第1話 運命の弾丸
「なあ。お前、今回の金が手に入ったらどうすんの?」
不意に声をかけられて、俺はわずかに眉をひそめた。
宿屋の窓辺で魔導銃を構え、スコープ越しに街を見下ろしていたところだった。
視界の端に、髭面の中年——イッセイが立っている。
気が散るから、できればあっちに行っててほしい。
「……なんすか? 急に」
「三人で分けても相当な額だろ、今回のは」
「まあ……そうっすね」
「俺はさ、カミヤ。当分はこの街でゆっくりしようと思うんだ。昼は酒飲んで、夜は女抱いて……久しぶりにそんな毎日を過ごしてえ」
「それ、楽しいんすか?」
イッセイは鼻で笑った。
「お前は若いし、欲がねえから分からんだろうな。歳を取るとさ、どっか行きたいとか、景色見たいとか、そういう気持ちが薄れてくるんだよ」
「イッセイさんも、老けましたもんね。」
「うるせえな、クソガキ。」
「いや、今自分で“歳取った”って……」
「自分で言うのと、他人に言われるのは別なんだよ」
くだらない会話。
イッセイとは長い付き合いになるが、苗字は知らない。
別に、知りたくもない。
俺たちは仕事仲間だ——殺しの。
「リンはどうすんだ?」
部屋の隅、ベッドに腰をかけている、気の強そうな美人にイッセイが声をかける。
リンは編み物をする手を止めて顔を上げる。
「うーん……あたしは服かな。王都の仕立て屋で、ドレスとかコートとか買い占めちゃうかも」
「洋服ねえ。お前、日本にいた時も服好きだったもんな」
日本にいた時。
俺たちは三人で殺しをやっていた。
イッセイが計画を立て、俺が実行し、リンが後処理をする。
感情を挟む余地のない、機械のような連携。
リンが針を指先で弄びながら言う。
「でもさ。日本と"この世界"の服って、全然違うのよね。ダサいとかじゃなくて……なんかピンと来ないの」
「カルンバルじゃ、ファンタジーチックな服が普通だろ」
イッセイが言う。
「スーツなんか着て歩いたら、逆に怪しまれるぜ」
カルンバル。
俺たちが今、生きている国の名前だ。
いや、“生き返って”から、生きている国。
俺たちは一度、死んでいる。全身に銃弾を浴びて、確かに死んだ。
それなのに、気づけばこの世界にいた。
死んだ時と同じ格好で。
カルンバルは、絵に描いたようなファンタジーの国だ。
王と城、剣と魔法、そして人々の賑わい。
だが俺たちには関係ない。
この世界で目覚めた時、三人でどうするか話し合った。
結論はすぐに出た。また"殺し"をしよう。
俺たちには、目的も理想もない。
この世界でも、“殺すことでしか生きられない”。
イッセイが煙草をくわえながら言う。
「今回のターゲットって、ただの冒険者なんだろ?」
リンが顔を上げた。
「依頼書にはろくな情報がないのよ。ただの冒険者にしては、報酬が良すぎると思わない?」
「まあな」
イッセイは腕を組む。
「依頼主は匿名だが、前金は本物だった。成功したら、更に倍払うってよ。相当太い客だぜ、こいつは。深く詮索しないのがルールってもんだろ」
俺たちは金さえもらえれば、それでいい。
殺しに理由を求めたことはない。
「……時間っぽいです」
俺が呟くと、二人の声が止まった。
静けさが宿屋の部屋に落ちる。
俺は魔導銃のスコープを覗く。
石畳の路地を、一人の男が歩いてくる。
冒険者風の服装。腰には剣。
あれが、今回の“標的”だ。
距離は十分。
風速、角度、光の方向、すべて計算内。
俺は呼吸を止める。自分の心臓の音が遠のく。
世界が一瞬、静止した。
照準の中で、男の姿がぴたりと止まる。
俺は引き金を軽く引いた。
音が空気を切り裂き、銃身がわずかに震える。
次の瞬間、スコープの中で、男の頭が弾け飛んだ。
直後、街に悲鳴の渦が広がる。
「……終わりました」
俺は銃を下ろして二人に告げた。
イッセイが立ち上がる。
「お疲れい。よーし!さっさとズラかるぞ」
「この時間なら、裏口に人はいないはずよ」
リンが荷をまとめる。
三人で部屋を出る。
いつも通りの、単純な仕事だった。
でも。この時、俺は知らなかった。
たった一発の弾丸が、俺たちの運命を変えてしまったことを。




