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第42話:魔犬の舌と、透明な愛の形

(スー視点:広場)


「(い、いや……ある!)」


僕の目に入ったのは、広場の隅に置かれた木製のベンチだった。  あそこなら、背もたれの裏に隠れれば死角になるはず!


僕は最後の力を振り絞り、ベンチの裏へと滑り込んだ。  冷たい地面に這いつくばる。  心臓の音がうるさい。


カツ、カツ、カツ……。


足音が近づいてくる。  僕は口を手で押さえ、息を止めた。  ベンチの隙間から、飼い主の男性の足と、黒い犬の足が見える。


通り過ぎていく。  一歩、また一歩。  足音は僕の隠れているベンチを超え、広場の向こうへと遠ざかっていく。


「(い、いけた……? 気づかれてない……!)」


僕は安堵のあまり、へなへなと力が抜けそうになった。  よかった。これで助かった――。


そう思った、その時だった。


ピタリ。


10メートルほど先で、犬の足が止まった。


「ん? どうしたポチ? 行くぞ」


飼い主がリードを引く。  だが、犬は動かない。  ゆっくりと、機械仕掛けのような動きで、首だけが真後ろに回転した。  その視線が、正確に僕の隠れているベンチの裏を射抜く。


ヴォォォォォン……!


犬の喉から、地響きのような唸り声が漏れた。  同時に、ただならぬ殺気――いや、もっと粘着質な「熱気」が爆発した。



(カイ視点:ログハウス内モニタールーム)


「……おい、なんだあれは」


モニターを見ていた俺が、思わず声を漏らした。  画面の中、ドーベルマンの筋肉がボコボコと異常隆起し、目が赤く発光し、背中から禍々しい黒いオーラが噴出したのだ。


Race : DobermanHidden_Trait : Lust_Evolution (Mode: Devil_God_Dog)Trigger : Extreme_Arousal (Target: Naked_Slime)


「『欲情すると魔神犬デビルゴッドドッグに進化する』だと……? なんだそのクソみたいな隠し設定は」


この世界の創造主は、どれだけ性欲を持て余しているんだ。  特定の条件下でのみ発動する、無駄に高クオリティな進化演出。


「ワンンンンンッ!!(意訳:ヒャッハー! 全裸のスライム娘だァァァ!)」


バチンッ!  リードが引きちぎられ、飼い主の男性が盛大に転倒する。  「うわぁっ!?」と飼い主が悲鳴を上げている間に、魔神と化したドーベルマンが、音速でベンチの裏へ飛び込んだ。



(スー視点:広場)


「ひっ……!?」


隠れていたベンチが吹き飛ばされた。  目の前の黒い犬が、急にムキムキの化け物になって、僕に飛びかかってきた!


「いやぁぁぁ!」


ドンッ!  僕は押し倒され、冷たい石畳の上に仰向けに転がった。  その上に、巨大な魔犬が覆いかぶさる。  食われる! 殺される!  そう思ってぎゅっと目を瞑った僕の顔に、熱くて湿ったものが這い回った。


ベロォォォォンッ!


「んひゃっ!?」


痛くない? いや、くすぐったい!  ザラザラした大きな舌が、僕の頬を、首筋を、そして胸元を舐め上げている!


「や、やだっ! ダメぇ、そこはっ! ああっ!」


――いや、違う。  舌は僕の肌には触れていない。  僕の着ている「見えない服」の上を、ザラザラとした舌が這い回っているのだ!  でも、服の上からでも、その熱さと圧力が生々しく伝わってくる!


「ぬるぬるしないでぇ! お姉ちゃんの服が汚れちゃう……!」


魔犬の大量のヨダレが、見えない生地に染み込んでいく。  最悪だ。せっかくの新品のドレスが、犬の体液でベトベトになっていく感覚がする。  犬は興奮して、フンフンと荒い鼻息を吹きかけながら、お腹や内腿(の服の上)に顔を埋めてくる。


「ひぅッ! そ、そこはダメェェェ!」


側から見れば、僕は全裸で魔犬に押し倒され、全身を舐め回されているようにしか見えないはずだ。  でも実際は、服の上から濃厚なスキンシップ(攻撃)を受けているだけ。  ……どっちにしろ地獄だ!  誰か助けてぇぇぇ!



