第37話:管理者『ソフィア』・魔王
空に浮かぶ真紅の文字。 そこに記された『Process Kill(強制終了)』、『実験体』という単語。
(……は? なんの話だ?)
俺の思考が停止する。 俺が殺されて、ここに実装された? ふざけるな。俺はこの世界で生まれ、この世界で育った。親の顔も、ガキの頃の泥遊びの記憶もある。 なのに、このログは俺の人生を「実験」だと言い切るのか。
混乱する俺を、三人の少女が心配そうに見つめている。 フェン。ルナ。悠乃。
(……言うべきか?)
俺は悩んだ。 「実は俺、殺されてここに送られた実験体らしい」なんて言っても、彼女たちには意味不明だろう。 混乱させるだけじゃないか?
俺が深刻な顔で黙り込んでいると、フェンが静かに口を開いた。
「……主様」 「フェン?」 「私には、あずかり知れない『何か』が起こったのは、もう把握しています。……貴方のそんな顔、今まで見たことがありませんから」
フェンは俺の前に跪き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「ここのパーティのリーダーは貴方です。判断はお任せします。……ですが、どうか私たちを信頼した上でご判断ください。私たちは、何があっても貴方についていきますから」
その瞳に迷いはなかった。 俺が何者であっても関係ないという、絶対的な信頼。
すると、隣からルナが大きなため息をついた。
「あーもう! 湿っぽい! らしくないわよカイ!」 「ルナ?」 「そうよ! だいたい、そんな死にそうな顔してたら、せっかくのバーベキューが不味くなるじゃない! ほら、いつもみたいにバカみたいにおっぱい見て元気出しなさいよ!」
言うが早いか、ルナはフェンの背後に回り込んだ。
「これでも見て元気出しなさい!」
パチンッ!
「ひゃっ!?」
ルナがフェンのマイクロビキニの紐を引っ張り、カップを強引にずらした。 弾け出るように露出する、白く豊かな果実の片割れ。 健康的なピンク色の頂点が、青空の下で堂々とこんにちはする。
「ル、ルナ!? なにをするんですか!」 「いいじゃない姉様! カイの治療よ、治療!」
フェンが慌てて隠そうとするが、その一瞬の絶景は俺の網膜にしっかりと焼き付いた。 ……うん。 やっぱり、どんな深刻な状況でも、おっぱいは世界を救うな。
「そうじゃそうじゃ。元気出しんさい」
悠乃も俺の背中をバンと叩いた。
「大体、もうあんたはこの『パーティ』という名の村の族長なんじゃけ。堂々としといてくれ。大丈夫じゃ。わしらがおる」 「悠乃……」
彼女の豊満な胸が、俺の腕に押し付けられる。 この質量。この温もり。 俺は覚悟を決めた。
「……ああ、そうだな」
◇
俺は、さっき見たログの内容――俺が何者かに意図的に「作られた」存在かもしれないこと、そして何かの目的のために監視されているらしいことを話した。
話し終えると、三人は顔を見合わせた。 驚き半分。 そして残り半分は――「やっぱりね」といった顔だった。
「……まあ、そうよね」 ルナがあっさりと納得した。
「え、驚かないのか?」
「驚いたけど……でも、薄々は感じてたわよ。カイ、あんたどう見てもこの世界の常識とズレてるもの」 「そうです主様。あんなお洒落な建物……『ヴィラ』でしたっけ? あんな建築様式、文献でも見たことがありません」 「それに料理もじゃ。あの『塩レモン』とかいう調味料、あんなん普通の人間は思いつかんよ。美味すぎるもん」
シャンプー、リンス、現代的な料理、そしてログハウスの設備。 俺が当たり前のように使っていた「コマンド能力」による創造物は、彼女たちにとって既に『異界の証』だったらしい。 俺が特別な存在であることは、彼女たちの中ではとっくに常識だったのだ。
「貴方がどこから来て、どうやって生まれたのか……それは分かりません。でも、貴方が私たちを救ってくれた『カイ・ウォーカー』であることに変わりはありません」
フェンの言葉に、俺は救われた気がした。 そうだ。出自なんて関係ない。
「ありがとう。……よし、まずは情報を集めよう」
俺は立ち上がった。
「人間の町に寄るぞ。そこで何か手がかりがあるかもしれない」 「でも、私たちは……」 「変装してもらうぞ。……俺のスキルでな」
俺はコマンドを入力し、三人分の衣服を生成した。 すっぽりと顔を隠せる、可愛らしいデザインのフード付きパーカーだ。
「わぁ、可愛い! これなら耳も隠せますね」 「ふふ、お揃いね」 「ちと窮屈じゃけど……まあ、これならバレんか」
フェンとルナは白と黒のパーカー。悠乃はゆったりしたベージュのパーカー。 フードの下で動物の耳がピョコピョコ動いているのが愛らしい。
「よし、行くぞ! 謎を解き明かすんだ!」
俺たちは新たな決意を胸に、人間の町へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
一方その頃。 人間界から遠く離れた、魔の領域。 天を衝くようにそびえ立つ『魔王城』の最上階。
冷たい玉座の間で、二つの影が対峙していた。
一つは、玉座に深く腰掛けた影――『魔王』。 そしてもう一つは、その前に立つ妖艶な美女だ。
