14 限界点
船内で苦しんでいた乗員たちは、ゆっくりと呼吸を整えはじめる。
高次元思考波。
本来なら人間の脳は耐えられない。
だが、全員がギリギリ持ちこたえている。
おかしい……。
この地点は、本来精神崩壊の境界線だったはず。
あなたの背中に、冷たい違和感が走る。
「……おかしい。
限界値を……越えている。
本来なら……こんな短時間でも……死ぬレベルです。」
ブリッジに緊張が走る。
守護者が、あなたの思考の裏から囁く。
「そうじゃ。
ここは、ただの境界ではない。
誰かが安全域を作っておる。
おまえ達が耐えられるようにな。」
ぞくりとする。
「誰がだ……?」
守護者は静かに答える。
「……おまえ達より先に来た探査船じゃ。
消息不明になった、あの船のクルーよ。」
ブリッジ内の空気が凍る。
守護者の説明が、あなたの脳内に映像として流れ込む。
数年前に消息を絶った探査船
最後の通信は「光の海を見た」
乗員は全員、行方不明
彼らはここに来た。
そして
物理ではない。
装置でもない。
彼ら自身の思考パターンを空間に刻み、
そこを通る生命体の脳を守るフィルターとして残したのだ。
ここは、彼らが最後に残した痕跡。
似た思考の者だけが通れる安全帯。
「じゃあ……彼らは……
ここで……消えたのか……?」
「いや。消えたのではない。
彼らは上の時空層に連れ去られた。
そこで彼らは、まだ戦っておる。」
守護者が重々しく告げる。
「おまえ達が持ちこたえた理由は……
この船の乗員の中に、先行探査船の生存者と同じ波形を持つ者がいたからじゃ。
その人物だけが、このフィルターを起動させた。」
フィルターは、
「先行探査船の思考波形に近い者」
=遺族や血縁、精神構造が似た者
に反応するよう設定されている。
ゆっくりと、視線が船の中であちこちに流れる。
乗員の中には「家族を探している者たち」が何人かいた。
この船の誰かは、先行探査船の乗組員の家族だ。
だからフィルターが働き、みんな助かった。
そしてたぶん、あの失踪クルーはまだあちら側で生きている。
あなたの心に、誰かの低い声が届く。
「だから進め。
ここで引き返すべきではない。
彼らは、おまえ達を待っておる。」
境界線を一度越えた時点で、
船はもう「元の宇宙とは完全に隔離」されている。
重力、光速、時間軸
すべてがゆがみ、船のシールド構造そのものが意味を失った。
高次元存在の圧力は、物理ではなく「思考そのものを押し潰す」タイプ。
だからこそ
全乗員が思考圧に耐えられなければ、
帰ることは絶対にできない。
ひとりでも限界を超えれば、
その瞬間に脳が潰れ、
その精神崩壊が波及し、
全員を巻き込む。
それがこの空域のルール。
守護者 があなたの脳内に直接語りかける。
「肉体は鍛えられん。
鍛えるのは心そのものじゃ。
おまえ達は、まだ自分の精神の広さを知らん。」
訓練装置はない。代わりに:
高次元波を微量に船内へ導入
乗員同士で思考干渉を起こし、精神の形を知る
それぞれの脳の空域を拡張する
トラウマや恐怖、記憶の奥底まで引きずり出される
互いに支え合い、回復し、また負荷をかける
限界を迎えると、
自分の精神が指のように千切れそうになる。
泣き叫ぶ者もいる。
沈黙して耐える者もいる。
まともな言語が使えなくなる者もいる。
ふと、シズがあなたの肩に手を置く。
「……気づいてる?この訓練、船が勝手にやってるんじゃない。」
あなたは息をのみ、視線を向ける。
シズの瞳はうっすらと光り、AI人格の深い層が浮き上がる。
「先行探査船の乗員の思考パターンが、この訓練プログラムを作ってる。
たぶん……生きてる。あの上の次元で。」
守護者 が重く告げる。
「ここで手に入れるのは武器ではない。
