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第11話:セッ○スなんてしてねーよよよよよよ!

翌朝。  小鳥のさえずりと共に目覚めた俺は、強烈な倦怠感――というより、心地よい疲労感に包まれていた。  腰が重い。全身の筋肉が悲鳴を上げている。  昨晩のフェンは、まさしく「獣」だった。そのスタミナと情熱は、俺の想定(と体力)を遥かに凌駕していたのだ。


「んぅ……主様ぁ……おはようございますぅ……♡」


 隣で目を覚ましたフェンが、とろけるような笑顔で擦り寄ってくる。  その肌はツヤツヤと輝き、昨日よりもさらに美しくなったように見える。神獣の加護なのか、それともこれが「愛」の力なのか。


「……おはよう、フェン。随分と元気そうだな」 「はいっ! 魔力が満タンになった気分です! あ、背中流しましょうか? それとも……また『続き』します?」


 フェンが妖艶に舌なめずりをする。  勘弁してくれ。これ以上搾り取られたら、俺がデリートされてしまう。


「いや、まずは風呂だ。汗を流したい」


 俺はフラフラとベッドを抜け出した。


 ◇


 屋敷の裏庭。  広々としたスペースを見つけた俺は、システムウィンドウを展開した。  川の水浴びはもう御免だ。日本人の魂を癒やすのは、やはりアレしかない。


『 Create_Object : [ 露天風呂(岩造り・源泉かけ流し) ] 』 『 Option : [ 効能:疲労回復・筋肉痛治癒・美肌効果 ] [ 温度:42℃ ] 』 『 Add : [ 脱衣所 ] [ ヒノキの桶 ] [ アメニティセット(シャンプー・リンス・ボディソープ) ] 』


 ズズズズ……ッ!  地面が沈み込み、立派な岩組みの露天風呂が出現した。  竹筒から滔々と注がれる湯。立ち上る白い湯気。そして硫黄とヒノキの混ざった芳醇な香り。


「わぁぁ……っ! 主様、これは何ですか!? お湯が湧き出ています!」 「『温泉』だよ。入れば疲れなんて一発で吹き飛ぶぞ」


 俺とフェンは湯船に浸かった。露天風呂なので一応水着は着ている


「はぁぁぁぁ……生き返る……」 「んふぅ……♡ あったかいですぅ……体が芯から解れていきます……」



 お湯の効果は劇的だった。  軋んでいた筋肉が修復され、HPバーが高速で回復していくのが見える。これぞ管理者権限による究極の福利厚生だ。


 そんな極楽気分に浸っていた、その時だった。


「……な、なによこれ」


 植え込みの陰から、呆れと驚きが混じった声が聞こえた。  妹のルナだ。  白いチューブトップと短パン姿の彼女が、湯気を立てる温泉を凝視している。



挿絵(By みてみん)



「あ、ルナちゃん! おはよう! ルナちゃんも一緒に入りましょうよ!」 「は、はあ!? バカ言わないでよ姉様! 男と一緒のお風呂なんて、ありえないわ!」


 ルナは顔を真っ赤にして拒絶する。  だが、その目はちらちらと温泉――特に、俺たちが使っている「泡立つ液体シャンプー」の方を見ていた。


「……ねえ。その、甘い匂いのする泡……なんなの?」 「これか? 『シャンプー』だよ。髪や毛皮を洗う洗剤だ」


 俺はポンプを押して、泡を見せた。


「この里の『灰汁あく』を使った洗剤とは違う。泡立ちが良くて、洗った後は毛並みがシルクみたいにフワフワになるんだ。香りも『フローラルブーケ』だぞ」 「シルクみたいに……フワフワ……?」