艶やかな黒髪をなびかせ、切れ長の瞳を持つ東洋的な美貌。 体に張り付くような漆黒のボディスーツは、彼女の豊満な肢体を強調している。 そして、腰から伸びる鋭利な「悪魔の尻尾」。
彼女の名は『ソフィア』。 悪魔型の管理者。
「……報告によると、人間側は懲りずにまた『勇者』を作ろうとしているようですね」
ソフィアは淡々とした口調で語りかけた。
「次の勇者は、前回のような欠陥品ではありません。いずれ貴方を超える脅威になるかもしれない。……私達と手を組みませんか? 対抗するための『力』を、惜しみなく提供しましょう」
玉座の魔王が、ふっと嘲るように笑った。 女性の声だ。絶対的な自信に満ちた声。
「協力、だと? ……勇者アレクは大失敗だったじゃないか」
魔王は頬杖をついたまま、人間という種を見下すように言った。
「あんな脆い玩具に、私が脅かされるとでも? 人間など、どれだけ束になっても蟻は蟻だ」
「……慢心は禁物ですよ」
ソフィアが目を細めた。 彼女は虚空に手をかざす。
Execute : Summon_Weapon [ Devil_Lance ]
刹那。 彼女の手元に、禍々しい深紅の槍が出現した。 ソフィアは流れるような動作で、玉座の魔王の喉元へ槍を突き出した。 音速を超える一撃。
キィンッ。
だが、槍は届かなかった。 魔王は玉座から一歩も動かず、ただ「指先」だけで、その切っ先を受け止めていた。
「……!」 「試したか? 小娘」
ソフィアは即座に思考を切り替える。
Parallel_Process (並列処理) : Start Command 1 : Gravity_Press (重力圧縮) Command 2 : Dimension_Cut (次元切断)
二つの最強コマンドを同時展開。 物理法則を無視した攻撃が魔王を襲う。
だが。 魔王は指先を軽く弾いた。
「『万象の拒絶』」
聞いたこともない、魔法体系に存在しない魔術。 その瞬間、ソフィアのコマンドが、多重の魔力障壁によって粉砕された。 衝撃波が広間を揺らすが、魔王の髪一筋も揺らがない。 余波がソフィアを襲い、彼女の頬を浅く切り裂いた。
「ッ……!」
ソフィアはバックステップで距離を取った。
「……なるほど。コマンドすらねじ伏せる魔力ですか」 (もしくは…無自覚にこの世界の魔力をプログラミングの処理に変換し、出力している…?)
ソフィアは冷徹に次の手を打つ。個の質で勝てないなら、処理能力の限界を突く。
Target = Sophia_Hand_Spear; While ( Target.quantity < 10000 ) { Target.clone(); }
刹那、ソフィアの手元の槍が、バグったように増殖した。 一振りが十となり、瞬きの間に百を超え、万へと至る。自己複製のエラーコードが走ったかのような悪夢的光景。 だが、その暴走は唐突に終わる。定義された上限値に達し、ループ処理の条件が『False』へと切り替わったからだ。 増殖プログラムが停止した直後、視界を埋め尽くしていたのは一万本の深紅の槍。その質量なき圧力は、この領域の処理能力を食い潰し、空間そのものを軋ませていた。
世界から音が消え、映像がコマ送りのようにカクつき始める。 『処理落ち(ラグ)』。 管理者権限による、強制的な負荷攻撃。この空間に存在するあらゆる物質は、この重すぎる描画処理に巻き込まれ、動きを止めるはず――
「鬱陶しいぞ」
滑らかな声が響いた。 カクつく世界の中で、魔王だけがヌルリと動いた。 フレームレートの概念など存在しないかのように。
彼女が面倒くさそうに手を振る。 ただそれだけで、空間を埋め尽くしていた数万の槍が、まるでメモリ解放されたかのように、プツンと一斉に消滅した。
「……ッ」 (処理落ち(ラグ)すら無視して動く……!? 最適化も、演算処理も関係ない……?しかも本人は自覚していない…?)
ここに至り、ソフィアは完全に悟った。これ以上は無意味だ、と。 ソフィアは槍を消滅させた。
「お互いに、これ以上やってもメリットはありませんね。城が壊れるだけです」 「ふん。お前が先に仕掛けたんだろう」
魔王は退屈そうに指先の魔力を散らした。 張り詰めていた殺気が消える。
「……それで? 協力は拒否ですか?」
ソフィアが問い直す。 魔王は妖艶に足を組み替えた。
「『強さ』になど、もう興味はない。頂点に立つ者の退屈さを、お前は知らないだろう」
魔王はソフィアのボディスーツに包まれた体を、舐めるように見回した。
「それより……お前はいい女だ」 「……」
「その力、その肉体。……協力はいらんが、お前のベッドの上でどうよがるのかのほうに興味があるな」
魔王の瞳が、情欲の色を帯びて光る。 世界を滅ぼすことよりも、目の前の美女を屈服させ、愛でることへの執着。
ソフィアは一瞬きょとんとして、それから冷ややかな、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「……奇遇ですね」
「私も……同じことを考えていました」
魔王と管理者。 最強の二人は、殺し合いの代わりに、もっと深く、濃厚な夜の契約を結ぼうとしていた。
(続く)
おまけ




