――僕はスライムだ。
ニュルッ。
僕は手首の形を液体のように変形させ、隙間を作った。 カチャン、と音を立てて手枷が地面に落ちる。 続いて鉄格子。 僕は全身の力を抜き、体を細長く伸ばして、格子の隙間をニュルリとすり抜けた。
「(……よし)」
廊下に出た。 誰もいない。 僕はバグったままの姿――つまり、端から見れば「全裸」の状態で、冷たい廊下を忍び足で進み始めた。
◇
ペタ……ペタ……。
裸足の足音が響かないように、足の裏を柔らかく変形させて進む。 心臓が破裂しそうだ。 もし誰かに見つかったら、今度こそ終わりだ。
「……ふぁぁ」
曲がり角の先から、あくびをする声が聞こえた。 見回りの兵士だ! 隠れる場所はない。
「(上……!)」
僕はとっさにジャンプし、天井に張り付いた。 スライムの粘着力を全開にする。 直後、兵士が下を通り過ぎていく。 兵士は頭上を見上げることなく、そのまま行ってしまった。 ……助かった。全裸で天井に張り付くスライム女なんて、見つかったら即射殺モノだ。
僕は天井を伝って移動し、看守の詰め所へと向かった。 そこには、一人の看守が椅子に座って居眠りをしていた。 腰には、目当ての「鍵束」がぶら下がっている。
「(ごめんなさい……!)」
僕は音もなく天井から落下し、看守の背後に着地した。 そして、アメーバのように体を広げ、看守の顔を後ろから包み込んだ。
「んぐっ!? むぐぐ……ッ!」
窒息させて気絶させる。 相手に声をあげさせずに攻撃することができる。僕たちの得意技だ。 看守はしばらく手足をバタつかせていたが、やがて白目を剥いてぐったりとした。
「(鍵、ゲット……!)」
僕は震える手で鍵束を掴み取った。
◇
まずは、一番近くの独房へ急いだ。
「フェンさん!」 「スー!?」
鍵を開けると、中で瞑想していたフェンさんが驚いた顔で立ち上がった。
「どうやって抜け出したのですか? いえ、さすがです」 「い、急いで! 次はルナさんを!」
隣の独房も開ける。
「へぇ、やるじゃない。見直したわよ、露出狂のスライムさん」 「服は着てますぅ!」
ルナさんも憎まれ口を叩きながら、ニヤリと笑って出てきてくれた。 二人は手枷を引きちぎり(あるいは魔法で破壊し)、自由の身になった。 頼もしい。この二人さえいれば、きっと脱出できる。
フェンさんが慎重に口を開く。
「本当は一日待って、主様が何もアクションを起こさなかったら出ようと思っていたのですが…私たち三人が合流できたのであれば、他三人を助け出し、そのままみんなで脱出というルートの方がいいのかもしれません。」
なるほど。であれば次は…
悠乃さんだ。
「悠乃さん! 今開けます!」
僕が鍵を差し込もうとすると、鉄格子の向こうから悠乃さんが首を横に振った。
「待って、スーちゃん。ウチはええ」 「えっ? ど、どうして!?」 「ウチには戦闘力はないけぇ。アンタらが連れて行っても足手まといになるだけじゃ」
悠乃さんは冷静だった。 彼女は自分の役割を理解している。
「アンタがやるべきは、カイを開放することじゃろ? ルナちゃんとフェンちゃんがおるなら、もう任せてええ。ウチのことは気にせんで、早う行きんさい」 「で、でも……!」 「大丈夫じゃ。……ただ、ここの場所だけ覚えとってな? カイが自由になれば、どうとでもなるけぇ」
悠乃さんの言葉に、僕は唇を噛んで頷いた。 そして、その隣の独房にいるお姉ちゃん――シルクを見た。 お姉ちゃんも、僕を見て優しく頷いた。「行きなさい」と目で言っている。
「……絶対、すぐに戻ってきます!」
僕は涙をこらえて走り出した。 目指すは、一番奥にある特別独房。カイさんの場所だ!
◇
「急ぎましょう! 主様をお助けしなければ!」 「まったく、あのバカカイ、手間かけさせて!」
フェンさんとルナさんと共に、廊下を駆ける。 あと少し。 あの角を曲がれば、カイさんの独房があるはず――
「――そこまでだ」
冷徹な声が響いた。 通路の前方に、立ち塞がる影があった。 あの女騎士団長だ。 背後には、数十人の武装兵士が控えている。
「逃げ出した鼠がいると思えば……スライムか。物理的な拘束が効かないとは、厄介な魔物だ」
女騎士が剣を抜く。 殺気が肌を刺す。 どうしよう、こんな数、勝てない……!
僕がすくみ上がったその時、フェンさんとルナさんが前に出た。
「ここは私たちが食い止めます!」
ルナさんが構えを取る。ブーメラン手元に持ち、その体からは闘気が溢れている。 フェンさんも両手に魔力を集め、不敵に笑った。
「スー! あなたは主様の元へ!」 「えっ!?」 「早く! 主様の手が封じられているなら、あなたが解くしかないのです!」
兵士たちが殺到してくる。 フェンさんが回し蹴りで先頭の兵士を吹き飛ばした。
「一度しか言わないわよ! さっさと行きなさい!」
ルナさんが相手を蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「は、はいっ……!」
僕は頷き、二人の背中を後にして走った。 お願い、死なないで。 僕は鍵を握りしめ、カイさんの独房へと続く扉を蹴り開けた。