 ルナの獣耳がピクリと反応した。  彼女はお洒落盛りの15歳。その銀髪と自慢の尻尾の手入れには余念がないはずだ。


「……ふん。どうせ、人間特有の罠でしょ。髪が溶けたりするんじゃないの?」 「そんなことしないって。ほら、ここにもう一つ桶と新品があるから、足湯だけでもどうだ?」


 俺は岩の端に、新品のシャンプーセットを置いた。  ルナはしばらく葛藤していたが、やがて「……試すだけなんだからね」と呟き、おずおずと近づいてきた。  彼女は岩場に腰掛け、慎重にその美しい足を湯に浸した。


「……っ! あ、あったかい……」


 冷え性の体に、温泉の熱が染み渡る。ルナの表情が一瞬で緩んだ。  さらに、俺が渡したシャンプーで自慢の尻尾を洗い始めると――。


「え、すご……! なにこの泡立ち……! 指通りが全然違う……!」


 もこもこの泡に包まれた自分の尻尾を見て、ルナの目が輝き出した。  洗い流した後、その毛並みは驚くほどサラサラになり、陽の光を受けてキラキラと輝いている。


「信じらんない……! 私の尻尾、こんなに綺麗になるなんて……!」


 ルナは自分の尻尾を抱きしめ、うっとりと頬ずりしている。  俺はその様子を湯船から眺め、ニヤリと笑った。


「気に入ってくれたか?」 「ッ!?」


 我に返ったルナが、慌ててツンとした顔を作る。


「べ、別に!? ちょっと泡立ちが良いかなってくらいよ! 勘違いしないでよね!」 「そうかそうか。なら、この『トリートメント』も使うといい。もっとツヤツヤになるぞ」 「……ぐぬぬ。も、もらうわよ! 置いてあったんだから!」


 ルナはひったくるようにトリートメントを受け取った。  文句を言いながらも、その尻尾はご機嫌そうに左右に揺れている。


 よし、これで一歩前進だ。  そう思っていたのだが――ルナの鋭い観察眼は、シャンプーだけでは誤魔化されなかった。


「……ねえ」 「ん、どうしたルナちゃん」 「なんか、変じゃない?」


 ドキリ。俺とフェンの心臓が同時に跳ねた。


「へ、変って何がだ?」 「姉様、なんか……『つや』がありすぎない?距離感も近いし昨日より、 肌もピカピカだし、さっきから妙に火照ってるし、目もトロンとしてるし……」


 ルナが探偵のように鋭い視線を向ける。  獣人の嗅覚と直感なのだろうか。昨晩から今朝にかけての「濃厚な時間」の残り香を、敏感に感じ取っているらしい。









「それにカイ。あんたは逆に、なんかこう……『出し切った』顔してるわよ。魂が抜けたような賢者タイムっていうか……」 「ぶふっ!」


 俺はむせた。鋭すぎる。15歳にしてその観察眼は何なんだ。


「そ、そそそ、そんなことないですわよルナ! 私はいつも通り元気いっぱいで……!」 「嘘ね。姉様の耳、嘘つく時ピコピコ動くもの。……ねえ、二人で私のいない間に『ナニ』してたの?」


 ルナがジリジリと距離を詰めてくる。  その瞳は「不潔です!」「破廉恥です!」と言いたげな疑いの色で満ちていた。  まずい。ここで「夜の営み」がバレたら、父親のガルム族長(とっくに起きているはず)に報告され、俺は文字通り「物理的に削除」されるかもしれない。


 俺とフェンは顔を見合わせ、目で会話した。  (どうするフェン!?)  (わ、わかりません主様! 何か言い訳をぉぉ!)


