第40話:オペレーション・ネイキッド・モーニング(全裸の夜明け)
ウラスレートの城門から、一人の少女が弾丸のように飛び出してきた。
青い髪をなびかせ、涙目で疾走する全裸の美少女――スーだ。
「うわあああああん! みんなバカァァァ!」
「おい、こっちだ!」
俺はスーを捕獲すると、すぐさまコマンドを入力した。
このまま街道で問答をしていても、また誰かに見られるだけだ。
`Teleport : Target_Group >> Log_House (Temporary_Space)`
視界が歪み、次の瞬間、俺たちは森の奥深くに展開したログハウスのリビングに移動していた。
◇
「うぐっ……ひっ……! へ、変態扱いされたぁぁ……!」
ふかふかのソファに沈み込み、スーは顔を覆って泣きじゃくっていた。
指の隙間から涙がこぼれ、肌を濡らしている。
「だから言っただろ。お前、全裸なんだよ」
俺が冷徹な事実を突きつけると、スーは涙目のまま反論した。
「ち、違いますぅ……! 嘘じゃないもん……ちゃんと着てます……!」
「いや、見えてないんだって」
「見えてるもん! ……し、信じてくれないなら……ルナさん! お願いします、これを着てみてください……!」
スーは立ち上がり、自分の体から「何か」を脱ぐ動作をした。
パントマイムにしか見えない。
だが、彼女は確かに「脱いだ服」をルナに差し出した。
「え、私? ……まあ、いいけど」
ルナが半信半疑で、その「空気」を受け取り、着替えるフリをする。
その瞬間だった。
パッ!
ルナの体を、眩い光の粒子が包み込んだ。
次に現れたのは――青いチャイナドレスを纏った、気品あふれるルナの姿だった。
繊細な生地でできたチャイナドレスは大胆にも胸元を開け、清楚でありながら華やかさを兼ね備えている。舞踏会に着ていけるレベルの逸品だ。
「うわっ、すご! めっちゃ可愛い!」
ルナがのチャイナドレスの裾をつまんで、くるりと回る。
完璧だ。テクスチャの解像度も、デザインのセンスも素晴らしい。
「ほらぁ! あるじゃないですかぁ!」
スーが勝ち誇った顔で叫び、ルナからドレスをひったくった。
「返してください! それは僕のなんです!」
スーは急いでドレスを身に纏った。
袖を通し、背中のファスナーを上げる(ような動作をする)。
シュンッ。
その瞬間、ドレスは消失した。
そこには再び、全裸でポーズを決めるスーの姿だけが残された。
「……」
俺たちは無言になった。
スーが期待に満ちた目で俺たちを見る。
「ど、どうですか……?」
「……全裸だ」
「なんでよぉぉぉぉ!!」
スーはその場に崩れ落ち、再び号泣した。
◇
その様子を見ていたルナが、俺の肩を叩いた。
「ねえカイ。この現象って、あんたのそのインチキ権限で直せないの?」
「……ふむ」
服は正常だ。ルナが着た時は表示されたのだから。
となると、問題は――。
「こいつ自身か」
俺はコンソールを展開し、服ではなく『スー(Sue)』のステータスコードを深く解析した。
`Access_Target : Character_SueCheck_Condition : Equipment_Texture...Found_Malice_Code : [ Always_Nude_Mode ] (Lock_Level: 99)`
「……なんだ、これ?」
俺は眉をひそめた。
スーの個体データそのものに、異質なコードが埋め込まれている。
『装備品のテクスチャを強制的に透明化する』という、とんでもなく悪趣味な呪いだ。
しかも、何重ものプロテクトでガッチガチに守られている。
「どうしたの?」
「……意図的なバグだ。誰かがわざと、スーに『服を着ても裸に見える』というプログラムを組み込み、それを管理者権限でロックしてやがる」
俺は舌打ちした。
こんな悪趣味なコードを書けるのは、俺たちと同じ、この世界の「管理者」だ。
(……ベルモットのような、管理者の仕業か?)
今回ばかりは意図が読めない。
なぜ「スライムの少女を全裸にする」なんていう、しょうもないイタズラに、これほどの高度なセキュリティを掛ける必要がある?
「……分からん。だが、俺の権限でも解除には時間がかかる。今すぐには無理だ」
◇
俺がサジを投げると、スーはしゃくり上げながら事情を話し始めた。
「お、お姉ちゃんが……この町に住んでるんです」
彼女の姉もまた、人間に擬態して暮らすスライム族であり、このウラスレートで評判の凄腕仕立て屋として店を構えているらしい。
「お姉ちゃんが、『スーに一番似合う服を作ったから』って送ってくれたんです。だから、着ている姿を見せてお礼を言いたかったのに……」
スーが悔しそうに拳を握りしめる。
姉の作った最高傑作。それが管理者の悪ふざけのせいで、「ただの全裸」として認識されてしまう。
「……かわいそうに」
話を聞いていた悠乃が、同情したように眉を下げた。
そして、何かを思いついたようにポンと手を打った。
「なぁカイ。いつものあんたの、なんか『シュばば!』ってやつで、家の中に送ってやることはできんのんか?」
「……は?」
「だから、あの光って消えるやつじゃよ」
最初、このデジタル音痴が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、どうやら「コマンド・テレポート」のことを言っているらしい。
「無理だ。座標データがあればいけるかもしれないが、そもそも姉さんの店の正確な座標も、室内の構造も分からない」
俺は首を横に振った。それにスーが座標なんてわかるとは思えない。
「ランダム転送なんてしたら、壁の中に埋まるか、家具と融合して即死だってありえる。まあ死ぬのか…家具人間になるのかもよくわからないが…一か八かになるが………それでもいいなら、やるか?」
「ひっ!?」
スーが真っ青になって、首がちぎれんばかりにブンブンと横に振った。
「い、嫌です! 壁に埋まるとか絶対イヤです!」
「だよな」
手詰まりか。
俺たちが腕を組んで悩んでいると、それまで黙っていたフェンが静かに口を開いた。
「……姿が見えなくても、会いに行って言葉を伝えることはできるはずです」
「フェン?」
「服が見えないのは問題ですが、スーさんの存在そのものが消えているわけではありません。なら……人がいない時間帯に行けばいいのでは?」
フェンは窓の外、傾き始めた太陽を見た。
「夜明け前。人々が最も深く眠りについている時間なら、誰にも見られずに、お姉様の元へ行けるはずです」
「あ……!」
スーの顔がぱっと輝いた。
「そ、それなら……!」
「うむ。名案じゃな」
「やるじゃない姉様」
俺もニヤリと笑った。
全裸で町を駆け抜け、感動の再会を果たす。
字面だけ見れば狂気だが、今の俺たちにはそれしかない。
「よし、決まりだ」
俺は立ち上がり、高らかに宣言した。
「作戦開始は明朝未明! コードネームは――『オペレーション・ネイキッド・モーニング(全裸の夜明け)』だ!」
「名前が最低ですぅぅ……!」
スーの抗議の声は、作戦への熱気にかき消された。
(続く)
おまけ




