第27話:ベルモットの本当の目的と、銀狼の里への襲来
朝。 事後の余韻と、甘いミルクの香りが充満するベッドの中で、俺はふと天井を見上げながら思考を巡らせていた。 右にフェン、左にルナ、そして上に悠乃。 この幸福な重みの中で、俺の脳内CPUは冷徹に昨日の事件を再演算していた。
(……おかしい)
俺は眉をひそめた。 管理者ベルモット。彼女はなぜ、あそこまで回りくどいことをした? ホルスタインの村の温泉に毒を盛り、ミルクを止める。 さらに族長や孫娘を誘拐して監禁する。 単なる嫌がらせにしては手が込んでいるし、彼女のような「効率主義」の管理者がやるには非生産的だ。
「……目的は、他にあったんじゃないか?」
俺の呟きに、フェンがまどろんだ目をこすりながら顔を上げた。
「んぅ……主様? どうしたんですか、難しい顔をして」 「フェン。もし俺たちがここに来ていなかったら……牛人族の村の異変を知った時、誰が助けに来ていたと思う?」
フェンは少し考えて答えた。
「それは……父上でしょうね。父上は義理堅いですし、牛人族の族長とは旧知の仲ですから。きっと自ら精鋭を率いて……」
そこまで言って、フェンもハッとした。
「……まさか」 「そうだ。ベルモットの本当の狙いは、『銀狼族最強の戦力であるガルム族長を、里から引き剥がすこと』だったんじゃないか?」
俺の中でパズルが組み上がる。 牛人族への攻撃は陽動。本命は「手薄になった銀狼の里」を叩くこと。 だが今回、実際に動いたのは俺とフェンとルナだ。 ガルム族長は里に残っている。 しかし――。
「待てよ……。俺たちがここにいるってことは、里の戦力であるフェンとルナが不在ってことだ。これ、結局戦力ダウンしてるんじゃないか!?」
俺は青ざめた。 敵がその隙を見逃すはずがない。もし今、里が襲撃されていたら?
「ヤバイ! 戻らなきゃ! ミナやセリアさんが危ない!」
俺は慌てて起き上がろうとした。
◇ ◇ ◇
――同時刻。銀狼の里。
平和な朝の静寂は、轟音と共に破られた。
バギィィィンッ!!
里を覆っていた結界が、ガラスのように砕け散る。 警報が鳴り響く中、正門を堂々と突破してきたのは、三人の女たちだった。 全員が黒い戦闘服に身を包み、その周囲には俺やベルモットと同じ「システムウィンドウ」が展開されている。
「あらあら、脆いわねぇ」 「ベルモットが手こずってたから警戒したけど、所詮は獣の檻か」
敵の管理者(コマンド使い)たちだ。 彼女たちは無数の攻撃魔法を浮遊させ、里の広場へと歩を進める。
「さあ、皆殺しよ。抵抗するなら――」
「――朝から騒々しいな。客なら玄関から入るものだぞ」
凛とした低い声が響いた。 三人の前に、一人の男が立ちはだかる。 銀色の髪、琥珀色の瞳、そして歴戦の威圧感を纏ったナイスミドル。 銀狼族族長、ガルムだ。
彼は武器も構えず、パジャマの上にガウンを羽織っただけの姿で、優雅に朝のコーヒーを飲んでいた。
「あら、イイ男。あなたが族長?」 「いかにも。……娘たちが留守でね。私が相手をしよう」
ガルムがカップを置く。 敵の一人、赤髪の女が嘲笑った。
「人間ごときが、私たち『管理者』に勝てるとでも? 消えなさい!」
女が指を鳴らす。
Target : Garum Command : Delete
不可視の消去コマンドが、ガルムの座標を直撃した。 はずだった。
シュンッ。
ガルムの姿がブレた。 次の瞬間、彼は数メートル横に移動しており、元の場所に残っていた残像だけがノイズと共に消滅した。
「……は?」
女が目を見開く。
「な、なによ今のは!? デリートを避けた!?」 「避けたのではない。『当たる前に動いた』だけだ」
ガルムは懐から一本の煙草を取り出し、指先から出した小さな火で着火した。
「貴様らの術は、発動までに一瞬の『タメ(入力ラグ)』がある。その視線、指の動き、魔力の揺らぎ……歴戦の戦士には、あくびが出るほど遅い」
「ば、バカな……! ただの物理攻撃でシステムに勝てるわけが……!」 「やってみるがいい」