 俺は冷や汗を流しながら、苦し紛れに口を開いた。


「あ、あああ、あれだよ! ルナちゃんも知ってるだろ? さっきのシャンプーみたいなやつ!」 「は? シャンプー?」 「そう! フェンにやっていたのは……その……『全身美容マッサージ(フルボディ・エステ)』だ!!」


「え、えすて?」


 聞き慣れない単語に、ルナがキョトンとする。  俺は畳み掛けた。


「そ、そうだ! 肌を綺麗にするために、こう、全身の肉を揉みほぐして、老廃物を流し出す特別な儀式なんだよ!」 「そ、そうです! 結構激しい運動になるので、汗もかきますし、たまに『あんっ♡』とか変な声も出ちゃうんです! あくまで健康法なんです!」


 フェンが必死に援護射撃をする。ナイスだフェン。だが「あんっ♡」は言わなくていい。墓穴だぞ。


「ふぅん……」


 ルナはまだ疑わしそうに俺たちを見ている。  俺はダメ押しの一撃を放った。


「見ろよ、このフェンの肌のツヤ! これがエステの効果だ! 決して変なことをしていたわけじゃない!」


 ルナはフェンの肌をじっと見つめた。  確かに、今のフェンは発光しているかのように美しい。  美容に興味津々のお年頃であるルナの瞳が、次第に「疑い」から「羨望」へと変わっていく。


「……本当に? エッチなことじゃなくて、美容なの?」 「ち、誓って美容だ!」(半分くらい嘘ではない……はずだ)


 すると、ルナはモジモジと指先を合わせ、上目遣いで俺を見た。


「……じゃあ、私にもやってよ」


「へ?」


「私も……姉様みたいにツヤツヤになりたいもん。……その、えすて? ってやつ」


 ルナが頬を染めて、期待に満ちた目で俺を見つめる。  俺は凍りついた。


 ――詰んだ。  健全なマッサージなんて技術、俺は持っていない。  俺がフェンに施したのは、もっとこう、本能に忠実なアレだ。  それを、この純真な(そして父親が怖い)妹に施すわけにはいかない。


「い、いやー! それはちょっと! 専門的な技術が必要で、連続して行うと俺の指が爆発するというか!」 「そんなわけないでしょ!ケチ! やっぱり嘘だったんじゃない! ……怪しい。やっぱり怪しいわ!」


 再び疑惑の目を向けるルナ。  冷や汗と脂汗を同時にかきながら、俺はこの修羅場をどう切り抜けるか、必死に脳内CPUをフル回転させるのだった。


「わかった!分かったから!やるよ!」


 ◇ ◇ ◇


 一方その頃。  里へ続く山道の入り口付近で、勇者アレクたちは地獄を見ていた。


「ぎゃあああああ!! なんだこいつらぁぁぁ!!」 「速い! 攻撃が当たらない!!」


 彼らが戦っているのは、ドラゴンでもキマイラでもない。  ただの『マウンテン・ウルフ』――この山では雑魚に分類される、中型の狼の群れだ。


「くそっ、なんでだ! 前はこんな雑魚、一撃で倒せたはずだろ!!」


 アレクが剣を振り回すが、狼にかわされ、逆に腕を噛みつかれる。  以前なら、カイの『自動命中補正オートエイム』が働いていたため、適当に振っても当たっていた。  カイの『敵速度低下スロウ』があったから、敵が止まって見えていただけだった。


 その補助輪が外れた今、アレクの実力は「ただの剣を持った青年」でしかない。


「ヒール! ヒールをくれ、僧侶!」 「魔力が切れました! ポーションもありません!」 「役立たずがぁぁぁ!!」


 ボロボロになりながら、なんとか狼を撃退した勇者一行。  だが、その姿はあまりにも惨めだった。  鎧はへこみ、服は破れ、全身が泥と血と狼の涎まみれ。風呂に入ってアメニティで体を洗っているカイたちとは、天と地ほどの差がある。


「はぁ、はぁ……。絶対に……許さん……」


 アレクは充血した目で、北の山を睨みつけた。


「俺たちがこんな目に遭っているのに……カイ、お前だけがのうのうと生きているなど……許されるはずがない……!」


 逆恨みの炎だけを原動力に、勇者たちはゾンビのように山を登り始めた。  だが彼らは知らない。  その先には、ツヤツヤになったルナと、魔力満タンのフェン、そして無敵の管理者が待ち受けていることを。




挿絵(By みてみん)

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