15 境界突破
座標は示された。
そこに家族がいるかもしれない。
全員の意志は固まった。
「行くしかない。」
ここからは、艦を保護しながら、
限界と戦い、一歩一歩進む。
見えた。あれだ。
前方に蜃気楼のような船影。
先行探査船。
通信は意味をなさない。
だから思考を投げる。
『がんばれもうすぐだ』
距離ゼロ。
俺は接舷と同時に保護フイールドを拡張し、2隻まとめて包み込む。
「……10分しか持たん!」
シズが叫ぶ。
「反転!」ハルも同調する。
2隻が反転し、ゆっくりと境界線から離れ始めるが、
圧が、さらに強くなった。
空間そのものが震える。
「はやく……してくれ……っ」
脳が、焼ける。
視界の端が白く飛ぶ。
向こう側の存在
互いを食い、思考戦争を続ける怪物たちが。
戦争を放棄して、俺に興味を向け始めた。
「おいおい……反則だろ……」
普通、対マン勝負だろ。
なんで全員でくるんだよ。
だけど。
「はは……上等だ。
俺のすべてをかけて、守るだけだ。」
最後の力で、フイールドを押し広げる。
船体が悲鳴をあげ、乗員全員の意識が薄れていく中2隻は境界線を越えた。
次の瞬間。
圧が消えた。
あたりは静寂。
宇宙の深い息づかいだけが戻ってくる。
そのとき。
守護者(高次元存在)が、耳でも脳でもない場所で告げた。
「よくやった。」
その声は静かで、しかし絶対的だった。
「お前のような者が人間をしているなど、不自然すぎるわ。」
「来い。わしらと共に在れ。ここから先は、お前の次元では歩けぬ。」
誘い。褒賞。選別。
だがもう考える余力は残っていなかった。
張り詰めていたゴムが一気に切れ、意識が吹き飛ばされる。
「……いっっ……てぇ……」
最後の感覚は、全身を殴られたような痛みだけだった。
そして闇。
しかし闇ではなかった。
光も、色も、形もない。
ただ「在る」という感覚だけがそこに満ちていた。
俺は、目を開けてもいないのに、宇宙そのものが内側に流れ込んでくるのを感じた。
そして声が響く。
「お前は到達した。この領域に入れる人間は存在せぬ。」
「選べ、シンヤ。人として戻るか、我らと共に上へ来るか。」
空間が震えた。
「戻れば二度とここには来れぬ。寿命という檻があるからだ。」
「だが来れば肉体は捨て、永遠の思考として生きられる。」
一瞬、魂が無重力になった。
俺が選べ?
そんな……。
そのとき。
耳ではない。
空間の裂け目から声が滲み出した。
「……シンヤ!聞こえる?戻ってこいッ!」(シズ)
「やっと帰還したんだろ……頼むから消えんなよ!」(エンジニア班)
「お前がいなきゃ、俺たちは帰れなかった……」(艦長)
感情が、次元を超えて届いてくる。
涙だけが、重力のように落ちていく。
「人間とは、美しい矛盾だ。弱いからこそ、強い。」
「だがお前は人間の器に収まる思考ではない。
無理をすれば、いずれ壊れる。」
人間として戻れば:
・仲間と帰還
・家族の生存の確証を探せる
・寿命はある
・でも、温かさはそこにある
高次元へ行けば:
・永遠の思考体
・宇宙の全法則に触れられる
・戦いのない完全な自由
・しかし仲間とは別れ、二度と戻れない
どちらも正義だ。
どちらも救いだ。
「……俺は帰る。」
言葉は、悲しいほど小さく震えていた。
だが、決意は揺らいでいない。
俺は、目の前の青い光に手を伸ばした。
守護者の光がわずかに揺れる。
「人の限界は、いずれお前を蝕む。それでも、戻るか?」
「戻る」
「みんなが待ってる」
「……それに、俺は人間としての時間が好きなんだ」
守護者はしばらく黙り、やがて、静かに笑ったように見えた。
「愚かだ。だが美しい。」
意識が一気に肉体へ引き戻される。
痛い、熱い、冷たい
久しぶりに身体を感じる。
次の瞬間。
「シンヤ!!」シズ少尉が叫んだ。
ブリッジの床に倒れた俺の手を、必死につかんでいる。
エンジニア班も、艦長も、みんな生きてる。
涙を堪えられなかったのは誰だったのか。
俺自身かもしれない。
「……おかえり」シズ少尉の声が震えていた。
息を整え、俺は言った。
「……ただいま」
艦内が一瞬静まり、次の瞬間、歓声が爆発した。
「戻ったぞ!!」
「シンヤが帰ってきた!!」
「全員生存!全員帰還だッ!」
「シンヤ、あなたの帰還は……奇跡です」
俺の脳の奥には、微かに余韻が残っていた。
高次元に触れた痕跡。
この先、一生消えることはない。
「お前が帰還した世界は、必ず変化を求めるだろう……」
戻ったはずの宇宙。
だが、そこには待っているものがある。
家族の真の行方。
高次元存在の警告。
あの凶暴な知性体の動き。




