第六話 頼ってほしい酔っ払い
結局、その場での説得を諦めたダインは兵舎まで行って彼らの上司の部隊長に面会。
幸運にも彼はダインのことを知っていたので顔パスですぐに話が通り、トントン拍子で解放されることとなった。
それでも時計塔に登ったことは軽く怒られたが。
「すみません、ご迷惑おかけしました」
「こちらこそすみませんでした!その瓶の事、しっかり共有しておくんで!」
「ありがとうございます。失礼します」
詰所を出て空を見ると、もう月は頭上を跨ぎ、西の空に向かっているところだった。
かなり時間がかかってしまった。その事実に思わず気力が抜けかけるが、何とか堪えて走り出す。
騎士団にも捜索依頼をしたので、猫がいた場所だけ見たら終わりにするつもりだ。
あの飴玉の正体が流出するとまずいが……まあ、さすがに気付ける者はいないだろう。
たとえ王城のガーランド先生ほど医学に精通していても、見た目も匂いも従来の物とはかけ離れているので、すぐには結び付かないはずだ。
諦め半分で最後に街を走り、時計塔から見つけた猫のいた場所を念入りに一つずつ確かめていく。
それでも結局、あの猫を見つけることはできなかった。
肩を落とし、トボトボと宿を目指す。
懐から取り出した瓶に入っている飴は残り八個。
一瓶に三十個入っているはずなので、カバンの中の物もあわせて手元には三十八個……任務をさっさと終わらせれば何とかなるかという、ギリギリのラインだ。
舐めたい気持ちをグッとこらえ、顔を上げる。『空駆ける芋煮亭』が見えた。
入り口から酒場の喧騒が聞こえてこないので、酒場の営業は終わってしまったのかもしれない。
念のため横の厩舎でダイン達の馬が寝ていることを確認し、入口をくぐる。
本当に人気が無い。酒場にも客は二~三人しか――
「あ、おかえりぃ。見つかった?」
「先輩……?」
「その様子だと、見つからなかったみたいねぇ」
驚くことに、エーレがいた。
鎧はもう脱いでおり、私服だ。四人掛けの机を陣取り、机の上に並べられた料理は一人分にしては量が多すぎる。
寝てていいと言ったはずだが、ダインの分の料理も注文してわざわざ待ってくれていたようだ。
この店は注文時に代金を支払う形式のようなので、お金もすでに払ってくれているらしい。
まさか奢りの約束を律儀に守って待っていてくれたのか。
動揺して立ち尽くすダインに、エーレは木のジョッキをあおって口元を拭い、笑いかける。
「なんだか眼が冴えちゃったから待ってたの。机のヤツは好きに食べていいわよ」
「あ、ありがとうございます……先輩?凄く眠そうですけど、先に部屋に送りましょうか?」
「だいじょぶだいじょぶ。ちょっと飲みすぎちゃっただけよ……ほら、座って?食べて食べてぇ」
顔がほんのり赤く染まっているエーレは、お酒でお腹いっぱいになっちゃった~と軽く笑う。
さっきからえらく滑舌が緩んでると思ってはいたが、ダインが戻ってくるまで酒で空腹を誤魔化していたらしい。
その気持ちは嬉しいが、正直すごく申し訳ない。
それでも厚意に甘えなければ逆に失礼なので、エーレが引いてくれた隣の椅子に座り、手前にある揚げ芋が入った木のボウルに手を伸ばす。
そこで、エーレは急に左手でダインの肩をガシッと掴んだ。
「先輩?」
「ダインはさ、偉いよね」
「どうしたんですか急に?」
「頑張って、頑張って、頑張ってぇ……故郷を助けるために、王国騎士になって。偉い!すっっっごく偉いっ!!」
「ちょ、声、声抑えてください!周りの迷惑になっちゃいますって!」
椅子を蹴って立ち上がり、右拳を振り上げるエーレを小声で諫めてなんとか座らせる。
かなり出来上がってしまっているようだ。もうこれは先に寝かせた方がいいだろう。
「先輩、部屋の鍵はありますか?」
「ん?……んっ」
「204,205……よし。先輩、失礼します」
腰のポーチから鍵を二つ取り出し渡される。
その鍵につけられている木のプレートの番号を確認し、ダインはエーレを横抱きで抱え上げた。
「わ、お姫様抱っこだぁ」
「先輩の部屋はどっちですか?」
「どっちでしょ~」
ケラケラと笑うエーレ。もう話が通じないらしいくらい酔っているらしい。
とりあえず二階に上がり、手前側の部屋に入る。
そこにあったのは見覚えのあるカバンと、整然と並べられた鎧達。
エーレの部屋であっているようだ。
「ほら、明日早いんですから寝てください」
「うん、分かってる……」
ベッドに乗せ、毛布を掛ける。
笑い上戸がおさまったエーレは、毛布の中でもぞもぞ動いて横を向き、ダインに目を向けた。
「ダイン」
「何ですか?」
しゃがみこんで目の高さを合わせ、笑みを浮かべる。
子どもの相手をしている気分だ。
抜けている部分があるとはいえ、普段はしっかりしているエーレのこんな姿はなかなかお目にかかれない。
ほほえましい気分になりながら耳を傾ける。
そんなダインに、エーレは少し酔いの醒めた声音で囁きかけた。
「もっと、頼っていいのよ?」
……一瞬、顔が引きつった。
大丈夫だ。暗闇で誤魔化せているはず。
今のエーレならダインの顔色をそこまでよく見ていないだろうし、問題ないはずだ。
急に右ストレートを叩きこまれたように目が覚めたダインは、顔に笑みを貼り付けて立ち上がる。
「分かってます。いつも頼りにしていますよ。……おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
……果たしてまだ上手く笑えているだろうか。
そんな不安を抱えながら、ダインはそそくさと部屋を出ていった。
鍵がかけられる音を聞きながら、暗い部屋に一人残されたエーレは目を瞑り、寝返りをうつ。
「分かってないから言ってるのに……」
誰に対して呟いたのかが明白な独り言が、暗闇の中に消えていく。
痛みを恐れるようにすれ違う思いは、当人たちの中でくすぶり続けていた。
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