第16話:二人の気持ちいいところと獣人族の生態
お風呂に入ってきた二人は頼りない布一枚だけをつけている。
体を洗いますと二人がカイの体を挟むように洗体をしてくれている。まるで王にでもなったようだ。後ろからフェンの暴力が。前からはルナの平和な肢体が。
ルナが指先でカイの腕の筋肉をなぞる。
「あんたって意外と筋肉あんのね…昔何かやってたの?」「ああ…昔ちょっと勇者パーティーの荷物持ちやってたからな…」「ふーん…」
ルナの視線が今度はカイの下の方に移る。
「あんた、この、右側の睾丸だけやたらとでかいけど、昔何かやってたの?」「何もやってねーよ!何やってたらそうなるんだよ!」
ルナにとっても知らないことだらけの男の体は、深海のように不思議に満ち溢れていて、宇宙の惑星の様に引力を持つものなのかもしれない。長老の娘であるルナはもちろん、こういった経験はない。
そして、人を好きになったこともない。
湯気が、世界を白く染め上げていた。 視界が滲み、境目が溶けていく。 熱い雫が肌を伝い、誰の汗なのか、誰の吐息なのかも分からなくなるほどの密着。 俺は、銀色の海に溺れていた。
左からは、すべてを包み込むような豊穣の波が押し寄せる。 熟れた果実のような弾力と、とろけるような甘い香り。 フェンは、俺の理性の防壁を、その圧倒的な愛の質量で優しく、けれど確実に侵食していく。
「……ふふふ…ルナちゃんは…カイ君に興味津々みたい。」
指摘されたルナは直後に、目を背ける。どうやら恥ずかしくなったみたいんだ。
「私は全部知ってるよ…カイ君は何が好きか…暖かいベッドで寝るのも好きだし、人にやさしくするのも好き…甘えるのも好きだし、甘えられるのも好き…」
フェンがルナの背後に回る。星と星を結ぶようにルナの体に星座を描いていく。
「ルナちゃんのことも何でもわかってるの…お肉大好きだし、お父様とお母様のことも大好き…ミナちゃんの前では赤ちゃん言葉になるくらい骨抜きにされちゃってる…それくらいミナちゃんのことも好き…でも…」
「《《お兄ちゃん》》のことも…違う意味で好きなんでしょ…?」
熱を帯びた呼気が、ルナの鼓膜を震わせる。 いつもの「妹」という家族への響きではない。 ただのメスを誘うメスとしての、甘く、切実な求愛の囀り。 絡みつく銀の髪は、ルナを逃さないための鎖のようだった。
そして、まだ青く硬い蕾が、懸命に花開こうとするような熱情が伝わってくる。 未熟ゆえの鋭敏さと、壊れそうなほどの繊細さ。 ルナの指先が、俺の心臓の近くに爪を立てる。
「……んッ……お、お兄ちゃん……っ!」
「ねえ…お姉ちゃん…?私…まだ何をどうすればいいのかわからないの…」
「ルナちゃん…ふふふ…ルナちゃんはね…受け入れればいいの…。カイ君を見て…?もう臨界点に達しているよ…?」
フェンがルナを誘導する。ルナはその通りに開く。
「…うん…」
「だから…ルナちゃんは…ほら…?」
「お兄ちゃん…うん…」
ルナが自分の顔を隠す。恥ずかしくて仕方がないようだ。
「ねえ…お兄ちゃん?私ね、恥ずかしいのに恥ずかしくされるのが好き」
ルナが続ける
「私ね、必死に必死に知られたくないことがあるのにそれを暴かれようとするのが好き…」
「…お兄ちゃんに見られたくないのに…みられるのが好き…」
その禁断の響きに、俺の思考回路は白熱し、焼き切れる寸前だった。 普段の刺々しさはどこにもない。 あるのは、初めて知る熱に翻弄され、縋り付くことしかできない無防備な少女の姿だけ。
波が重なり合い、うねりとなり、俺という存在を飲み込んでいく。 二つの異なる銀色の旋律が、俺の中で混ざり合い、一つのシンフォニーを奏でていた。 永遠にも似た一瞬。 俺たちは互いの魂を貪り合い、溶け合い、そして果てしない白濁の闇へと堕ちていった。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ」
嵐のような時間が過ぎ去り、俺たちはキングサイズのベッドの上で川の字になって寝転がっていた。 左腕には、満足げな寝息を立てるフェン。 右腕には、疲れ切って丸まっているルナ。 二人とも、生まれたままの姿で俺にぴったりとくっついている。
俺は天井を見上げながら、ふと湧き上がった素朴な疑問を口にした。
「なぁ、フェン」 「んぅ……なあに、カイ君……」
呼び名が「カイ君」のままだ。さっきの極限状態のイベントは続いているらしい
「いや、その……なんだ。姉妹で一人の男を共有するって、その……嫌じゃないのか?」 「嫌…?ふふふ…なんでそう思うのかな…?」
フェンは妖艶に微笑み、俺の顔の上に胸を置いた。
「うれしいことは分け合ったほうがいいんだよ…?」
そういう精神論なのだろうか。 俺が少し首を傾げていると、反対側でウトウトしていたルナが、半目で口を開いた。
「……お兄ちゃんは何も知らないのね…獣人の生態、知らないの?」 「生態?」 「里でも父上が言ってたでしょ。銀狼族のオスは、一つの群れに一匹しか生まれないって」
そういえば、族長のガルムさんがそんなことを言っていた気がする。 男は一人。死んだら転生して、また一人が生まれる。
「つまりね、私たちの種族にとって『一人のオスを複数のメスで愛する』っていうのは、当たり前のことなの。嫉妬なんてしてたら、種が滅びちゃうでしょ」
