第21話:VSベルモット1
時間を少し巻き戻す。
広場での「テスト」を行う直前のことだ。
「ああ、あと、ルナとフェン……悠乃も。ちょっと来てくれ」
「「……?」」
俺が声をかけると、三人は顔を見合わせた。
今まで俺が、戦闘に関して誰かに相談することなど一度もなかったからだ。
俺は彼女たちを物陰に連れて行き、システムウィンドウを小さく展開して見せた。
「これを見てくれ。……共同浴場の水質データだ」
`Target: Bath_WaterStatus: Poison (Type: 0x99A)Log: Modified by Administrator [ Vermouth ]`
「Modified……つまり、『書き換えられた』形跡がある」
俺は真剣な顔で三人に告げた。
「敵はただの毒使いじゃない。俺と同じ、この世界の理を書き換える力を持った『管理者』だ」
「カ、カイと同じ力……!?」
悠乃が息を呑む。
俺の力は規格外だ。それが敵にもいるとなれば、事態は一気に深刻になる。
「だから、役割分担を決める。敵の『管理者』は、絶対に俺が相手をする。俺のコマンド(権限)に対抗できるのは俺しかいない」
俺はフェンとルナに向き直った。
「だが、そいつが一人とは限らない。もし手駒のモンスターや、別の敵がいた場合は、二人で対応してくれ。……ルナ、危険な戦いになるけど、いけるか?」
「……任せてよ。以前の特訓の成果、見せてやるわ」
ルナが背中のブーメランを握りしめ、力強く頷く。
フェンも「私の可愛い妹には指一本触れさせません」と頼もしく微笑んだ。
「そして悠乃。お前には一番重要な任務がある」
「う、うちにか?」
「ああ。もし戦闘になったら、お前は村人を誘導して安全な場所へ避難させてくれ。敵が村人を人質に取ったり、広範囲攻撃を仕掛けてきたりする可能性がある」
悠乃の表情が引き締まる。
「……分かった。村のみんなは、絶対にうちが守る」
作戦は決まった。
そして現在――広場にて、化けの皮を剥がされた敵対者たちとの戦闘が幕を開けた。
◇
「へぇ、私とやる気? いいわよ、デバッグしてあげる」
敵の管理者、ベルモットが指を鳴らす。
瞬間、彼女の周囲に深紅のウィンドウが無数に展開された。
`Code: Summon_Object [ Obsidian_Lance ] x 50Attribute: Fire_Element`
「まずは挨拶代わりよ!」
彼女の頭上に、燃え盛る黒曜石の槍が50本も出現する。
それらが一斉に、俺たち目掛けて射出された。
物理的な回避は不可能。雨のような弾幕だ。
だが、俺は慌てない。
飛来する槍の軌道を視界に捉え、カウンターコードを高速入力する。
`Target_Area: Radius 10mCommand: Delete_Object [ Obsidian_Lance ]`
ターンッ!
俺がエンターキーを叩いた瞬間。
眼前に迫っていた50本の槍が、まるで映像のノイズのように「プツン」と消失した。
熱も、衝撃も残らない。最初から無かったことになったのだ。
「チッ……! やっぱり『削除』は使えるわよね」
「挨拶にしては殺意が高いな。次はこっちの番だ」
俺は攻撃に転じた。
`Create_Environment : [ Gravity_Well ] (重力井戸)Target : Vermouth`
ベルモットの足元の重力を局所的に10倍にする。
彼女が膝をつく――はずだった。
「甘いわよ!」
`Interrupt : Cancel_EffectDefense : Floating_Shield`
ベルモットの周囲に半透明の障壁が展開され、俺の重力操作を無効化した。
さらに彼女は、シールドを足場にして空中へと跳躍する。
「悠乃! 今だ!」
俺の指示に、悠乃が即座に動いた。
パニックになっている村人たちの前に立ち、大声を張り上げる。
「みんな! こっちじゃ! 牛舎の地下シェルターへ逃げるんじゃ!」
「で、でも……!」
「ええから走れ! カイたちが戦いにくいじゃろがい!」
悠乃の迫力ある号令に、村人たちが我に返って走り出す。
よし、これで憂いはなくなった。
俺は上空のベルモットに意識を集中した。
◇
一方、地上ではフェンとルナが、擬態を解いた二体のモンスターと対峙していた。
「グルルルゥ……ッ!」
族長に化けていたタコ型モンスター『クラーケン・ウォーリア』が、濡れた触手を鞭のように振るう。
岩をも砕く一撃がフェンに迫るが――。
