第31話:揺れる猫じゃらしと、尊厳の崩壊
人間の町へ向かう街道の途中。 俺たちは少し休憩をとることにした。 道端の岩に腰を下ろそうとした時、俺の視界に見覚えのある植物が入った。
「……お、これって」
見た目は「猫じゃらし(エノコログサ)」にそっくりだ。 だが、サイズがデカイ。穂の部分だけで子供の腕くらいある。しかも、風もないのにゆらゆらと妖しく動いている。
俺は管理者ウィンドウを開き、鑑定してみた。
『 オブジェクト名:ダンシング・グラス(踊り草) 』 『 特性:生物の動体に反応して、不規則に揺れ動く。小動物の狩猟本能を刺激する成分を放出する 』
「へえ、ここにも生えてたのか」
以前、フェンと二人きりの時にこれを見つけて、大変なことになった記憶が蘇る。あの時のフェンは、普段のクールな姿からは想像もできないほど乱れていた。
(……待てよ?)
俺はチラリと後ろを見た。 そこには、フェンの妹であるルナがいる。 姉妹なら、反応も同じなんじゃないか? あのツンデレなルナが、猫のようにじゃれついてくるところ……見てみたい。
俺はニヤリと笑い、その草を二本引き抜いた。 草の穂先が生き物のようにクネクネと動き出す。
「おいルナ、見てみろよ。面白い草があるぞ」
俺はルナに向かって、猫じゃらしをフリフリと振ってみた。
◇ ◇ ◇
「おいルナ、見てみろよ。面白い草があるぞ」
カイがニヤニヤしながら、巨大な猫じゃらしのような草を振っている。 私は呆れてため息をついた。
(……バカなの?)
あいつ、私のことをなんだと思ってるのよ。 まさか、あんな子供騙しの草で、私が「わぁーい!」なんて飛びつくとでも? 私は誇り高き銀狼族よ。その辺の野良猫や犬とは格が違うの。
確かに、その草からは妙に甘くて、本能をくすぐるような匂いが漂ってくるけど……。 そんなのに反応するのはそこらの猫ちゃんくらいよ。
「あのね、カイ。いい加減にして」
私は腰に手を当てて、呆れ顔で言ってやった。
「私を誰だと思ってるの? そんなのに引っかかるようじゃ、誇り高き銀狼の血が廃るって――」
言い切る前だった。
バシュッ!!
私の横を、黒い疾風が駆け抜けた。 あまりの速さに、前髪が舞い上がる。
「え?」
私がポカーンとして視線を向けると、そこには信じられない光景があった。
「わふぅぅぅぅぅッ!! 待てぇぇぇぇッ!! 待つのですぅぅぅ!!」
姉様だ。 あの完璧で、優雅で、私の憧れである姉様が。 四つん這いになって、舌を出して、尻尾を千切れんばかりに振り回しながら、カイの持っている草に飛びかかっている。
「……は?」
思考が停止した。 姉様の黒いマイクロビキニが激しく食い込み、お尻がプリプリと揺れている。 獲物を狙うその目は、完全に野生の獣そのものだ。
「し、姉様……? なにして……?」
私の声なんて届いていない。 カイが楽しそうに草を左右に振ると、姉様は残像が見えるほどの反復横跳びを繰り返している。 威厳? 誇り? そんなものはどこにもなかった。
◇ ◇ ◇
ルナが口を半開きにして固まっている。 無理もない。姉のあんな姿を見せられたら、誰だってそうなる。
「え? ルナ、なんだって? 銀狼の誇りがどうしたって?」
俺が意地悪く聞くと、ルナは顔を真っ赤にして俯いた。
「う……うるさいっ! 姉様があんな……あんな……!」
まあ、ルナには効かなかったみたいだな。やはり個体差があるのか。 だが、予想外の伏兵がいた。
「……んぐっ」
背後から、荒い鼻息が聞こえた。 悠乃だ。 彼女が顔を紅潮させ、オーバーオールの胸元を握りしめて震えている。
「ど、どうした悠乃? トイレか?」 「ち、違うんよ……! 体が……勝手に……!」
悠乃の瞳孔が開いている。視線は俺の左手にある「もう一本の猫じゃらし」に釘付けだ。 牛人族は草食系だろ? 狩猟本能なんてあるのか? ……いや、待てよ。「美味しそうな牧草」に見えているのかもしれない。
「もう……我慢できんっ!!」
ドスドスドスッ!
悠乃が突進してきた。 フェンほどの俊敏さはないが、その突進力は重戦車級だ。
「ちょ、悠乃まで!?」 「よこせぇぇぇ! そのフワフワしたやつ、よこせぇぇぇ!」
こうして、俺の両手には二匹の獣が食らいつくことになった。 右手にフェン。左手に悠乃。
「ほらほら、こっちだぞー!」
俺は両手を交互に動かした。
シュバババッ! ドスンドスンッ!
