第35話:銀狼の乙女心と、頼れるお母さん
ざっ、ざっ、と土を踏む音が森に響く。
私たちは銀狼の里を目指し、森の中を歩いていた。
先頭を行くのは主様。
その少し後ろを、私は歩いている。
「ねぇねぇ悠乃ちゃん! 次のお店屋さんごっこ、私が店員さんやる!」
「ええよ~。じゃあうちは、クレーマー役やろかな」
「なにそれー! あはは!」
「ちょっとあんた!?もう6時なのにまだこのお寿司のパック半額になってないやん!あっちのスーパーならもう半額のシール貼ってるんやけど!?」
「え!?」
「なあ!?何とか言ったらどうなんや!?あ!?」
「ねえ!カイ!ちょっと助けて!」
「えー、私はこのスーパーの責任者、カイです。この度は当店の不備についてご指摘いただき、誠にありがとうございます。ですが当店では時計の針が20時を超えない限り、半額のシールは貼らない、という方向性で運営しておりまして…この不変のシステムは古代メソポタミア文明のオバマ政権の時から続いておりまして…」
「じゃかあしい!男は黙っとれ!」
「ねえ!?さっきからガチ過ぎない!?」
私の横では、妹のルナと、新しく仲間になった悠乃ちゃんが楽しそうに謎のクレーマーごっこをしている。
ホルスタインの村を出てから、私たちの旅は劇的に賑やかになった。
主様は悠乃ちゃんの能力にご執心だし、ルナも久しぶりに甘えられる相手ができて嬉しそうだ。
……幸せだ。
黒い獣に襲われて、孤独に一人で死ぬはずだった私が、こんなに温かい場所にいられるなんて。
でも。
(……最近、主様と二人きりで話せてないな……)
ふと、そんな思いが胸をよぎる。
最初の頃は、焚き火の前で二人きり、私の膝枕で主様が寝息を立てていた。
私の怪我を心配して、優しく撫でてくれた。
あの「私だけを見てくれている時間」が、どうしようもなく恋しい。
でも、今の私は「最古参」の従者だ。
ルナのお姉ちゃんだし、悠乃ちゃんを守る戦力でもある。
私がしっかりしなきゃ。甘えてばかりじゃ、主様の負担になってしまう。
それに、今はもう私だけじゃない。三人もいるんだもの……。
「……はぁ」
小さく溜息をつくと、歩く主様の背中が少しだけ遠く見えた。
その日の夜。
激しい「愛の営み」――という名のステータス補給&ハーレムタイムが終わり、ログハウスの寝室には静寂が戻っていた。
主様は疲れ果てて、泥のように眠っている。
その寝顔は愛おしいけれど、今の私には少しだけ遠い。
私は身じろぎして、隣で寝ていた悠乃ちゃんの布団に潜り込んだ。
「……んぅ? フェンちゃん? 眠れんのか?」
悠乃ちゃんが、眠たげな目を擦りながら声をかけてきた。
私は悠乃ちゃんの豊満な胸元に顔を埋めた。ミルクの甘い匂いがして、とても落ち着く。
「……悠乃ちゃん」
「どうしたん? ヨシヨシ……」
悠乃ちゃんは慣れた手つきで、私の頭を優しく撫でてくれる。
その母のような温もりに、張り詰めていた心が解けて、ぽつりと本音が漏れた。
「……私、なんか……甘えたい気持ちになっちゃって……」
「甘えたい?」
「はい……。最初は、主様の側にいられるだけで幸せでした。でも今は……ルナもいて、悠乃ちゃんもいて……賑やかで楽しいはずなのに」
私はギュッと悠乃ちゃんの服を掴んだ。
「……たまに、寂しくなるんです。お姉さんとして振る舞わなきゃって。主様にこれ以上迷惑をかけないように、我慢しなきゃって……。出会った頃みたいに、無邪気に甘えるのが怖くて……」
私の言葉を聞いて、悠乃ちゃんは優しく私を抱きしめ返してくれた。
「……アホじゃなぁ、フェンちゃんは」
「……え?」
「男なんてな、頼られるのが一番嬉しい生き物なんよ。それにカイを見てみぃ。あんな女好きの世話焼きが、あんたに遠慮されて喜ぶと思うか?」
悠乃ちゃんはニカッと笑った。
「フェンちゃんは最初からずっと一緒なんじゃろ? カイにとって、あんたは特別なんよ。……明日は、ちょっとワガママ言うてみ? うちが保証したるから」
「……ワガママ……」
「そうじゃ。甘えてこい。とろけるくらいにな」
翌日。
森の中の開けた一本道を、私たちは歩いていた。
天気は快晴。絶好の行楽日和だ。
私は主様の斜め後ろを歩きながら、昨夜の悠乃ちゃんの言葉を反芻していた。
――甘えてこい。
心臓がドクドクと早鐘を打つ。
本当にいいのかな。迷惑じゃないかな。
でも。
私は意を決して、歩調を早めた。主様の真横に並ぶ。
そして、おずおずと主様の袖を摘んだ。
「……あ、あの、主様」
「ん? どうしたフェン。敵か?」
主様が足を止めて、私を見る。
その顔を見たら、言葉が詰まりそうになった。でも、言わなきゃ。
「ち、違います。その……」
私は俯いて、顔が熱くなるのを感じながら、精一杯の声で言った。
「……今から…甘えても、いいですか?最初に出会った頃のように…」
言ってしまった。
心臓が口から飛び出しそうだ。
沈黙が落ちる。
どうしよう、やっぱり「急になんだ」って呆れられ――
「……はぁ」
主様が、大きなため息をついた。
あ、やっぱりダメだっ――
「……そんなこと、わざわざ聞くなよ」
え?
顔を上げると、主様がそっぽを向いていた。
でも、その耳は真っ赤になっていて、手で口元を隠している。
「お前は俺の最初の従者だろ。……甘える権利くらい、最初から持ってるよ…」
主様は照れ隠しのように早口でまくし立てた。
「だいたい、お前になら……甘えるどころか、俺の『管理者権限』だって渡してやるよ。……それくらい、特別なんだから」
「……ッ!」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
権限なんていらない。
ただ、その「特別」という言葉だけで、私は世界一幸せだ。
「……はいっ! 主様っ!」
私は勢いよく、主様の腕にしがみついた。
主様は「うおっ!?」とよろけたけど、振りほどこうとはせず、しっかりと私を受け止めてくれた。
♢♢♢
少し離れた後ろから、その様子を見守る二人がいた。
「……へへっ。お姉ちゃん、デレデレだ」
ルナが、姉の幸せそうな後ろ姿を見て、安心して微笑む。
そしてその横で。
「よしッ……!」
悠乃ちゃんが、音もなく小さなガッツポーズを決めていた。
作戦成功。
♢♢♢
私の居場所は、やっぱりここ(主様の隣)なんだ。
主様の腕の温もりを感じながら、私たちは再び歩き出した。
おまけ
悠乃とルナ
次で一章も終わり…




