第38話:人間の住む町アリシア
俺たちはフードを目深に被り、人間の町『アリシア』の門前に立っていた。
フェン、ルナ、悠乃の三人は、俺が生成した可愛らしいパーカーを着ている。
一見すれば、ただの旅の若者たちに見えるはずだ。
だが、検問の衛兵は、フェンのフードの下から微かに覗く銀髪と、悠乃の隠しきれない豊満な体型を見て、鼻をひくつかせた。
「おい、待て」
衛兵が槍で通せんぼをする。そして、露骨に鼻をつまむ仕草をした。
「人間は通っていいが……後ろの『家畜』どもは別だ」
「……なんだと?」
「聞こえなかったか? 亜人だよ。獣臭いんだよ。この町に家畜を連れて入るなら、『家畜税』を払えって言ってんだ」
衛兵がニヤニヤと笑いながら、フェンたちをジロジロと見る。
その視線には、明らかな差別と、ねっとりとした欲情が混ざっていた。
(……殺すか)
俺の中で、どす黒い殺意が沸き上がる。
即死コマンドを入力しかけたその時、フェンが俺の袖をクイと引いた。
「主様、抑えてください。ここで騒ぎを起こしては、情報を集めるどころではなくなります」
「フェン……」
「私たちは慣れていますから。……どうか、我慢を」
フェンが悲しげに微笑む。
その表情を見て、俺は冷静さを取り戻した。
ああ、そうだな。ここで暴れても、彼女たちが悲しむだけだ。
だから――『別の方法』で分からせてやる。
俺は懐に手を入れ、コマンドを高速入力した。
`Item_Creation : Gold_Coin_Bag (Amount: 50)Add_Effect : Morph_Slime (Timer: 3600 sec)Target_Action : Strip & Dissolve`
ずしりと重い革袋を生成する。中身は金貨50枚。
ただし、ただの金貨ではない。数時間後に「服だけを溶かすスライム」に変異する時限爆弾付きだ。
「……金か? 金が欲しいんだろ?」
「へっ、分かればいいんだよ。さっさと出し――」
バァァァンッ!!
「ぶべらッ!?」
俺は革袋をフルスイングし、衛兵の頬を物理的にひっぱたいた。
金貨の重量が乗った一撃。衛兵が独楽のように回転して地面に転がる。
「つ、貴様……!」
「税金だろ? 払ってやったぞ」
俺は冷たく言い放った。
「釣りはいらねえよ。その金で精神科にでも行ってこい」
俺たちは呆然とする他の衛兵たちを尻目に、堂々と門を通過した。
◇
町に入ったものの、宿探しは難航した。
「獣人お断り」「満室だ(嘘)」と断られ続け、日が暮れる頃にようやく、裏通りの寂れたボロ宿にたどり着いた。
カウンターには、人の良さそうな老夫婦が座っていた。
「あの、部屋空いてますか? 連れが獣人なんですけど」
俺が尋ねると、二人はフェンたちのフードの下にある耳をちらりと見て、それから優しく微笑んだ。
「ああ、構わんよ。狭い部屋しかないが、ゆっくりしていきなされ」
差別的な視線は一切ない。
俺たちは安堵して、鍵を受け取ろうとした。
その時、お爺さんがポツリと言った。
「……生きにくい世の中じゃのう。見た目が少し違うだけで」
その言葉に、フェンたちがビクリと肩を震わせる。
お爺さんは、安心させるようにウィンクをして、自分の指先を見せた。
「でも、ここは大丈夫じゃよ。……ほれ」
ドロリ。
お爺さんの指先が、見る見るうちに溶けて、緑色の粘液状になった。
それを見て、お婆さんも腕の一部を透明なゼリー状に変化させる。
「えっ……?」
「あんたたち……」
「ワシらは、人間に擬態したスライムなんじゃよ」
二人は元の人の姿に戻りながら、苦笑した。
「弱いスライムは、森では生きられんでな。こうやって人間のふりをして、ひっそりと社会に紛れて暮らしておるんじゃ。……お前さんたちの匂いで、なんとなく分かったんじゃよ。苦労してる同類じゃとな」
そう言って、二人は優しく笑った。
敵意など微塵もない。ただ、この厳しい世界で懸命に生きる「弱者」の知恵と優しさがそこにあった。
「……ありがとう。世話になるよ」
俺は心からの感謝を告げた。
◇
部屋に入ると、フェンたちがフードを脱ぎ、肩を落とした。
通された部屋は狭く、ベッドも薄汚れている。
「ごめんな……うちらがおるせいで、カイまで嫌な思いをして……」
「……すみません、主様。私たちが一緒だと、やはり迷惑が……」
悠乃とフェンが申し訳なさそうに俯く。
俺は首を横に振り、即座にコマンドを展開した。
「気にするな。外の世界がクソなだけだ。……だが、俺たちが我慢する必要はない」
`Target_Area : Room_InteriorAction : Renovate (Style: Luxury_Log_House)Option : Sound_Proof, Air_Condition, King_Size_Bed`
シュンッ!