三人の管理者が一斉に攻撃を開始した。 炎、雷、重力圧縮、即死判定。 ありとあらゆるチート攻撃がガルムを襲う。 だが。
ヒュン、ザッ、タンッ。
当たらない。 ガルムは最小限の動きで、紙一重ですべてを回避し続けている。 まるで舞踏のように優雅に。煙草の灰すら落とさずに。
「くっ……! ちょこまかと……! なら、広範囲殲滅で……!」
敵が焦り始めた時、ふと彼女たちは「ある異変」に気づいた。
「……ねえ、ちょっと変じゃない?」 「なにがよ!」 「周りの村人たちよ……。なんで誰も騒いでないの?」
そう。 結界が破られ、族長が攻撃されているというのに。 里の家々から出てきた女性たち(銀狼族の妻たち)は、悲鳴を上げるどころか、腕組みをして井戸端会議を続けていたのだ。
「あら、また襲撃?」 「ガルム様、朝から元気ねぇ」 「洗濯物が干せないじゃない。早く終わらせてほしいわ」
そこには恐怖も焦りもない。 あるのは、「日常茶飯事」を見るような呆れた視線だけ。
◇ ◇ ◇
(場面転換:ホルスタインの村・ゲストハウス)
「主様、落ち着いてください」
パニックになって服を着ようとする俺を、フェンが後ろから抱きしめて止めた。
「里が危ないんだぞ! 早く転移しないと!」 「大丈夫ですって。うちの里には、父上がいるんですよ?」
フェンはクスクスと笑っている。 ルナは呆れた表情でこちらを見下している
「そうよカイ。……よく考えてみて。銀狼の里には、男が『一人』しかいないのよ?」
「え? ああ、そういえば……」
銀狼族は、極端に男が生まれない種族だ。 だからこそ一人しか生まれない強力な雄がハーレムを築く。 今の里の構成員は、ガルム以外は全員女性だ。
「つまり、里にいるお母様たちは全員、あの父上に選ばれ、父上の寵愛を受け、父上の子を産んだ『最強のメス』たちなんです」
フェンの目が光る。
「私たち姉妹は確かに『特別』な才能を持って生まれました。でもね……」
ルナが布団から顔を出してニヤリと笑った。
「その『元』になったお母様たちが、弱いわけないじゃない」
悠乃も、おっとりとミルクを飲みながら言った。
「銀狼族の奥さんたちは怖いでぇ……。うちも昔、行商に行ったときに見たけど、ありゃあ『鬼神』じゃよ」
◇ ◇ ◇
(場面転換:銀狼の里)
「な、なによこいつらぁぁぁ!?」
管理者の女たちが悲鳴を上げていた。 ガルム族長を狙おうとしても、周囲から現れた「普通の主婦」たちに阻まれるからだ。
「アンタたち! 庭に入らないでって言ったでしょ!」
一人の主婦が、洗濯物を干すための物干し竿を振るう。 ただの木の棒だ。 だが、その速度は音速を超えていた。
バゴォォォォンッ!!
「ぐえっ!?」
管理者が展開した防御障壁が、物干し竿の一撃で粉砕され、女が吹き飛ぶ。
「あらやだ、障壁なんて張るから。……今日の夕飯、煮込みハンバーグなのに邪魔しないでくださる?」
別の主婦が、包丁を持ったまま瞬歩で近づき、管理者の顔の横の空気を切り裂く。 斬撃の衝撃波だけで、女の髪がごっそりと削ぎ落とされた。
「ひぃぃっ!? 髪が! 私の髪がぁ!」 「次は首よ? ……あ、いけない。お鍋が吹きこぼれちゃう」
強すぎる。 コマンドも魔法も関係ない。 圧倒的な身体能力と、生活に根ざした暴力。 銀狼族の女たちは、全員が歴戦の戦士であり、ガルムという王を守る騎士団なのだ。
「く、くそっ……! なら、こいつを!」
追い詰められた管理人の一人が、近くにいた小さな影を捕まえた。 末っ子のミナだ。
「動くな! このガキの命が惜しくば――」
人質。 卑劣な手段。 だが、里の女たちはピタリとも動じない。 むしろ、憐れむような目で管理者を見ていた。
「……あらあら」 「運がないわねぇ、あの子を選ぶなんて」
管理者が困惑する。 その時、腕の中のミナが、ニコッと無邪気に笑った。
「おねえちゃん、あそんでくれるの?」 「は、はぁ!? 黙れガキ!」
ミナの口が開く。 そこには、まだ小さいが、鋭利な銀色の牙が並んでいた。
「いただきます♡」
ガブッ!!
