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第15話 バスタオル姿のツンデレ妹と姉と、筒抜けのプライバシー

 


 翌朝。  ホルスタインの村へ向けて出発の準備を整えた俺とフェンは、屋敷の玄関で顔を見合わせた。


「さて、行くか。……そういえばフェン、今回の旅だが」 「はい、主様」 「ルナも誘ってみないか?」


 俺の提案に、フェンの獣耳が嬉しそうにピクリと跳ねる。


「ルナをですか? もちろん私は嬉しいですけど、あの子、来てくれるでしょうか……」 「昨日の特訓で少しは打ち解けたしな。それに、ミノタウロスの村で何があるか分からない。ルナの物理攻撃力ブーメランは、戦力として非常に頼りになる」


 まあ、それは建前だ。  本音を言えば、あの可愛らしいツンデレ妹を置いていくのは忍びないし、フェンとルナの「銀狼姉妹丼」という眼福な光景を道中で拝みたいだけである。


「よし、じゃあ俺から声をかけて――」


 言いかけた、その時だった。


「……別に、誘ってくれるなら行ってあげてもいいけど?」


 背後から、少し拗ねたような声が掛かった。  振り返ると、柱の陰からルナが顔を覗かせていた。  すでに旅支度は万全だ。背中には、昨日俺が強化した巨大ブーメランを背負っている。


「ルナ! 居たの?」 「た、たまたま通りかかっただけよ! そしたら、なんか私の話をしてたから……」


 ルナは顔を背け、指先で頬をかきながらボソボソと言う。


「……姉様とカイだけで行かせるのは不安だし。私が護衛ナイトとして付いて行ってあげるって言ってるのよ」 「ふふ、素直じゃないなぁ。よし、じゃあ三人で行こうか」 「か、勘違いしないでよね! あくまで監視役なんだから!」


 こうして俺たちは、ルナを加えた三人パーティで、牛人族の村へと向かうことになった。


 ◇


 道中。


 敵モンスターに遭遇する。ガーゴイルの片翼。レア度Aクラスのモンスター…だが…


 20体はいるんじゃないか?けたたましく鳴くガーゴイルの群れ。片翼は戦場に立って生き残った証。臆病なガーゴイルは両翼とも無事であると言われている。あるいは…よほどの強者か…


 しかし俺たちは誰一人として慌てていない。それはそうだ。神獣フェンリルの擬人化にチート管理者、アドミニスターの俺。さらに…覚醒しつつある神獣の血を継ぐ妹…ルナもいる。


「ここは私に任せて。カイ、お姉ちゃん」「ふふ…♡そういうと思ってたよ…ルナちゃん」「ああ、ここは任せた。」


 ルナは今震えている。しかし笑っている。背中に背負っていたブーメランを取り、それをきれいなフォームでガーゴイルたちに投げつける。


「くらいなさい!」


 ガーゴイルたちは反応する間もなく右側から順番に追撃される。大きく弧を描いたブーメランはもう一度円を描き、残ったガーゴイルを処理する。

 ただの一度の投擲で、15体ほどのガーゴイルが落下した。


 だが…彼らは先ほども言ったように、臆病者ではない。戦士たちだ。残ったガーゴイルたちが一斉にルナに襲い掛かる!


(ここでお姉ちゃんなら…!)


 ルナの反応は悪くはなかったが余計な思考のせいで回避に支障が出た。このままでは串刺しにされてしまう。


「氷結魔法『ニブルヘイム・コフィン』」


 突如規格外の氷塊がガーゴイルたちを凍てつかせる。


「もう…ルナ…油断しすぎ!まだ敵は残ってたでしょ!」「うう…ごめんなさい…」

 フェンがルナを抱きしめる。

「お姉ちゃん…ルナちゃんが傷ついてしまったら…なんてそんなこと考えたくないよ…」「お姉ちゃん…」



「そうだ、ルナ。しかし、油断はよくなかったが、ブーメランの威力と精度はすごかったぞ!しかも、二度、弧を描いて残ったガーゴイルをせん滅させようとするその発想力。戦闘IQも高い。」


 俺がルナの頭を撫でる。その間ルナは下を向いている。


(…なんでこいつに頭を撫でられただけでこんなに幸せな気持ちになれるの…?)




 ◇ ◇ ◇



 片翼のガーゴイル戦の後。

   森の中を進む俺たちの隊列は、少し奇妙なことになっていた。  先頭を俺が歩き、少し離れてフェンとルナが並んで歩いているのだが――。


「……ねえ、姉様。ちょっとこっち来て」 「え? なあに、ルナ?」 「いいから。……男には聞かれたくない話なの」


 ルナがフェンの腕を引き、俺から距離を取ろうとする。  二人でひそひそと内緒話。時折、ルナがチラチラと俺の方を見ては、顔を赤らめたり、困ったような顔をしたりしている。


(……なんだ? 俺、ハブられてる?)


