第10話:フェンの気持ちいいところ
「ねえねえ主様……」「私の気持ちいいところ、知ってますか……?」
酔っぱらったフェンが、甘ったるい声でカイを抱きしめる。 二人は正対していたので、カイの顔は彼女の豊かな双丘に挟まれる小鹿となる。 いつもより婀娜やかなフェンは、逃げ場を塞ぐようにカイを誘導する。
カイは目を開いても、視界いっぱいに彼女の滑らかな褐色の肌が広がり、思考がジャックされてしまう。鼻腔をくすぐるアルコールの混じった甘い芳香が、理性を溶かそうとしていた。
(だめだ…フェンの家族たちも隣の部屋で寝ているのに…)そんな倫理の境界線は、彼女の体温の前ではあまりに無力だった。
何より、今の彼女の姿があまりに刺激的すぎる。 褐色の肌に食い込むのは、極限まで布面積を削った黒のマイクロビキニだけ。
それは隠すためというより、その豊満さを強調するための紐でしかなかった。黒と褐色のコントラストが、暴力的なまでの色気を放っている。
二人は膝立ちをして向かい合っている。もう一度フェンはカイを抱き寄せて唇を食む。 月明かりに照らされたフェンの肢体は、汗ばんであでやかに輝いていた。
アルコールを含んだフェンの吐息はカイの思考をより、停止させる。口の中で違う生き物がお互いを求めあう様に貪る。
ふいに、カイの太ももに何かが絡みついた。
フェンの尻尾だ。
主人の愛を乞うように、あるいは獲物を逃がさないように、その尻尾はカイの腰に巻き付き、じりじりと締め上げてくる。
互いの心臓の音がうるさいほどに響く。二人の鼓動は早まり、呼吸が荒くなっていくのを肌越しに感じる。
そこには、普段の冷静な旅の同行者の姿はなかった。ただ一人の、愛に飢えた雌がいるだけだ。
ベッドの上の彼女は、焦らすように一度カイを優しく突き放した。 その反動で、黒い紐に支えられただけの二つの豊かな果実が、重力に従ってたぷん、と大きく揺れる。
あわや零れ落ちんばかりの質量と柔らかさの奔流に、カイの視線は釘付けになった。 そしてそれらは実際に零れ落ちる。
彼女はカイの両手をとる。そして、その震える指先を自分の胸元へと誘導した。
「私ってね?」
彼女は首をかしげ、とろんとした瞳でカイを見つめる。背後の尻尾が、期待に震えてピンと立っていた。
「こんな風に私の全部を見られながらね……?」
カイの手のひらが、彼女の二つのふくよかな丘に触れた。
指が沈み込む。 想像を遥かに超えた柔らかさと、吸い付くような弾力。
そして火傷しそうなほどの体温が、手のひらを通じてカイの全身に伝播した。
無意識に指に力を込めると、フェンの喉から甘い吐息が漏れ、巻き付いていた尻尾がビクリと跳ねる。
形を変えるその双丘は、カイの手から溢れんばかりの豊満さを主張していた。
その感触は、カイの中に眠っていた独占欲を強烈に刺激した。この柔らかさも、熱も、まとわりつく尻尾も、全て自分だけのものにしたいという衝動が突き上げてくる。
「見られながらね…?」
「あなたの海に溺れて沈んで……どうしようもなくなった後に、私に助けを求めてくるくらい、あなたが私を触れたくなっている所を、見るのがすきなんです……」
「そうやって視線に、弄ばれて…私の気持ちいいところをあなたがよけてよけてよけた果てに…」
フェンが女性性を司る二つの実りを下から支える。
「ここを触れられるのが好きなんです…」
もう、限界だった。 先ほどの宴会の熱など忘れてしまうほどの昂ぶり。 世界から切り離されたような薄暗い部屋の中で、確かな質量を持って存在しているのは、目の前にいる彼女の熱だけだ。 これ以上、ただの同行者という枷で自分たちを縛ることはできない。
そのあとお互いの体を焼き、焦がし、味わい、貪る。 そうして二人は一時的に一つの生き物のように溶け合う。二度と離れられなくなるのではないかと、錯覚する。 それは身体的にというよりも、精神の渦の中で起こっている現象で、月の泣いている光が二人の構造体を露わにしているにも構わず、濁流にのみこまれるがまま二人は愛を交換する。
「……♡」
最後に二人は思考という演算機能を介さず、情報伝達を遮断する。 そこにある関数の結果は二人だけしか知らない。誰にも解析できない、二人だけの解だ。
二人のベッドの上での儀式は一通り終わる。多分、これから毎夜同じことが繰り返されるのだろう。
二人はベッドの中、同じ毛布にくるまって向かい合う。
「カイ君…」
「この世界に、二人だけしかいないみたいだね……♡」
いつもは敬語で話しかけてくるはずのフェンが、カイの耳元でささやく。 その砕けた口調が、カイの胸を締め付けた。二人の関係は、今この瞬間、ただの同行者を完全に超えたものになる。
再度、フェンはカイに口づけをする。カイはなぜか、むず痒い気持ちになる。
(もしかしたら、本当にどこかでおれたちは出会ってるのかもな)
言葉にはしなかったが、カイは確信めいた予感を感じていた。 そのあと二人は抱きしめあい、朝を迎えるまで一つの泥になる。




