第22話:野生の覚醒と、弧を描く凶器
「死ねぇぇぇッ!!」
インセクト・ナイトの鋭利な爪が、ルナの喉元へと突き出された。
武器はない。回避する体勢でもない。
誰もがルナの死を確信した、その瞬間だった。
ギンッ!!
空気を裂く音と共に、ルナの体がありえない角度でねじれた。
柔軟な背骨と、爆発的な筋肉の収縮。
彼女は紙一重で爪をかわすと、地面に手をつき、その回転力を利用して弾き飛ばされたブーメランへと跳んだ。
「……はぁ、はぁ……」
ブーメランを拾い上げ、ルナは自身の掌を見つめた。
さっき投げた時、私は何を考えていた?
――姉様みたいに、綺麗に戦わなきゃ。
――教わった通りのフォームで。角度は、手首のスナップは。
(……馬鹿みたい)
ルナは自嘲気味に笑った。
違う。私は姉様じゃない。
あんな優雅に、魔法を使って戦うなんてガラじゃない。
カイに強化してもらった武器に頼って、フォームばかり気にして、一番大事なことを忘れていた。
私は銀狼族。
牙を持ち、爪を持ち、獲物を食らう獣だ。
「……ガァッ!!」
ルナが地面を蹴った。
魔法も、小細工もいらない。
ただ、本能のままに。野蛮に。
ズドォォォォンッ!!
ルナの回し蹴りが、インセクト・ナイトの横っ腹に突き刺さった。
硬い甲殻など関係ない。衝撃は内部へと浸透し、内臓を破裂させる。
「ギ、ギシャ……!?」
敵が怯んだ隙を逃さない。
ルナはブーメランを「投げる」のではなく、「握ったまま」敵の頭部に叩きつけた。
バゴォォォォォッ!!
鈍い音が響き、インセクト・ナイトの頭がトマトのように弾け飛んだ。
一撃必殺。
返り血を浴びたルナは、その赤い滴を舐め取ると、獣の瞳で次の獲物を探した。
視線の先には、フェンと交戦中のクラーケン・ウォーリア(タコ男)。
ルナは身体を弓のように反らせ、渾身の力でブーメランを振りかぶった。
「消えろぉぉぉッ!!」
投擲。
だが、それは美しい回転などしていない。
ただの暴力的な回転体が、空気を引き裂く轟音と共に射出された。
ズバァァァァンッ!!
ブーメランはクラーケン・ウォーリアの背中から突き刺さり、その巨体を貫通して胸から飛び出した。
再生能力の高いタコの魔物も、心臓ごと消し飛ばされてはたまらない。
巨体が崩れ落ちる。
「……ふわぁ」
その目の前で、フェンは退屈そうにあくびをしていた。
「やっと気づいたんですね、ルナ」
フェンは満足そうに微笑み、崩れ落ちる敵を見下ろした。
「貴方は私になる必要なんてない。その野生こそが、ルナの本当の牙なんだから」
◇
一方、上空。
ベルモットは焦っていた。
「な、なによあいつら……! 私のモンスターが一瞬で!?」
地上の惨劇が信じられない。
あの少女の武器は、さっき私が『初期化』に戻したはずだ。
質量も攻撃力も、ただの木の棒レベルになっているはずなのに、どうしてあんな威力が出る?
「よそ見してる余裕なんてあるのか?」
カイの声に、ベルモットはハッと正面を向いた。
カイが新しいコードを展開している。
「くっ! 小賢しい!」
ベルモットは迎撃コードを入力しようとした。
だが、カイはニヤリと笑って、奇妙なことを口にした。
「なぁ、知ってるか? ブーメランってのはな……」
カイの視線は、ベルモットではなく、彼女の「背後」に向けられていた。
「――大きな弧を描いて、戻ってくるんだぜ」
「え?」
ベルモットが振り返ろうとした、その時だった。
ドスゥゥゥゥゥッ!!!