 俺は一抹の寂しさを覚えた。  だが、同時にある「予感」が脳裏をよぎる。


(待てよ。……年頃の姉妹が、男に聞かれたくない話をして、顔を赤らめている……) (もしや……百合的な展開!? 『お姉ちゃん大好き』が高じて、二人でイチャイチャし始めたんじゃないだろうな!?)


 あるいは、俺の悪口大会かもしれない。「カイって寝顔がマヌケよね」とか言われていたら立ち直れない。  ……気になる。気になりすぎて夜も眠れなくなる可能性があり、俺のアデノシンが上昇。最悪死に至るだろう。


(……仕方ない。管理者の特権を行使するか)


 俺は前を向いて歩きながら、指先だけでこっそりとコマンドを入力した。


『 Activate : [ Remote_Audio_Pickup ] 』 『 Target_Area : [ Rear_5m (Fen & Luna) ] 』 (遠隔集音マイク起動:後方5メートル)


 プライバシーの侵害? 知ったことか。  これはパーティ内の不和を防ぐための、正当なリスクマネジメントだ。  俺の耳元に、ノイズキャンセリングされたクリアな音声が飛び込んできた。


 ◇


「……で、どうしたのルナ? 体調でも悪いの?」


 フェンの心配そうな声が聞こえる。


「ううん、病気じゃないと思うんだけど……」


 ルナが胸元バンドゥビキニをギュッと握りしめ、深刻そうに呟く。


「なんかね……ここ数日、心臓の奥から誰かに『ノック』されてるような感じがするの。ドクン、ドクンって、変なリズムで……」 「ノック……?」 「うん。特に、あいつ……カイの顔を見たり、声を聞いたりすると、ノックが強くなるの。……これって、やっぱり呪いかなにかかしら?」


 前を歩く俺は、思わずつんのめりそうになった。  おいおいおい。  それ、どう考えてもアレだろ。教科書通りの「恋」だろ。  15歳の少女が抱く、淡い初恋の症状そのものじゃないか。


(まじか……! ルナちゃん、俺のこと意識してくれてたのか……!)


 内心でガッツポーズをする俺。  フェンもそれに気づいたのか、優しげな声で問いかける。


「ルナ、それはね……。ちなみに、ご飯はどう? 喉は通る?」


 恋煩こいわずらいなら、食欲不振になるのが定番だ。  フェンもそれを確認して、確信を得ようとしたのだろう。


 だが、ルナの答えは予想の斜め上を行っていた。


「うん……。ご飯は食べられる」 「あら、そうなの?」 「昨日はちょっと少なかったけど……今は、ボアの丸焼きなら三体はいけると思う」


((( 三体ッ!? )))


 俺とフェンの心の声がシンクロした。  ボアってあれだぞ、軽トラサイズの巨大猪だぞ。  それを三体? 失恋のヤケ食いでもそんなにいかないだろ。


 フェンが困惑したように沈黙する。  マイク越しに、彼女が腕を組んで悩んでいる気配が伝わってくる。


(フェン心の声:『恋……なのか? それともただの成長期? あるいは寄生虫? 恋煩いでボア三体は、さすがの銀狼族でも聞いたことがないかも……』)


 フェンは気を取り直して、別の角度から攻めることにしたようだ。


「え、えっとね、ルナ。じゃあ、質問を変えるね」 「うん」 「もし……主様に嫌われたら、悲しい?」


 直球の質問。  ルナが息を呑む音が聞こえた。


「……ッ!」


 しばし沈黙。  やがて、絞り出すような小さな声が聞こえてきた。


「……やだ」 「え?」 「なんだかわからないけど……すごく嫌な気持ちになっちゃう。あいつに冷たい目で見られたり、無視されたりしたら……胸が押し潰されそうで、息ができなくなりそうで……」


 ルナの声が震えている。  それは、まぎれもない本音だった。


「でも……! あいつには絶対に知られたくないの! だって、悔しいじゃない! 人間なんかのこと、気にしてるなんて……!」


 か、可愛すぎるだろ……ッ!!  俺は必死でニヤけそうになる顔筋を抑え込んだ。  ボア三体の件は忘れてやる。このツンデレ妹、いじらしさが限界突破している。


「よしよし、大丈夫だよルナちゃん。主様はルナのこと、嫌ったりしないから」 「……本当に?」 「本当よ。私が保証する」


 姉妹の尊い会話を聞きながら、俺は空を見上げて心の中で叫んだ。  (えええええ……いいんですか……!? こんな役得、頂いちゃっていいんですか神様ーッ!!)


