第43話:秘密の仕立て屋と、物理封印された管理者
感動の再会(と、俺たちによる魔犬動画の保存)を終えた後、俺たちはシルク――スーの姉に招かれ、店の中へと入った。
店内は色とりどりの布地や衣装が飾られた、洗練された空間だった。
シルクは、未だに全裸(に見える)で涙ぐむスーの背中を優しく撫でながら、改めて俺たちに頭を下げた。
「カイ様、とお呼びすればよろしいかしら。妹が……この子が大変お世話になりました」
シルクが艶然と微笑む。
燃えるような赤髪に、大人の色気を漂わせる紫の瞳。
スーとは対照的な、成熟した女性の魅力にあふれている。
「それにしても、よくこの子がスライムだとバレずにここまで……。普通なら、街の検問や騎士団の巡回ですぐに見つかってしまうはずなのに」
「こいつが頑張ったんだよ。人がいない時間を見計らって、必死に隠れてここまで来たんだ」
俺はスーの頭をポンと撫でた。
魔犬に舐められたり、老婆に聖水を垂らしたり、散々な目に遭いながらも、彼女は自分の足でたどり着いたのだ。
「……そう。偉かったわね、スー」
「えへへ……お姉ちゃん……」
シルクが目を細め、スーを抱き寄せる。
その光景を見ていたルナが、ふと表情を和らげた。
「……ふん。まあ、良いお姉さんじゃない」
ルナがボソリと呟く。
普段は生意気な彼女だが、自分もフェンという姉を持つ身だ。
妹を案じ、全てを受け入れるシルクの姿に、思うところがあったのだろう。
「でも、大丈夫なの? こんなに堂々と店を構えて。人間たちの警戒網はザルじゃないわよ」
ルナが心配そうに(本人は隠しているつもりだろうが)尋ねると、シルクはフフッと笑い、声を潜めた。
「ご心配ありがとう。でも、この街で商売をしていると、色々な『耳』を持つようになるのよ。討伐隊の動き、戦線の移動……そういった情報をいち早く掴んで、森の弱い子たちに流して逃がすのも、私の仕事の一つだから」
「なるほど。ただの仕立て屋じゃなく、『情報屋』ってわけか」
「人聞きが悪いわね。ただの親切なお姉さんよ」
シルクがウインクをする。
なるほど、この度量と落ち着き。彼女なら、スーの現状もなんとかしてくれるかもしれない。
「私の最高傑作が透明になってしまうなんて……残念だけれど、あなたが守ってくれたおかげで、こうして無事に戻ってきたわ。本当にありがとう」
「いや、俺は困っている子を放っておけなかっただけだ(あと面白い動画が撮りたかっただけだ)」
「ふふ、正直な方ね。……お礼に、皆さんの服を新調させてちょうだい。私の腕によりをかけて、最高に似合う一着をプレゼントするわ」
シルクの提案により、突然の着せ替えタイムが始まった。
◇
数十分後。
試着室のカーテンが一斉に開くと、そこには破壊的な光景が広がっていた。
「ど、どうですか……主様……」
「……似合うかしら?」
「んー、涼しいのー!」
まずはフェン。
深いスリットの入った、チャイナドレス風の戦闘服だ。
白を基調に赤い刺繍が施され、動くたびに健康的でしなやかな太ももがチラリと覗く。銀髪とのコントラストが、彼女のクールな美貌を際立たせている。
次はルナ。
黒と赤を基調とした、ゴスロリパンクファッション。
フリルとベルトが複雑に組み合わさり、彼女の小悪魔的な可愛さに拍車がかかっている。絶対領域のバランスも完璧だ。
最後は悠乃。
胸元が大きく開いた、ベージュのニットワンピース。
体のラインがくっきりと出る素材が、彼女の暴力的なまでの母性と色気を爆発させている。動くたびに、とんでもない質量の何かが揺れる。
「…………(合掌)」
俺は無言で天を仰ぎ、拝んだ。
フェンの脚線美、ルナの絶対領域、悠乃の豊穣なる果実。
どれか一つを選ぶことなどできない。
「全員、優勝だ。ありがとう、世界」
俺の言葉に、三人はそれぞれ嬉しそうに、あるいは呆れたように微笑んだ。
スーも(見えない服だが)ニコニコしている。
平和だ。魔犬のヨダレ騒動が嘘のような、至福のひととき。
だが、この平穏は唐突に破られた。
◇
バンッ!!