「ふわぁ……」
フェンは手で口元を覆い、可愛らしくあくびをした。
触手が彼女の体に当たる寸前。
彼女の姿が霧のように揺らぎ、触手は空を切った。
「遅いです。そんな速度じゃ、私の残像すら捕まえられませんよ?」
フェンは瞬時に敵の背後へ回り込んでいた。
その拳には、絶対零度の冷気が纏われている。
「お仕置きです。『氷狼掌』」
ドンッ。
軽く背中に触れただけに見えたが、その衝撃は内部を駆け巡る。
クラーケン・ウォーリアの足が凍り付いたが、自らの足を捥いで脱出し、戦闘態勢に即座に入る。
「まだまだあああああああ!」
「…まだまだって何がですか?寝る時間までですか?…ああルナちゃんは…大丈夫そうですね…ああひまだなあ…何が悲しくてこんなことやってるんだろ…」
圧倒的な実力差。フェンにとっては、準備運動にもならない相手だ。
そしてもう一方。
ルナの前には、孫娘に化けていたコオロギ型モンスター『インセクト・ナイト』が立ちはだかっていた。
「キシャァァァッ!!」
敵は発達した脚力で跳躍し、残像が見えるほどの高速移動でルナを翻弄する。
硬い甲殻は鉄の剣すら通さないだろう。
「……速いけど、動きが単調ね」
ルナは冷静だった。
以前の特訓。そしてカイに貰った『力』への信頼。
彼女は背中の巨大ブーメランを抜き放ち、大きく力任せに振りかぶった。
「いけぇッ!!」
ヒュンッ!!
手から離れたブーメランが、赤黒いオーラを纏って加速する。
インセクト・ナイトはそれを察知し、横へ回避行動を取った。
――避けた。誰もがそう思った。
だが。
ギュンッ!!
ブーメランは空中で直角に近い鋭角ターンを描き、逃げた敵を正確に追尾した。
きれいな弧を描き、インセクトナイトの背後に迫る。
ドゴォォォォォォンッ!!!
直撃。
インセクト・ナイトの硬い甲殻が粉砕され、巨体が吹き飛んで民家の壁に激突した。
「すごっ……! 本当に当たった……!」
ルナ自身が驚くほどの威力。
手元に戻ってきたブーメランを受け止め、彼女は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「これなら……戦える!」
◇
上空で俺と攻防を繰り広げていたベルモットが、地上の様子を見て眉をひそめた。
「ちっ、雑魚どもが。……にしても」
彼女の視線が、ルナに向けられる。
正確には、ルナが手にしている『ブーメラン』に。
「あの武器……挙動がおかしいわね。質量と軌道ベクトルが弄られているんじゃないの?」
ベルモットは目を細めた。
そして、俺を見てニヤリと笑う。
「なるほどね。武器データ(無機物)にパッチを当てて強化したわけだ。……優しい保護者さん」
ベルモットの指先が動いた。
ターゲットは俺じゃない。地上のルナだ。
彼女は俺への攻撃(魔法弾)を展開しながら、並列処理で別のコードを走らせる。
`Attack : [ Homing_Missile ] x 10 >> Target : KaiParallel_Process : Edit_Object [ Luna_Boomerang ]`
「ッ! 並列処理か……!」
俺は自分に迫るミサイルを迎撃するためにコードを入力する。
だが、その一瞬の処理落ち(ラグ)を、敵は見逃さなかった。
`Code : Revert_to_Default (初期化)`
俺が防御コードを走らせると同時に、ベルモットのコードがルナの武器へ到達した。
俺の『ロック』処理よりも、敵の『上書き』処理が一瞬速い。
カチッ。
「くらいなさいっ!!」
何も知らないルナが、トドメを刺そうとブーメランを投げた。
だが。
ヒュン……。
ブーメランからは、先ほどの威力は感じられない。
ただの木の塊として空を飛び、インセクト・ナイトの硬い甲殻に当たって――。
カコンッ。
乾いた音を立てて弾かれた。
「え……?」
ルナが目を見開く。
何が起きたのか理解できない。ただ、最強の武器が通用しなかったという事実だけが残る。
「キシャァァァッ!!」
壁に叩きつけられていたインセクト・ナイトが、怒り狂って起き上がる。
武器が弾かれ、丸腰になったルナへと、その鋭利な爪を向けて飛びかかった。
俺は動こうとするが、ベルモットがそれを読んでいたかのように、俺の周囲に『牢獄』コードを展開して足止めにかかる。
「よそ見は禁物よ? さあ、どうするの管理者さん!」
ルナの目の前に、死の刃が迫る。
頼れるのは、彼女自身の力だけ――。
(続く)
おまけ