鈍く、重い衝撃が彼女の左肩を貫いた。
タコ男を貫通し、そのままの勢いで空へ舞い上がっていたルナのブーメランだ。
それが頂点で弧を描き、戻ってくる軌道上に、ベルモットがいた。
「ギャァァァァァッ!!」
ベルモットが悲鳴を上げて墜落する。
肩を砕かれ、片腕がダラリと垂れ下がった。
(……だから言っただろ、ルナ)
カイは墜落していく敵を見下ろしながら、心の中で呟いた。
(『本当だ。それに、それはルナ専用の武器だ。俺はいじったけど、それを使いこなして当てたのはルナの実力だよ』ってな)
あれは嘘じゃない。
あの夜、俺は確かにブーメランを強化した。
だが、その効果時間は『あの夜だけ』に設定しておいたんだ。
翌朝には、ただの頑丈なブーメランに戻っていた。
つまり、今日ここまでの道中で魔物を倒していたのも、さっきの怪物たちを屠ったのも。
全て、強化なんてされていない「ただの木の塊」を使った、ルナ自身の筋力と才能だ。
俺が書き換えたのは武器データじゃない。彼女の「自信」というパラメータだけだったんだよ。
「あとな…ベルモット」
今回の戦い、お前らなんて眼中になかった。これはただのルナの強化イベントってことさ。
◇
地面に叩きつけられたベルモットは、血反吐を吐きながら這いつくばっていた。
「く、くそっ……! 化け物どもが……!」
「逃がすかよ」
カイが地上に降り立つ。
ベルモットは恐怖に顔を歪め、最後の力を振り絞って転移コードを入力した。
`Command : Teleport [ Self ]Distance : 500m (Outside_Village)`
シュンッ。
ベルモットの姿がかき消えた。
「はっ、逃げたか! 馬鹿め、距離さえ取ればこっちのもの……!」
転移先。村の外れの森の中。
ベルモットは木に寄りかかり、荒い息を吐いた。
500メートルも離れれば、追撃は来ない。正確に言えばもっと離れたかったのに離れられなかっただけだが…まあいい。ここで態勢を立て直す。
ガシッ。
背後の闇から、冷たい手が伸びた。
ベルモットの顔面を、巨大な力が鷲掴みにする。
「……ひッ!?」
「――どこへ行くつもり?」
耳元で囁かれた声は、地獄の底から響くようだった。
ルナだ。
500メートルの距離を、転移した一瞬の間に詰めてきたのか?
いや、最初から「逃げる先」を嗅ぎつけて先回りしていたのか?
「あ、あが……ッ! 離せ……!」
ベルモットは震える指で、再びコマンドを入力しようとした。
だが。
ボキリ。 ボキリ。
「ギ、ギィィャャャャァァァァッ!!!」
乾いた音が二回。
ルナが、ベルモットの両腕を、肘のあたりを握りつぶし、粉砕した。
骨だけでなく、神経そのものを断つ精密かつ残酷な一撃。
両手の正中神経尺骨神経橈骨神経が完全に破壊され、指先一本動かせない。
コマンド使いにとって、指は命。
それが封じられた今、彼女はただの無力な人間だ。
「こっちに帰ってきなさいよ……。まだ、話が終わってないでしょ?」
ルナは微笑んでいた。
返り血を浴び、月明かりに照らされたその笑顔は、どんな魔物よりも美しく、そして恐ろしかった。
ベルモットの瞳から、戦意という光が完全に消え失せた。
◇
数分後。
ズルズルと何かを引きずる音と共に、ルナが広場に戻ってきた。
その手には、白目を剥いて泡を吹いているベルモットの襟首が握られている。
「ただいま、カイ。……連れ戻したわよ」
放り出されたベルモットは、もはやピクリとも動かない。
完全な敗北。完全な捕獲。
俺はルナを見た。
彼女は居心地悪そうな顔だ。それはそうだ。純情な乙女の戦い方とは程遠い、野性の血に飢えた獣の様な獰猛な戦い方だ。でも俺には関係なかった。そんなことより、居心地悪そうにきれいに戦おうとする、ルナを見ている方がつらかった。
「……お疲れ様。いい仕事だったよ」
俺が声をかけると、ルナはふいっと顔を背けた。その隙にルナを抱きしめた。顔は見えなかったが、その尻尾は千切れんばかりに左右に揺れていた。
「……ふん。これくらい、当然でしょ」
これでこいつも、ようやく自信がついたかな。
俺は心の中で苦笑しつつ、足元の「同業者」の処分を考えるのだった。
おまけ
バトルシーンには挿絵を挟まないことにしました。
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