ミナが、管理者の脛に食らいついた。 プチン、ゴリッ。 肉が裂け、骨が砕ける生々しい音が響く。
「ぎゃあああああああああああああッ!!? あ、足がぁぁぁぁ!!」
管理者がミナを放り出してのたうち回る。 その脛は、骨ごと噛み千切られ、無残な形になっていた。 ミナは口元の血をペロリと舐め、「まずい…」と吐き捨てた。
「さて……。そろそろ終わらせようか」
ガルム族長が、最後の一人――リーダー格の女の前に歩み寄る。 女は腰を抜かし、後ずさりする。
「ひ、ひぃ……! 化け物……! あんたたち人間じゃない!」 「失礼な。私は愛妻家で子煩悩な、ただの父親だよ」
ガルムの全身から、凄まじい冷気が噴出した。 大気が凍りつき、ダイヤモンドダストが舞う。
「ただ、私の庭を荒らし、家族に手を出した代償は……高くつくぞ」
ガルムが静かに掌をかざした。
「氷結の棺」
「グレイヤード!」
パキィィィィィッ……!!
音が消えた。 里の上空に、巨大な氷の華が咲いた。 管理者の女たち三人は、悲鳴を上げる間もなく、その氷の華の中に永遠に封じ込められた。 絶対零度の牢獄。 だが、その冷気は完全にコントロールされており、里の家屋や花壇の花一輪すら凍らせてはいなかった。
圧倒的な技量。 ガルムはふぅ、と煙草の煙を吐き出し、氷像となった侵入者たちを見上げた。
「……さて。セリア、コーヒーのおかわりを貰えるかな」 「はいはい、あなた♡ かっこよかったわよ」
「…しかし、カイ殿と同じ能力を持っている様に見えたが…技の展開スピードが遅かったな。やつらは。」「ふふふ…さきの襲撃者とは比べるべくもありませんね♡」
日常が戻る。 銀狼の里にとって、この程度の襲撃は、朝の体操にもならない出来事だったのだ。
だが世界はわずかに変わっている。魔法とは別の能力の使い手。慢心はできない。
◇ ◇ ◇
(場面転換:ホルスタインの村)
「……というわけで、大丈夫だと思いますよ」
「天狼の称号を与えられてるんだから。これは名誉なだけでなく、実際に強いから、与えられた名前なの。」「歴代でも三人のみです。天狼の称号を与えれらたのは」
「とある山の頂に住む万の年を生きる獣人がおるんじゃッて。そいつのもとに行くと、称号と力を与えてくれるらしいわ。力が満たないと判断されれば食い殺されるらしいぞ。」
「まあ本来、獣人の寿命はもっと短いはずじゃがな」と悠乃が短く言う。
フェンと悠乃があっけらかんと言う。 俺は今の「想像上の戦闘シーン」を思い浮かべ、乾いた笑いを漏らした。
「はは……。ガルムさんもお母様方も、強すぎだろ……」
心配して損した。 あの里が滅びるビジョンが全く浮かばない。 俺は全身の力が抜け、再びベッドに沈み込んだ。
「なんだ……よかった……。それなら安心だな」
俺の顔が、自然とにやけ顔に戻っていく。 危機は去った(というか最初から無かった)。 ならば、俺たちが急いで帰る理由もない。
「……ということは、だ」
俺は左右と上の三人の美女を見回した。
「まだしばらく、ここでゆっくりできるってことだな?」 「ふふ、そうですね」 「お兄ちゃんったら、またやる気?」 「うちはいつでもええよぉ♡」
三人が甘い声で囁く。 俺は満面の笑みで、再び布団を頭までかぶった。
「よし! 二回戦開始だ! 里への報告は、昼過ぎでいいや!」 「「「はーい♡」」」
こうして俺たちは、里での激闘など知る由もなく、ただただ堕落した時間を貪り続けるのだった。