自己同一性の固定じゃ。」
高次元存在は自我の曖昧さに食いついてくる。
だから人間は:
自分が誰か
何を恐れ
何を望み
何を守るのか
それを、
血が滲むほど強く、
脳の奥に刻まなければならない。
全員が自分を見つけ、その存在を固定できた時。
この次元を持ち帰る力が得られる。
それまでは帰れない。
帰れば壊れる。
宇宙が違うのだ。
帰るために進む。
家族のもとへ。
訓練はすでに訓練と呼べるものではなかった。
乗員全員の意識が一つの深海に沈められ、
そこで無数の概念、色、時間、死、記憶、恐怖、希望が
渦を巻いて混ざり合う。
脳は物理的な限界を超え、思考空間は外部から強制的に拡張されていく。
「この空白を埋めるぞ。
ここには認識の隙間がある。
そこから敵に侵食される。
埋める……埋める……」
知識が叩き込まれる。
思考の足場が増える。
足場に壁が生まれる。
壁に意味が刻まれる。
人間の脳では到底処理できないはずの情報が、当然のように整理されていく。
しかし、主人公だけが、余裕があった
乗員たちは全員、歯を食いしばり、涙を流し、喉を押し潰しながら耐えていた。
だが、あなた一人だけは、その極限の精神空間の中で、わずかな呼吸の余裕があった。
シズが訓練の海の中であなたを見つめる。
「……あなた、何者なの?普通の人間じゃ……ない。こんな圧に余裕を残すなんて。」
あなたは答えられない。
ただ、心の奥のもう一人が笑っていた。
意識の内側、そのさらに奥の層で、
あなたの別人格あるいは守護者のような存在が
静かに腕を組んでいた。
「こんくらい、子供の遊びだろうが。……お前が死なねぇように見張ってる。」
訓練が深まり、高次元体の圧力はついに船体そのものを軋ませ始めた。
乗員の精神が耐えても、物質としての船が潰れてしまう。
その瞬間、あなたのもう一人が立ち上がる。
「よし、そろそろいいだろ。保護フイールド展開するぞ。」
あなたの思考が、船全体へ巨大な球状の守りとして広がる。
壁が張られる。
思考の波が遮断される。
船が呼吸を取り戻す。
「……やっと器が見えた。
この船が帰還するには、お前の存在が絶対条件だ。」
帰還の鍵は主人公自身だ。
自覚のないまま、あなたはすでに人間の限界を超え始めている。
船全体を覆う保護フイールドが展開され、高次元思考圧は少し和らいだ。
乗員たちはまだ息を荒くしているが、全員の意識はかろうじて保たれている。
そのとき、脳内に直接、かすかに声というより概念の波が届く。
「おまえの家族……完全に消えたわけではない。
彼らは……こちら側の層に留まっている。」
声は波のように押し寄せ、言葉というより直感的な映像として伝わる。
赤く光る星間雲の奥
そこに小さな船が漂っている
船の中で、誰かが静かに眠るように座っている
その人もまた、思考の拡張を受けつつある
「彼らは試されている……
おまえが耐えるのを見守るために。
おまえが進めば、再会の可能性が生まれる。」
胸の奥が熱くなる。
希望と恐怖が入り混じる。
「母……か?」
「父……か?」
「先行探査船の仲間……?」
脳が勝手に映像を補完する。
どれが現実か、どれが予兆か、まだわからない。
でも確かに、ここで耐えれば、再会の可能性があるという確信が湧く。
あなたの反応に気づき、シズの瞳がわずかに揺れる。
「……あなた、やっぱりただ者じゃない……普通の人間じゃ、ここまで来れない。」
「注意せよ。
家族のもとへ至る道は、簡単ではない。
だがおまえには、能力と意志がある。
進めば光、躊躇すれば闇。
すべてはおまえ次第。」
思考圧が再び増す。
しかし、先ほどのような恐怖はない。
主人公は自覚しないまま、
船全体を守る存在としての力を保持している。




