第12話:ルナの気持ちいいところ。1
「わ、わかった! 健全なエステだって証明してやるよ!」
俺はウィンドウを開き、まずは形から入るために「教科書」を生成した。
『 Generate : [ Book : 臨床解剖学に基づく徒手療法と筋膜連結の実際(改訂第12版) ] 』
ドサッ、と分厚いハードカバーの医学書が現れる。 俺は自信満々にページを開いた。……が。
『腋窩へのアプローチにおいては、まず腕神経叢および腋窩動脈の走行を指頭で触知・回避し、大胸筋および広背筋の停止部付近における筋膜癒着を特定せよ。 続いて、前鋸筋外側縁に対し、拇指による虚血圧迫を加えつつ、上腕骨頭の関節包内運動を誘導し――』
(……待ってくれ。俺はマッサージがしたいんだ。手術がしたいわけじゃない) (なに? ワンシンケイソウ? イスケミックなんとか? 呪文か?)
専門用語と複雑な人体解剖図のオンパレードだ。 だが、ルナの手前、いまさら引き下がるわけにはいかない。俺は冷や汗を隠し、それっぽい図を指差した。
「ほら見ろルナ! ここに『腋窩』……つまり脇の下を刺激しろって書いてあるだろ! 人体構造学に基づく施術なんだよ!」 「う、うーん……なんか難しそうな漢字ばっかり……。本当にそうなの……?」
圧倒的な専門用語の羅列に気圧されたのか、ルナがおずおずと腕を上げる。 無防備な脇の下が露わになった。白い肌の下に、うっすらと青い血管が透けて見える。 俺は本の内容など1ミリも理解していないが、とりあえず「そこ」を指先でなでて見ることにした。
「ひゃうッ!?」
ルナが変な声を上げて身をよじる。
「ちょ、ちょっと! くすぐったい! そこダメぇ!♡」 「我慢しろ! リンパの流れが滞留している証拠だ!」 「絶対うそ! これただのくすぐりじゃない! 本当に健全なんでしょうね!?」 「失敬な! 本に書いてある通りだ!」(書いてあるとは言っていない)「駄々洩れじゃない!心の声が!」「なんで聞こえてるんだよ!俺の心の声が!」
フェンが慈愛に満ちた顔で二人のじゃれあいを見守る。
暴れるルナを押さえ込んでいるうちに、俺は気づいた。 素手だと摩擦が強すぎて、くすぐったいだけだ。やはり潤滑油が必要だ。
「……くそっ、素手じゃ無理だ。オイルを使うぞ」
俺は再びウィンドウを開き、マッサージ用のオイルを生成しようとした。 だが、ルナに「変態!」と罵られながら暴れられたせいで焦っていた俺は、リストの隣にあった『あきらかにヤバい名前のアイテム』を誤ってタップしてしまう。
『 Generate : [ Mass_Ecstasy_Oil(大量絶頂オイル) ] 』 『 Effect : 感度500倍・理性の融解・使用者は責任を取ってください 』
――俺は気づかない。生成されたピンク色の小瓶を、自信満々に手に取った。
「ほら、うつ伏せになれ! 本格的にいくぞ!」 「ん……。変なことしたら、顔面の皮を剝ぐからね」血の気多すぎだろ…
ルナが警戒しつつ、タオルに寝転がる。 俺は「どうだ、ただのオイルだろ」という顔で、その液体を彼女の背中へと垂らした。
とろりとした人肌程度の液体が、彼女の白い背中を滑り落ちる。
「……ん。意外と、あったかい……」
ルナの反応は、思いのほか静かだった。 俺は安堵しつつ、オイルを塗り広げるように、背中の筋肉をゆっくりと押し流していく。
「……どうだ?」 「……うん。悔しいけど、悪くないわ。さっきのくすぐりとは違って、指が滑らかだし……コリが解れていくみたい」
ルナの力が抜け、強張っていた背中が柔らかくなっていく。 どうやら、マッサージとして成立しているようだ。 俺は心の中でガッツポーズをした。よし、これなら「健全なエステ」として押し通せる。
「むぅ……いいなぁルナちゃん」
すぐ側で見ていたフェンが、頬を膨らませて身を乗り出してきた。
「主様の手つき、すごく優しいんですよねぇ……。私もやってほしいなぁ……」 「へへーん。羨ましいでしょ姉様。今は私がやってもらってるんだからね」
フェンの羨望の眼差しに、ルナが少し勝ち誇ったように鼻を鳴らす。 なんだ、平和な時間じゃないか。 俺は調子に乗って、さらに力を込めてマッサージを続けた。
しかし…オイルマッサージ…やってみるとわかるが、下着のバンド部分が邪魔くさいな…手が一々引っかかる。
「うーん、ルナちゃんよ。一個お願いを聞いてくれないか?」
「本当に本当に本当に下心は無いんだが…」「…何よ怪しいわね…繰り返し過ぎよ…同じ言葉」「お前のバンドゥビキニを取ってくれないか?」「絶対あるじゃない!下心!」
俺は神に誓って違うと証明するためにとりあえず勢いに任せて大きな声を出してみる。
「ルナちゃん違うんだ!俺の!魂の叫びを聞いてくれ!!!!」
「本当に下心なんて無いんだ!!!!!!!!」「嘘つけ!」
完全に偏差値が低い人のごり押し説得になってしまっている…確かに下心はめっちゃある…ただそれより、どうしても本当にストラップ部分が邪魔なんだ…どうすればいいんだ…もう無理やりコマンドで消滅させるか?