一瞬で部屋の空気が変わった。
薄汚れた壁は温かみのある高級木材に変わり、床にはふかふかの絨毯。
そして中央には、四人が余裕で寝られるキングサイズのベッドが出現した。
「えっ!? す、すごいです……!」
「一瞬でお城みたいになったわ!」
驚く三人を、俺は優しくベッドに座らせた。
「この部屋の中は、俺たちの楽園だ。誰にも文句は言わせない」
俺は一番に、フェンとルナと悠乃の肩を無理やり抱き寄せた
みんなは気丈に振る舞ってくれていたが、一番傷ついていたはずだ。
「みんな。お前達は俺の大事なパートナーだ。誰がなんと言おうとな」
みんなが嬉しそうな顔でおれに微笑む。俺も微笑み返す。
「さて……明日への備えだ。ステータス補給といこうか」
俺の合図で、フェンとルナが悠乃の豊かな胸元へ顔を寄せた。
悠乃もまた、母性に満ちた顔で二人を受け入れる。
「ん……フェンちゃん、ルナちゃん、たんと飲みんさい」
フェンが甘えるように吸い付き、ルナが反対側を独占する。
俺はその光景を見守りながら、フェンの銀髪を優しく梳いた。
外の喧騒など届かない、優しく甘い夜が過ぎていった。
◇
翌朝。
俺は情報収集のため、一人で町の広場へ出た。
広場の掲示板前で、市民たちが興奮して話しているのが聞こえる。
「おい聞いたか? 勇者アレク様が、魔王軍の幹部を倒して帰還中らしいぞ!」
「さすがアレク様! 新しい聖剣を手に入れたとか!」
「これで人間界も安泰だな!」
俺は鼻で笑った。
「へえ、火山でドラゴンの餌になってるはずの奴が『帰還』ねぇ……」
教会も必死だ。勇者不在の事実を隠すために、虚構の英雄譚をでっち上げているのだろう。
帰ってきたとしても、どうせボロ雑巾みたいになってるだろうよ。
(※実際はブロッコリーになって元気に謎の野菜布教をしているが、今のカイは知る由もない)
俺はこっそりとシステムにアクセスし、周辺の会話ログを一括処理した。
スライムの村へ向かうルートや、各地の情勢。膨大な会話データの中から、俺たちに必要な情報を洗い出す。
……ヒットした。
ログの分析結果が、一つの地名を示していた。
西にある城塞都市『ウラスレート』。
ここへ行けば、より詳しい情報が得られそうだ。
◇
宿に戻った俺は、改装した部屋を「そのまま」にしておくようコマンドを固定した。
これは、あの優しい老夫婦への礼だ。この部屋を貸し出せば、彼らの生活も少しは楽になるだろう。
「行くぞ」
俺たちは宿を出て、誰にも見られない路地裏に入った。
そして、俺はコマンドを入力した。
`Teleport : Target [ Kai_Party ] >> Coordinates [ Alicia_Outside (West_Forest) ]`
シュンッ。
一瞬で視界が変わり、俺たちはアリシアの町の外、西側の森の中に立っていた。
ここからなら、誰にも邪魔されずに旅を続けられる。
「さて、次は『ウラスレート』だ。少し距離があるが……歩いて行くぞ」
「はい、主様!」
歩き出した俺は、最後に一つだけ確認を行った。
`Check_Log : Gate_Guard_AStatus : Nude (Slime_Attack) & Arrested`
ログには、町の中央広場で、突如として服が溶け落ち、全裸になった衛兵が「ひぃぃぃ! スライムがぁぁ!」と叫びながら逃げ惑う無様な姿が記録されていた。
どうやら、ワイロを受け取ったこともバレて、ムチ打ちの刑が確定したらしい。
「ざまぁみろ」
俺はニヤリと笑った。
そしてじいさんとばあさん。有り難うよ。あんたには本物の金貨を置いていくぜ。服を溶かしたりなんかしないから安心してくれな。
フェンたちと共に新たな目的地へと歩みを進めた。
(続く)