この光景は壮観だった。 フェンは、しなやかなバネのように跳ね回る。 着地のたびに、黒ビキニに収まりきらない胸が、時間差で「ボヨンッ!」と跳ね上がる。引き締まった筋肉と脂肪のバランスが美しい。
対して悠乃は、重量感たっぷりの揺れだ。 彼女がジャンプ(あまり飛べてないが)するたびに、オーバーオールの隙間から見える巨大な果実が、まるで水風船のように「ドプンッ! タプンッ!」と重苦しい音を立てて暴れ回る。 お尻の肉もすごい。デニム生地の中で、柔らかな肉が波打っているのが分かる。地震でも起きているんじゃないかというレベルだ。
「はふっ! 主様! 右! 右です!」 「ああっ! 逃げるな! 待てやコラァ!」
銀狼の俊敏な揺れと、牛娘の重厚な揺れ。 二つの異なる物理演算が、俺の目の前でカオスなハーモニーを奏でている。
ルナは遠くで、死んだ魚のような目をしていた。
「……こんなアホみたいなお姉様と悠乃……初めて見た……」
◇
十分後。 俺の腕がパンパンになってきた。
「はぁ、はぁ……。ごめん、もう疲れた。ストップ」
俺が手を止めると、フェンと悠乃も「はぁ、はぁ」と肩で息をして止まった。 全身汗だくだ。ビキニもオーバーオールも肌に張り付いている。
「……もう、情けないんだから」
呆れ果てたルナが近づいてきた。 彼女は俺の手から猫じゃらしをひょいと奪い取った。
「こんな草の何がいいのよ。ほら」
ルナが何気なく草を振った。
ビクンッ!!
フェンと悠乃の体が跳ねた。
「あっ……ル、ルナ……それ……」 「ルナちゃん……動かして……もっと……」
二人が涎を垂らしそうな顔で、ルナに懇願する。 それを見たルナの表情が、ニヤリと歪んだ。
「……へぇ」
彼女の中に眠る、サディスティックな何かが目覚めた瞬間だった。
「お姉様、悠乃。……欲しい?」 「ほ、欲しいです! 下さい!」 「お願いじゃ……!」
「ダメ。……ほら、取ってみなさいよ」
ルナが高い位置で草を振る。 フェンと悠乃が必死にジャンプする。
「あはは! すごい顔! ほらほら、こっちよ!」 「わふぅッ! ルナ! 意地悪しないで!」 「ああんっ! 届かんっ! ルナちゃんいけずぅ!」
ルナは完全に楽しんでいた。 普段は敵わない姉や、豊満な悠乃を、自分の指先一つでコントロールできる優越感。 彼女は巧みな手首のスナップで、二人を右往左往させた。
「ほら、もっと腰を振って! もっと高く!」
フェンと悠乃は、言われるがままに踊り狂った。 汗が飛び散り、胸が揺れ、お尻が震える。 それは一種の狂乱の宴であり、最高のご褒美タイムだった。
結局、二人が泡を吹いて倒れ込み、全く歩けなくなるまで、ルナによる「調教タイム」は続いたのだった。
◇ ◇ ◇
日が暮れた頃。 俺たちは街道を外れた森の中で野営をすることにした。 全員汗と泥でドロドロだ。
「風呂にするか」
俺は管理者権限でログハウスを展開し、自慢の露天風呂にお湯を張った。 四人で仲良く(悠乃とフェンは半死半生だが)湯に浸かり、汗を流す。
「ふぅ……生き返る……」 「主様、背中流します……」 「あー、極楽じゃぁ……」
風呂上がり。 リビングのテーブルには、俺が用意した今夜のメインディッシュが並んでいた。
「うわぁ! これなに!?」 「いい匂い……!」
そこにあるのは、山盛りの『牡蠣』料理だ。 海のないこの場所で、なぜ牡蠣があるのか? もちろん、俺の権限で創造したからだ。 悠乃のミルクで消耗したスタミナを回復するには、海のミルクこと牡蠣が一番だ。
「まずは、『牡蠣のバター醤油ソテー』だ」
熱々の鉄板の上で、大粒の牡蠣がジュウジュウと音を立てている。 焦がしバターと醤油の香ばしい匂いが、湯気と共に立ち上り、食欲をダイレクトに刺激する。 表面はカリッと香ばしく、中はふっくらとジューシー。
「んむっ……! おいひぃ……!」
ルナがハフハフしながら頬張る。 噛んだ瞬間、濃厚な牡蠣のエキスとバターのコクが口いっぱいに広がる。
「こっちは『牡蠣とほうれん草のクリームチャウダー』だ。悠乃のミルクをたっぷり使わせてもらったぞ」
白いスープに、プリプリの牡蠣が浮いている。 スプーンで救って口に運ぶと、ミルクの優しい甘みと、牡蠣の潮の香りが絶妙にマッチして、五臓六腑に染み渡る。
「うちのミルクが……こんな美味しい料理になるなんて……!」 「最高です、主様。いくらでも食べられそうです」
フェンも悠乃も、昼間の失態を忘れて夢中で食べている。 俺も冷えたビール(風の炭酸水)を流し込みながら、牡蠣を堪能した。 亜鉛とタウリン、そして悠乃のミルク効果。 今夜もまた、俺のステータスは上がりそうだ。
「いやーにしても…さっきのお姉さまと悠乃ちゃんの必死な姿…私、思い出しただけで笑っちゃいそう…フフフ…」「ルナー…忘れてよぉ…お願いだから…」「ルナちゃんって意外と意地悪さんやなぁ…」
ルナがさっきの光景を思い出して笑っている。尊敬するお姉さまの姿と、しっかり者の悠乃のあんな狂喜乱舞する(猫じゃらしに向かって)姿を見たら…そりゃな…
「ごちそうさまでした!」
満腹になった俺たちは、ふかふかのベッドに倒れ込んだ。 右にフェン、左にルナ、上に悠乃。 いつもの定位置に収まり、俺たちは泥のように眠りについた。
明日は人間の町だ。 英気を養った俺たちなら、どんなトラブルも乗り越えられるだろう。 ……たぶん。
(続く)




