第20話:管理者同士の邂逅
「いつまでやってんだよ!」
俺のツッコミで、ようやくフェンとルナは我に返った。
悠乃は「はぁ、はぁ……全部吸い取られた……」とぐったりしているが、その顔はスッキリとして満足げだ。
「……さて、お楽しみはここまでだ。原因が分かったぞ」
俺は部屋に残る甘いミルクの香りを振り払い、真剣な顔で告げた。
悠乃だけが発症しなかった理由。それは「風呂に入らなかった」からだ。
つまり、毒の発生源は共同浴場にある。
「えっ、お風呂が?」
「ああ。食事に毒を混ぜても、俺のパッチで防がれる。だが、皮膚からの直接侵入(ポート443)はノーマークだった」
俺は窓の外、湯気を立てる浴場を睨んだ。
「昨晩、あの浴場で何かが起きた。……いや、誰かが仕込んだんだ」
浴場の湯に毒を混ぜ、村人全員を汚染できる人物。
外部の人間が入り込めば目立つ。ならば、内部の人間――それも、浴場を管理する立場にある者が怪しい。
「悠乃、この村で風呂の管理をしているのは誰だ?」
「えっと……風呂番のナギちゃんじゃけど……。あの子はええ子よ? そんなことするわけないわ」
「あとは、合鍵を持っているであろう族長と、その孫娘くらいか」
容疑者は三人。
風呂番の娘『ナギ』。
族長の『ガウ』。
族長の孫娘『ミミ』。
「全員を広場に集めてくれ。……少し、『テスト』をする」
「ああ、あと、ルナとフェン…悠乃も。ちょっと来てくれ」
「「…?」」
ルナとフェンは人は顔を合わせる。カイが人に相談することなんて、今まで一度もなかったからだ。それを不思議そうな顔で悠乃が見つめる
◇
広場には、不安そうな顔をした村人たちが集まっていた。
その中心に、俺が呼び出した三人が立っている。
風呂番の娘ナギは、おどおどとした小柄な牛娘だ。
族長ガウは、昨日俺と酒を飲んだ豪快なオッサン。
孫娘のミミは、まだ角も生え揃っていない幼い少女だ。
「カイ殿、我らを疑うのか?」
族長が不快そうに眉を寄せる。
「疑っているわけじゃありません。ただ、毒の発生源を特定するために協力してほしいだけです」
俺は三人の周りを歩きながら、システムウィンドウを開いた。
Target: Nagi (Bath_Keeper)Target: Gau (Chief)Target: Mimi (Granddaughter)Status: Poison (All)
三人とも、表向きは『毒(Poison)』状態になっている。
村人と同じ被害者を装っているわけだ。だが、もし犯人がこの中にいるなら、それは「偽装」だ。自分で毒を盛っておいて、自分もかかったフリをしている。
(……だが、ステータス画面上は完璧に『毒』だ。データ偽装までしているとしたら、相当な手練れだぞ)
ならば、物理的な矛盾を突くしかない。
「これから、俺が一人ずつ解毒します。そして、本当に治ったかどうかを……悠乃に確認してもらいます」
「確認?」
「ああ。毒が消えれば、ミルクが出るはずだ。それを実際に絞って確認する」
俺の言葉に、風呂番のナギが一瞬だけ顔を強張らせたのを、俺は見逃さなかった。
「まずは族長からだ」
俺は族長に解毒コマンドを撃った。
当然、男である族長からミルクは出ない。これはダミーだ。
「うむ、体が軽くなったぞ!」
「よし。次は孫娘のミミちゃんだ」
幼いミミにも解毒を撃つ。
彼女もまだ子供なので、ミルクは出ない。これもダミー。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして。……さて、最後はナギさんだ」
俺はナギの前に立った。
彼女は、この村の成人女性だ。毒さえ消えれば、他の村娘たちと同様にミルクが出るはずだ。
「……お願いします」
ナギが震える声で言う。
俺はコマンドを入力した。
Command : Cure_Status [ Poison ]
カチッ。
「はい、完了だ。……悠乃、頼む」
悠乃が前に出た。
ナギは観念したように、着ている服の胸元を開いた。
そこには、牛人族らしかぬ、控えめな膨らみがあった。
「失礼するで……」
悠乃がナギの胸をマッサージし、絞り出すように圧をかけた。
……シーン。
何も出ない。
一滴も。
「……あれ?」
悠乃が首を傾げる。
「おかしいのぉ。毒は消えたはずなのに、全然張ってないわ。まるで……『最初からミルクを作る機能がない』みたいじゃ」
「ッ!?」
ナギの顔色が消えた。
村人たちがざわめき始める。
「どういうことだ?」
「ナギちゃん、なんで?」
俺は冷徹に告げた。
「答えは簡単だ。……そいつは牛人族じゃないからだ」
「化けの皮が剥がれたな。……いや、その皮もよく出来てるが」
俺の言葉が終わるより早く、ナギ――いや、ナギに化けていた「女」が動いた。
「チッ……! バレたか。勘のいいガキは嫌いだよ」
ドォォォンッ!!
女が地面を蹴り、バックステップで距離を取った。
同時に、族長のガウと、孫娘のミミもまた、奇妙な音を立てて変身を解いた。
グチャッ、ボコォッ!
族長の体躯が膨れ上がり、皮膚がヌルヌルとした粘液に覆われる。
手足が触手に変わり、頭部が巨大な軟体動物のように変形していく。
――タコの擬人化モンスター(クラーケン・ウォーリア)。
孫娘のミミは、背中から節足動物のような羽が生え、手足が黒光りする甲殻に覆われた。
ギチギチと音を立てる複眼と、巨大な後ろ足。
――コオロギの擬人化モンスター(インセクト・ナイト)。
まさか三人とも誘拐されていたとは…予想できなかった…
「な、なんじゃこいつらぁぁぁ!?」
悠乃が悲鳴を上げて腰を抜かす。
本物の三人は、すでにこいつらに誘拐され、どこかへ監禁されているということか。
「よく見破ったね、同業者(同類)さん」
ナギに化けていた女が、ニヤリと笑った。
彼女は空中に手をかざし、俺と同じ「システムウィンドウ」を展開した。
User : Code_Name [ Vermouth ]Access_Level : Administrator
「あんたも『管理者』なんでしょ? まさかこんな僻地でカチ合うとはね」
女――ベルモットは、黒いボディスーツのような戦闘服に身を包み、挑発的に俺を見据えた。
コマンド使い。
俺以外にも、この世界の理を書き換える能力者がいたのか。
「主様! こいつら、敵ですね!」
フェンが即座に戦闘態勢に入り、氷の魔力を練り上げる。
ルナも背中の巨大ブーメランを構えた。
「フェン、ルナ! あの化け物二匹はお前たちに任せる!」
「はいっ!」
「分かったわ!」
マッチアップは決まった。
フェン vs 族長擬態(タコ男)。
ルナ vs 孫娘擬態(コオロギ女)。
そして。
「へぇ、私とやる気? いいわよ、デバッグしてあげる」
ベルモットが指を鳴らすと、彼女の周囲に無数の赤い警告ウィンドウ(攻撃用コード)が展開された。
「……上等だ。お前のそのふざけたコード、俺がリファクタリング(修正)してやるよ」
俺もまた、青いウィンドウを展開して対峙した。
コマンドバトル。
物理法則を無視した、管理者同士の論理戦争が始まる。
(続く)