(カイ視点)


「……素晴らしい」


俺はキーボードを叩き、この光景を最高画質で保存しながら独り言ちた。


「見ろ、この完璧なコリジョン(衝突判定)処理を。魔犬の舌は、スーの肌の数ミリ上で『見えない壁』に阻まれて押し潰されている。だが、スーの柔肌はその圧力に合わせてへこみ、ヨダレは『空中』に付着して垂れている……!」


服はある。だが、見えない。  その矛盾が生み出す、このフェティッシュな映像美。  俺の熱弁に、後ろの三人は何も言わなかった。ただ、ルナからの氷のような殺気だけが背中に突き刺さる。


「だが、そろそろマズイな」 「ええ。……夜が明けます」


フェンが淡々と告げる。  東の空が、紫色から薄紅色へと変わり始めていた。



(スー視点:広場)


「はぁっ、はぁっ……!」


僕は最後の力を振り絞り、スライム特有の「液状化回避」で犬の体の下からすり抜けた。  魔犬は「アレ? 感触ガ無イ?」とキョトンとしている。  その隙に、僕は走った。


空を見上げる。  薄暗かった空が、白み始めている。  朝が来る。太陽が昇る。  人々が活動を始める時間だ。


「あ、明るくなっちゃう……! お嫁に行けなくなるぅ……!」


もし今、完全に日が昇ってしまったら。  白日の下に、ヨダレまみれ(に見える)全裸の僕が晒されることになる。  それだけは絶対に嫌!


僕は恥も外聞も捨てて、路地をダッシュした。  目指すは、お姉ちゃんの店。  あそこに見える、可愛い看板のお店だ!



(スー視点:仕立て屋の前)


バンバンバンッ!


僕はドアを激しく叩いた。


「お姉ちゃん! 開けてぇ! 僕だよ、スーだよぉ!」


お願い、早く。太陽が背中を焼く前に。  ガチャリ。  鍵が開く音がして、ドアが少しだけ開いた。


「……んん? スー? 何でここに…?こんな朝早くに、どうし……」


眠そうな目をこすりながら出てきたのは、僕とは対照的な燃えるような赤い髪をした、大人っぽい雰囲気の女性。  長く艶やかな赤髪が、朝日に照らされて輝いている。  大好きなお姉ちゃんだ。


お姉ちゃんは、僕の姿を見て目を丸くした。


「……あら? どうしたの、スー。そんな……格好……で?」


お姉ちゃんの視線が、僕の体を上から下まで彷徨う。  やっぱり。  お姉ちゃんにも、僕の服は見えていないんだ。  姉妹なのに。作った本人なのに。


その事実が悲しくて、情けなくて、僕はその場に泣き崩れた。


「うぅ……ぐすっ……! お、お姉ちゃんの服……着てきたんだよぉ……」 「え?」 「一番似合う服……着て、お礼言いたかったのに……! バグっちゃって……透明になっちゃって……!」


ヨダレまみれ(に見える)全裸で、玄関先で泣きじゃくる妹。  普通なら通報案件だ。  でも、お姉ちゃんは――。


「……ふふ、そう。一生懸命、来てきてくれたのね」


優しく微笑んで、僕を抱きしめてくれた。  お姉ちゃんの胸の温かさが、冷え切った僕の肌に伝わってくる。


「ごめんね、スー。せっかくの晴れ姿、見てあげられなくて。……でも、嬉しいわ。その気持ちだけで、十分よ」 「うあぁぁぁぁん! おねえちゃぁぁぁん!」







挿絵(By みてみん)







僕はお姉ちゃんの胸の中で、子供のように泣いた。  透明なドレスは、誰の目にも見えないけれど。  僕たちの絆だけは、確かにそこにあった。



(カイ視点)


「……ミッション・コンプリートだな」


俺はモニターを閉じた。  感動的な再会だ。スーの格好がよだれでベトベトでさえなければ、の話だが。


「行くぞ。座標は分かった。合流して、詳しい話を聞こう」


Teleport : Target_Group >> Uraslate_Tailor_Shop


俺たちは転移の光に包まれた。  魔犬の猛攻を乗り越え、裸の逃走劇を演じきった勇敢なスライム娘を、労ってやるために。





おまけ


挿絵(By みてみん)

ポイント ブクマ よろ

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