第1話 その少年、存在がバグにつき
フェン
「――な、なんだこれは……ッ!?」
王都の大神殿。 張り詰めた空気の中、神官の素っ頓狂な声が響き渡った。
今日は15歳を迎えた者が天職を授かる『成人の儀』。 祭壇の中央で水晶に手をかざしていた俺、カイ・ウォーカーは、神官の反応に眉をひそめた。
「どうしたんですか? 俺の職業は……剣聖とか、賢者とかじゃないんですか?」
期待を込めて尋ねる。 なんといっても俺は、この国最強と謳われる『勇者パーティ』の荷物持ちとして、幼い頃から英才教育を受けてきたのだ。才能がないわけがない。
だが、神官は青ざめた顔で震えながら、空中に浮かび上がったステータスウィンドウを指さした。
「み、見ろ……! こんな不吉な表示は見たことがない!」
ざわつく周囲の視線を浴びながら、俺はその文字を見上げた。
『 名 前 : カイ・ウォーカー 』 『 職 業 : #####(Noise) 』 『 スキル : 読込エラー 』
「……は?」
なんだこれ。文字化け? 職業欄には、砂嵐のようなノイズが走っている。
「おいおい、まさかとは思うが……」
背後から、嘲笑交じりの声が掛かる。 金の鎧に身を包んだ美青年――勇者アレクだ。
「失敗作かよ、カイ。お前」 「バ、バグ……?」 「神聖なる儀式でエラーを吐くなんざ、聞いたことがねえ。貴様は世界から『不要』と断じられたんだよ!」
アレクの言葉に、周囲の貴族や神官たちが一斉に俺を避けるように後ずさる。
「穢らわしい……」 「ノイズだと? 触れたら伝染るかもしれんぞ」 「とっとと摘み出せ!」
罵声の嵐。 昨日まで「期待の星」とおだててきた連中が、掌を返して石を投げてくる。
「ま、待ってくれアレク! 俺はまだ戦える! 今までだってお前のサポートをしてきただろ!?」 「あぁ? 寄るなよゴミ屑」
ドンッ、と胸を蹴り飛ばされた。 床に転がる俺を見下ろし、アレクは冷酷に告げる。
「お前みたいな正体不明のバグ持ちなんざ、パーティに置いておけるか。クビだ。……いや、この街にいるだけで目障りだな」
アレクは神官たちに目配せをした。
「この『ノイズ』を、魔物が巣食う【奈落の森】へ捨ててこい。世界のために、早めに処分したほうがいいだろう?」
◇ ◇ ◇
そして、俺は森に捨てられた。 武器も食料も持たされず、Sランク級の魔物が跋扈する【奈落の森】のど真ん中に。
「……ふざけんなよ、あいつら」
薄暗い森の中、俺は一人悪態をつく。 悔しさと絶望で視界が滲む。だが、それ以上に――
「グルルルルゥ……ッ!」
目の前の現実が、俺の命を刈り取ろうとしていた。 体長5メートルはある巨獣。鋼の体毛を持つ『アーマード・ベヒーモス』だ。 通常なら、騎士団が一個中隊で挑むような化け物が、ヨダレを垂らして俺を睨んでいる。
「終わった……」
逃げる場所なんてない。 俺は腰を抜かし、迫りくる巨大な牙を見上げた。
死ぬ。 バグ扱いされて、ゴミのように死ぬのか。
(……いやだ)
死にたくない。あいつらを見返したい。 こんな理不尽な世界、間違ってる――!
そう強く願った、その瞬間だった。
『ピロン♪』
間の抜けた電子音が脳内に響いた。
「え?」
直後、ベヒーモスの動きがピタリと止まる。 いや、時が止まったのではない。俺の視界が、半透明の青いウィンドウで埋め尽くされたのだ。
『 SYSTEM ALERT : Fatal Error Detected 』 『 権限リクエスト……承認。管理者権限(Administrator)へ移行します 』
「なんだ、これ……?」
空中に浮かぶ、無機質な文字列。 神殿で見たステータス画面とは違う。もっと根本的な、この世界の「中身」のような羅列。
そのウィンドウの一つが、目の前のベヒーモスを指し示し、赤く点滅している。
『 対象オブジェクト [ Armored_Behemoth ] 』 『 敵対行動を検知。排除しますか? 』 『 > [ YES ] [ NO ] 』
排除……? 意味も分からず、俺は震える指で、空中に浮かぶ『 YES 』のボタンを押した。
「消えろ……ッ!!」
カチッ。
指先が空を叩いた瞬間。
パシュンッ――。
テレビの電源を切ったような軽い音と共に、巨大なベヒーモスが「消失」した。
「…………は?」
血飛沫も、死体も残らない。 ただ、最初からそこに何もいなかったかのように、空間だけがぽっかりと空いている。
呆然とする俺の目の前に、再びログが流れた。
『 対象の削除(Delete)に成功しました。経験値 500,000 を獲得 』 『 レベルが 1 から 150 に上昇しました 』
「……デリート、したのか? 俺が?」
自分の手を見る。 職業:ノイズ。 それは役立たずのバグなんかじゃない。
俺は気づいてしまった。 どうやら俺は、この世界の理そのものを書き換える、『デバッグモード』を使えるようになってしまったらしい。