 ◇


 日が暮れ始め、俺たちは開けた場所で野営をすることにした。  俺はいつものようにログハウスを展開し、夕食の準備に取り掛かる。


「……」 「……」


 リビングの空気は、妙に重かった。  ルナはソファの端っこに座り、俺と目を合わせようとしない。さっきの会話を思い出しているのか、耳まで真っ赤だ。  俺も俺で、盗み聞きした内容(特に「好き」という事実と「ボア三体」という情報)を知ってしまっているため、どう接していいか分からない。


「あー、その、腹減ったろ? すぐ作るからな」 「……別に。そんなに減ってないし」


 嘘をつけ。さっき「ボア三体いける」と豪語していただろ。  俺はキッチンに立ち、システムウィンドウを開いた。  ここで俺ができる最高のおもてなし。  それは、彼女の隠された欲望(食欲)を、何も言わずに満たしてやることだ。


『 Create : [ Wild_Boar (Roasted) ] x 3 』 『 Option : [ 皮パリパリ ] [ 肉汁増量 ] [ 特製スパイス風味 ] 』


 ドォン、ドォン、ドォン!  テーブルの上に、こんがりと焼けた巨大な猪の丸焼きが、三体並んで出現した。  圧倒的なボリューム。肉の壁だ。


「さあ、できたぞ。今日は体力を使ったからな、ガッツリ食べてくれ」 「…………は?」


 ルナが目を点にした。  フェンも「あらま」と口元を押さえている。


「ちょ、ちょっとカイ!? なによこれ! いくらなんでも量が……」 「ん? 足りないか? ルナならこれくらいペロリといけるかと思って」 「なッ……!?」


 しまった。  ルナの顔色がサッと変わった。  驚きから、疑惑、そして羞恥へ。


「なんで……? 私、そんなこと一言も……」


 ルナの視線が俺を射抜く。  さっきの姉様との内緒話。  「ボアなら三体いける」という、あまりにも具体的すぎる数字。  それが、なぜか夕食に反映されている恐怖。


「あ、いや! これはその、勘だ! 育ち盛りだし? 昨日の特訓ですごいパワー出してたから、カロリー消費も激しいかなーって!」


 俺は冷や汗をダラダラ流しながら言い訳をする。  ルナはジト目で俺とボアを交互に見比べ、やがて真っ赤になって叫んだ。


「……バカ!! デリカシーなし男!!」


 それでも、出された料理は残さないのが彼女の(あるいは獣人族の)流儀らしい。  ルナは涙目でボアの脚にかぶりついた。


「んぐっ……美味しいじゃない……! 悔しい……!」


 結局、三体のボアは綺麗に骨だけになった。  俺とフェンは、その凄まじい食欲に戦慄しながら、静かにサラダをつつくだけだった。


 ◇


 気まずすぎる夕食を終えた俺は、逃げるようにバスルームへと向かった。


「ふぅ……。盗み聞きなんてするもんじゃないな」


 シャワーを浴び、汗を流す。  温かいお湯が頭から降り注ぐ。  あー、癒やされる。ルナの「三体食い」のインパクトも、このお湯と共に流してしまおう。


 俺が無心で頭を洗っていると。


 ガチャリ。


 浴室のドアが開く音がした。


「ん? フェンか? タオルならそこにあるぞ」


 俺は泡だらけの頭で振り返った。  だが、そこに立っていたのは一人ではなかった。


「失礼しますね、主様♡」 「……お、お邪魔します……」



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

 フェン。  そして、顔を真っ赤にしたルナ。  二人とも、バスタオルをつけている。


「ぶほォッ!?」


 俺は目に入ったシャンプーと、あまりの光景の刺激で絶叫した。  フェンの完成されたダイナマイトボディと、ルナの未成熟ながらも引き締まったスレンダーボディ。  銀狼姉妹のバスタオル姿が、湯気の中で神々しく並んでいる。


「な、ななな何してんだ二人とも!!」 「何って、一緒に入ろうと思いまして。背中、流しますね?」


 二人がバスタオルを取る。


 フェンはともかく…ルナも何もつけていない…


 フェンが妖艶に微笑み、俺の背中に豊かな胸を押し当ててくる。


「ルナも。ほら、こっちにおいで」 「う、うん……」


 ルナはおずおずと近づいてきて、俺の正面に回った。  視線のやり場に困る。いや、困るどころか、どこを見ても楽園しかない。


「……さっきのお肉、美味しかったから。その……お礼」


 ルナが蚊の鳴くような声で言い、震える手で俺の胸板に触れた。  その指先は熱く、そして鼓動が速い。


「……嫌なら、出ていくけど?」


 上目遣いで俺を見上げるルナ。  嫌なわけがない。  俺は管理者権限で理性を強制シャットダウンしないよう必死に耐えながら、震える声で答えた。


「……お願いします」


 こうして、ホルスタインの村へ着く前に、俺は身も心も(そして理性も)銀狼姉妹によって骨抜きにされるのだった。  ある意味、ここが旅のピークかもしれない――そんな予感を抱きながら。


(続く)

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