第34話:完熟トマトのトマ美 ブロッコリー・アレク3/3
人参の騎士と和解(?)し、さらに森の奥へと進んだ時のことだ。
「……あ、あぁ……。誰か……水を……」
巨大な葉の陰で、倒れ伏す影があった。 それは、全身から芳醇な香りを漂わせる、赤いドレスの少女だった。 いや、少女と呼ぶにはあまりにも発育が良すぎる。 薄い皮のようなドレスは、はちきれんばかりの果肉によってパンパンに張り詰め、少し動くだけで「プリッ」と弾け飛びそうだ。 豊満な胸部、くびれた腰、そして艶やかな赤い肌。 まさに『完熟』という言葉を具現化したような、ダイナマイトボディの持ち主だった。
「……ひどい怪我だ」
アレクが駆け寄る。 彼女の体には、鳥に突かれたような傷があり、そこから赤いジュース(体液)がドロリと流れ出していた。 カイとフェンの出会いを彷彿とさせる、悲劇的なヒロインの登場。 だが、アレクの対応は治療コマンドではなかった。
「動かないで。……今、光合成を分け与えます」
アレクは優しく彼女の肩を抱き、自らのブロッコリーヘッドから放たれる緑色の光を傷口にかざした。
「……大地よ。窒素よ。リン酸よ。カリウムよ。……今ここに、再結合を」
ブォン……。 謎の緑色の波動が傷口を塞ぎ、彼女の肌にツヤとハリが戻っていく。 少女がゆっくりと目を開けた。 その瞳が、逆光の中に立つ、アフロヘアの男を捉える。
「あ……貴方様は……?」 「通りすがりの、ただのブロッコリー・バーサーカーさ」
アレクが爽やかに微笑むと、少女――トマトの精霊の顔が、さらに真っ赤に染まった。 吊り橋効果。そして助けられた恩義。 彼女の完熟ボディが、熱を持って震え出す。
「私……森の無法者に襲われて……もうダメかと思っていました……」 「災難だったね。もう大丈夫だ。君のヘタはまだ青々としている」
アレクが立ち去ろうと背を向けた、その時だ。 ガシッ。 トマトの精霊が、背後からアレクに抱きついた。 背中に押し付けられる、圧倒的な質量の果実。あふれ出るリコピンの香り。
「お、お待ちください……!」 「……?」 「助けていただいた命……。私には何もお返しできるものがありません。ですから……」
彼女は潤んだ瞳で見上げ、自らの豊満な胸元をグイッと押し開いた。 甘酸っぱい香りが爆発する。
「私を……食べてください……!」 「……ほう」 「私は『完熟トマト』の精霊、トマ美……。今が一番の食べ頃なんです……! 中身もトロトロに熟しています……! 貴方様になら……皮を剥かれても、煮込まれても構いません……! どうか、私の全てを召し上がってください……ッ!」
情熱的な求愛。 肉体(野菜)を使った、直球の誘惑。 カイであれば、即座に「いただきます(合掌)」をして、その場でかぶりついていただろう。
だが。 アレクは、静かに彼女の手を解いた。 そして、困ったような、それでいて全てを許容する聖人のような微笑みを浮かべた。
「……いけないよ、トマ美さん」
アレクの声は、そよ風のように優しかった。
「な、なぜですか……? 私が、美味しくなさそうだから……? 傷物だから……?」 「違う。君は魅力的だ。その糖度は魅惑的ですらある」 「だったら……!」
「カントは言いました。『汝の意志の格率が、常に同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ』と」
「……え?」
トマ美がキョトンとする。 後ろで見ていた魔法使いと戦士も「え?」と声を漏らした。
アレクは遠い空を見つめ、諭すように語り始めた。
「もし、私が『食べたい』という感情(傾向性)だけで君を食べたとしよう。それは単なる『欲望』だ。動物的な反応に過ぎない。……だが、真の道徳的行為とは、『義務(Pflicht)』に基づいてなされるべきものなんだ」
「ぎ、ぎむ……?」
「そう。私が君を助けたのは、君を食べたかったからじゃない。君という『生命(野菜)』を救うことが、宇宙の普遍的な法則として正しいと判断したからだ」
アレクはそっと、トマ美の頭に手を置いた。
「君を食べることは簡単だ。だが、それは私の『理性』が許さない。……君は私の所有物ではない。君は、君自身の目的のために、その赤さを誇るべきなんだ」
「ア、アレク様ぁ……ッ!」
トマ美から、感動のあまりポタポタと赤い果汁が垂れる。 何を言われているのか全く分からない。 だが、「お前を食べるのはもったいないくらい尊い存在だ」と言われていることだけは伝わった。
「畑にいなさい。そして、もっと赤く、もっと丸くなりなさい。……いつか君が、私のためではなく、世界のためにケチャップになる覚悟ができた時……また会いに来るよ」
「は、はいぃぃぃ……! 私、待ちます……! もっともっと熟して、破裂しそうになるまで溜め込んで、お待ちしてますぅぅぅ!!」
アレクは涼しい顔で、跪くトマ美を残して歩き出した。 しかし、トマ美は我慢できなかったらしく、即座にアレクの後をついていった。 その背中には、禁欲的な高潔さと、完全に会話が成立していない狂気が同居していた。
「……」 「……」
残された戦士と魔法使いは、顔を見合わせた。
「……なぁ。今の、どういう意味だ?」 「……知らないわよ。『今はまだ食わないでキープしておく』ってことじゃないの?」 「言い方ひとつであそこまで女(野菜)を濡らすとは……。あいつ、勇者やってた頃よりモテるんじゃないか?」 「悔しいけど……ちょっとだけ、かっこよく見えたわよ。ブロッコリーのくせに」
こうして、アレクの「野菜ハーレム」に、新たな信者が加わった。 肉を貪るカイ。 野菜を崇め、そして寸止めするアレク。 二人の道は、決定的に分かたれていた。
(続く)
おまけ
トマ美の感謝