店のドアが蹴破られた。
「動くな! こちらの探知に反応があった!」
平和な空気は一瞬で霧散した。
店になだれ込んできたのは、武装した兵士たち。
そしてその中心に立つ、氷のような冷徹な目をした女騎士。
「……ここか」
女騎士団長らしきその女は、鋭い視線を店内に走らせ、スーで止めた。
「最近、街に入り込んだ『異質なスライムの反応』を追ってきた。……まさか、ここが巣窟だったとはな」
「ッ……!」
「汚らわしい…魔物ども…それに獣人まで…」
スーがビクッと体を震わせる。
彼女の顔から血の気が引いていく。
自分のせいだ。自分が不用心に、しかもバグった状態で街に来たせいで、探知網に引っかかり、隠れ住んでいた姉や、俺たちまで巻き込んでしまった――そう顔に書いてある。
「……やってくれるわね」
フェンが瞬時に魔力を練り、ルナが威嚇する。
だが、俺は片手を上げてそれを制止した。
「待て。手を出すな」
「主様!?」
「ここで街中で暴れてみろ。獣人族や亜人の印象は最悪になる。俺たちが『害悪』だと認定されれば、他の無関係な種族まで迫害される理由を与えてしまう」
俺は冷静に計算していた。
ここで戦闘になれば勝てる。だが、それは社会的な敗北だ。
(それに、捕まったところでどうということはない)
俺には管理者権限がある。
牢屋に入れられたとしても、コマンド一つで壁を消滅させればいい。
冤罪なら後で晴らせるし、今は大人しく捕まっておいた方がリスクは低い。
「……」
フェンとルナは冷静な選択肢を選んでくれた。二人が賢くてよかった。
俺たちは抵抗の意思がないことを示し、両手を差し出した。
「賢明な判断だ。連行しろ!」
俺たちは手枷をかけられ、店から連れ出された。
◇
連行された先は、ウラスレートの地下牢だった。
カビ臭い石造りの独房。
俺たちはバラバラに引き離され、それぞれ別々の独房に放り込まれた。
ガチャン、と重い鉄格子の鍵が閉められる。
足音が遠ざかり、静寂が訪れる。
「さて……とっとと抜けるか」
独りになった俺はため息をつき、いつものようにシステムコンソールを展開しようとした。
だが。
「……ん?」
違和感。
俺は自分の手元を見た。
俺の手首には、頑丈な手枷がかけられている。
――「後ろ手」に。
「ま、待て。手が……前に回せない……?」
俺は背中で必死に手を動かそうとするが、ガチガチに拘束されていて動かない。
目の前の空中に、コンソール画面が表示される。
ここまでは思考操作でいける。
だが、文字の入力は「物理タイピング」が必要だ。
キーボードは目の前。
俺の手は背中。
……届かない。
「しまっ……たぁぁぁぁ!! 俺のバカぁぁぁ! コマンド入力の弱点がこんなところでぇぇぇ!!」
俺は絶叫した。
管理者権限、まさかの物理封印。
どんな魔法もコマンドで防ぐ最強の管理者だが、「キーボードが叩けない」という原始的な理由で詰んだ。
(い、いや……焦るな。俺には優秀な仲間がいる)
俺は冷や汗をかきながら思考を切り替えた。
ルナの怪力なら鉄格子くらい曲げられるはずだ。フェンの魔法なら鍵を開けられるかもしれない。
あいつらが脱出して、俺を助けに来てくれるはずだ。
◇
――同時刻。別の独房にて。
「……カイのことだから、どうせ『コマンドで壁消して脱出するから待ってろ』とか考えてるんでしょ」
ルナは壁に寄りかかり、溜息をついた。
彼女の怪力なら、この程度の鉄格子はひん曲げられる。だが、彼女は動かない。
カイはわざわざ「捕まろう」と言ったのだ。ここで勝手に脱獄して騒ぎを起こせば、カイの顔に泥を塗ることになる。
「ま、一日くらいは待ってあげるわよ。それ以上遅かったら……ぶち破って迎えに行くけど」
また別の独房では、フェンも同様に静かに瞑想していた。
主様の命令は絶対。彼には考えがあるはずだ。私が浅はかに行動すべきではない。
悠乃に至っては、「カイくんがおるけぇ大丈夫じゃろ」と床で丸くなって寝息を立てている。
誰もが「カイがなんとかする」と信じて、一日は動かないと判断した。これでいい。なぜなら実際にカイが本当に脱獄できるのであれば、それが最良だし、一日を経過した場合、それは異常事態を意味する。その時に動けばいい
だが――そんな膠着状態の中、一人だけ動こうとする者がいた。
スーだ。
彼女は自分の独房で、膝を抱えて震えていた。
押し寄せる罪悪感が、彼女の心を押しつぶそうとしていた。
「(僕のせいだ……。僕がドジだから……お姉ちゃんも、カイさんたちも……)」
僕が街に来なければ。
僕が見つからなければ。
このままでは、みんな処刑されてしまうかもしれない。
僕がやらなきゃ。僕がなんとかしなきゃ。
チャリン……。
鉄格子の外。
見回りの衛兵が、腰にジャラリと鍵束をぶら下げて通り過ぎようとしていた。
彼はあくびをしており、隙だらけだ。
「(……やるしかない)」
気弱なスライムの少女の瞳に、決死の覚悟が宿った。
(続く)