見かねたフェンがナイスアシストをしてくれる。
「ルナちゃん…昨日お姉ちゃんも下着なしでやったんだけど…」
「そのほうが数倍気持ちよかったんだよ…♡?」
何の理屈も説得力もないはずなのにルナは素直に言うことを聞く。
「うー…お姉ちゃんが言うならしょうがないわね…ちょっとあっちむいてなさい…」
俺は聴覚的観測を即座に開始する。ほうほう…多分今は彼女のこぶりのかわいいふくらみのあたりに手をかけてるんだな…でも今ちょっとオイルでぬるぬるになって滑っていると…まるで体を撫でるように下半身から両手をつけて助走させ、その後ビキニのバンド部分に手をかけると…そこから手をまわし、バンドを伝い、後ろの結び目をほどくと…下着が下に落ちた音がしたな…!
今だ!
俺は光の速さ振り返る。今なら立った状態でしかも下着はないはず!
「終わったか!?ルナちゃん!?」「まだ途中だバカ!」
ルナが思いっきりビンタをする。理性が元に戻る。
…
冷静になった俺はルナへのオイルマッサージを再開する。
「ふー…下着ないほうが気持ちいわね…確かに…開放感もあるし…」「そうだろ?」
時間が経過し、カイがルナの小さな柔らかいお尻の側面をマッサージする。
「ふふふ…そこくすぐったい…」
「……ん、あれ?」
異変が起きたのは、その数秒後だった。
「なんか……だんだん……すごく、熱くなって……」 「ん? 血行が良くなってるんだ」 「ちがう、そういうのじゃなくて……なんか、奥の方が……」
ルナの呼吸が、急に浅く早くなる。 リラックスしていたはずの背中の筋肉が、ピクリ、ピクリと不自然に痙攣し始めた。
「ちょ、カイ……まっ、て……そこ……っ!」
俺の指が背筋をなぞった、その瞬間。
「ひゃあうっ!?」
ルナがエビのように跳ねた。 さっきまでの余裕のある声ではない。脳髄が痺れたような、とろけた悲鳴だ。
「な、なによこれ……! なんか……すごい……感度がおかしい……っ!」 「そ、それが『効いてる』証拠だ! 脂肪が燃焼してるんだよ!」 「うそ……燃焼しすぎ……っ! あ、やっ、そこ……変な感じするぅ……♡」
俺は必死に正当化しながら背中を撫でるが、もう手遅れだった。 指先が触れるたび、ルナの体は電流が走ったようにビクンと反応し、その瞳からは急速に理性の光が消えていく。
「あら……? なんだか、すっごくいい匂いですねぇ……」
さらに最悪なことに、このオイルは揮発性だったらしい。 甘ったるい香りに誘われ、トロンと潤んだ瞳のフェンがふらりと近づいてくる。
「主様……私、なんだか我慢できなくなっちゃって……」 「ちょ、姉さま!?」 「ルナちゃん……可愛い……。ねえ、お姉ちゃんも、混ぜて……♡」
理性のタガが外れた獣が、背後からルナに覆いかぶさる。 妹の華奢な背中に、姉の豊満な体が覆いかぶさる。
「あ……っ、姉様……? なんか…っ」 「んふふ……ルナちゃん、あったかい……。ねえ、いいことしよっか……?」
「いいなぁ…姉さまは大きくて…」「ルナちゃんはちっちゃいからかわいいんだよ…?」
ルナの抵抗は、オイルの滑りとともに霧散した。 未熟な果実が、成熟した褐色の果実に押し潰され、形を変える。 二つの肌の間には摩擦係数など存在しない。ただ、互いの境界線が曖昧になるまで混ざり合っていく。
二つの銀の尻尾。 二つの獣の尾が、知恵の輪のように複雑に絡み合い、締め付け合い、喜びを表現するように激しく震えた。
視覚的な情報量が多すぎる。 湯気と甘い香りの中で、美しい肢体が幾何学的な模様を描き、理性を破壊する「絵画」となっていた。 俺は管理者として、この現象を記録しなければならない。そう、これはデバッグの一環だ。希少なサンプルデータなのだ。
震える指で、俺は虚空を叩いた。
『 >> SYSTEM_CMD : Execute_Recording (録画開始) 』 『 >> SETTING : [ 8K_UHD ] [ 360°VR ] [ High_Bitrate ] 』 『 >> AUDIO : [ Binaural (バイノーラル録音) ] 』
システムが静かに稼働し、この背徳的な楽園をデジタルデータへと変換し始める。 だが、俺の役割は「カメラマン」では終わらなかった。
「……あ」
視界の端で、絡み合っていた二つの尻尾が、不意に俺の足首を捕らえたのだ。
「……カイ……?」 「主様……? そこで何をしてるんですか……?」
二人の瞳が、とろんとした熱を帯びたまま、俺を捉える。 そこには「個」としての識別能力はない。ただ、目の前にある「熱源」を求める本能だけがあった。
「ずるい……。カイも……混ざってよぉ……」 「そうですよぉ……。三人で……溶け合いましょう……?」
「うおおおおおおおお!」
強烈な力で引かれる。 オイルまみれの二人の間に、俺の体が滑り落ちた。
――バシャッ。
水音が響く。 右にはルナの未完成な良さが、左にはフェンの熟成された良さがある。 全方位から押し寄せる熱と甘い香りが、俺の思考回路(CPU)を物理的に焼き切ろうとしていた。
(……ああ、もうだめだ。これ以上は、管理者権限でも制御できない)
俺は抵抗を諦めた。 記録は続いている。だが、その主役の中に、管理者自身が含まれてしまっただけの話だ。
『 >> WARNING : Logic_Error (論理崩壊) 』 『 >> STATUS : Melting (融解中) 』
俺は考えるのをやめ、二人の熱い泥濘に深く沈んでいった。 今の俺の脳内ストレージは、快楽という名の過剰データ(バッファ・オーバーフロー)で、パンク寸前だった。
おまけ
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