ルナは俺の胸板を指先でツンとつついた。その後、唇をあまがみされる。舌を交換する。なんでこんなにも甘い味がするのだろう。
「強いオスは、群れ全員のメスを満足させる義務があるのよ。……覚悟、しときなさいよね」 「そういうことですよぉカイ君。私の母上も、その母上も、みーんな父上のことが大好きで、みんな仲良しなんだから…」
なるほど。 生物学的に「ハーレム」がデフォルト設定なのか。 嫉妬という感情回路が、種の保存のためにオミット(除外)されているのかもしれない。 それはつまり、俺がどれだけ愛されても、どれだけ愛しても、修羅場にはならないという保証書のようなものだ。
(……素晴らしい世界だ)
俺は心の中で、この世界の設計者に五体投地で感謝した。
「さあ、カイ君?明日は早いんですから、もう寝ましょう?」 「……ん。おやすみ、お兄ちゃん」
ルナがボソッと言い、俺の腕の中に潜り込んできた。 どうやら「お兄ちゃん」呼びは、デレモードの時のデフォルトに設定変更されたらしい。
「ああ、おやすみ」
俺は二人の銀色の髪を撫でながら、温かな幸福感と共に瞼を閉じた。 両手に花。いや、両手に神獣。 明日はいよいよ『牛人の村』だ。 この素晴らしい生態系が、牛人族にも適用されていることを切に願いながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
カキン、カキン、カキン……。
灼熱の火山に、硬い岩盤を叩く乾いた音だけが響き渡っていた。 全身から汗が噴き出し、喉が焼けるように渇く。 手のひらの豆はとっくに潰れ、血が柄に滲んでいる。
「はぁ……はぁ……。ア、アレク……もう、無理よ……」 「黙って手を動かせ。……見られているぞ」
勇者アレクは、震える声で仲間を叱咤し、ツルハシを振るった。 視線の先。 溶岩流に囲まれた岩場の一段高い場所に、そいつはいた。
漆黒の毛皮を纏った、沈黙の獣。 そいつは腕を組み、ただじっとこちらを見下ろしている。 言葉は発しない。罵声も浴びせない。 ただ、その赤い瞳で「止まるな」という無言の圧力をかけ続けているだけだ。
――あれから、どれくらいの時間が経ったのか。 俺たちは、来る日も来る日も、この火山で鉱石を掘らされていた。
休憩なしの12時間労働。 逃げ場はない。 サボれば、即座にあの指先から放たれる『削除』の光が、足元の岩盤ごと俺たちを消し去ろうとするからだ。
「……ッ」
アレクは掘り出した希少なミスリル鉱石を、手押し車に放り込んだ。 すでに山のような鉱石が積み上がっている。 だが、アレクは気づいていた。 この労働には、何の意味もないことに。
(……こいつには、こんな石ころなど必要ないんだ)
先日、落盤で道が塞がった時、こいつは指先一つで巨大な岩を消し去り、逆に新しい通路を一瞬で生成してみせた。 物質を自在に生み出し、消去できる力。 カイと同じ、いや、もしかしたらそれ以上に冷徹に使いこなされる管理者権限。
そんな力が使えるなら、わざわざ俺たちに手作業で掘らせる必要などないはずだ。 効率が悪すぎる。無駄でしかない。
(そうだ……。こいつは、昔からそうだった……)
アレクは、流れる汗を拭いながら、忌々しい記憶を反芻した。 前の世界での記憶。 決して逆らえなかった、「あの男」のやり方。
――必要なのは『成果』じゃない。 ――『従順さ』を確認するための、苦痛を伴う『過程』だ。
意味のない穴を掘らせては、埋めさせる。 誰の役にも立たない資料を、睡眠時間を削って作らせる。 そうやって思考力を奪い、自尊心を削り取り、ただ命令に従うだけの歯車に仕立て上げる。 それが、こいつの――「彼」の支配の手法だった。
カラン、コロン……。
不意に、虚空から無機質な音がした。 作業現場の端に、人数分の食料が出現する。
パサついた玄米パンではない。 分厚い蒸し鶏と、塩茹でされたジャガイモ、そしてビタミンを補うための葉野菜と水、そしてブロッコリーだ。 決して美食ではない。味気ない栄養の塊。 だが、過酷な労働で死なないように、カロリーと栄養バランスだけは完璧に計算されている。
「……食事だ。食え」
アレクは仲間に合図した。 皆、泥だらけの手で肉に掴みかかり、無言で貪り食う。 美味いからではない。食わなければ、午後の労働に耐えられず、処分されると分かっているからだ。
(生かさず、殺さず……。倒れる寸前まで搾り取るための、燃料補給……)
アレクは口の中に広がる淡白な鶏肉の味を噛み締めながら、岩場に座る獣を盗み見た。 獣は食事など摂らない。 ただ、感情のない瞳で、家畜が餌を食む様子を観察している。
その視線の冷たさに、アレクの背筋が粟立った。
間違いない。 姿形は化け物に変わっていても、中身はあの時のままだ。 数字と効率、そして支配欲の塊。 俺が逃げ出したかった、あの息の詰まるような灰色の場所の支配者。
「……くそッ」
アレクは涙交じりの嗚咽を漏らしながら、ジャガイモを喉に押し込んだ。 異世界に来てまで。 勇者になれば解放されると思っていたのに。 結局、俺はまた「ここ」に戻されてしまったのか。
獣がゆっくりと立ち上がる。 食事時間は終わりだという合図だ。
カキン、カキン、カキン……。
絶望の音が、再び火山に響き始めた。 目的のない穴掘りは、明日も、明後日も続くだろう。 こいつが飽きるか、あるいは俺たちの心が完全に壊れるその日まで。
(続く)




