第四話 罠による傷
二時間後。
「全身打撲と各関節部にほどほどの火傷じゃな。骨は折れとらん。腫れが激しい箇所と火傷した場所に日に二回、この軟膏を塗るといい」
「ありがとうございます」
ダインは王城に戻って、医務室で診察を受けていた。
あの爆発の後、エーレもダインも動くことはできたので、二人で山頂へ向かい周辺を捜索を行った。
しかし収穫はゼロ。
荷物を載せた馬を帰してしまったこともあり、二人は泣く泣く手ぶらで帰城するハメになったのである。
「それにしても、小僧が任務中にこれだけ手痛く負傷するとはな。長い休みで腕が鈍ったんじゃないかの?」
そう冗談を言い笑うこの老人は、王城の常駐医のガーランド・マキシム。
御年64歳の大ベテランで、大抵の病気や怪我は独自の手法で治すことができる。
王都で薬局を経営していることもあり、ダインも色々あって幼少期からたまに彼のお世話になっていた。
「ははは、耳が痛いです」
笑いながら受け取った小さな壺を懐にしまい、代わりに小瓶を取り出す。
そして飴玉を一つ出し、口に放り込んだ。
「……それも、飲みすぎないようにするんじゃよ」
笑顔を引っ込め、真剣な表情になったガーランドにダインの口角が下がる。
彼はダインの事情を知っている数少ない理解者たちの中でも最年長だ。
きっとダインの思いも色々と見透かされているのだろう。
誤魔化したり虚勢を張っても易々と見抜かれるので、この老人との会話は正直やりにくい。
でも嬉しい気持ちもあるのだ。こんな自分を理解してくれる人がいることに。
自分の頑張りを見てくれる人は確かにいるのだと。
だから頑張れる。ダインは理想の騎士の仮面を被りつづけることができる。
気持ちを切り替え、顔に穏やかな笑みを張り付けたダインは立ち上がった。
「分かっています。では、また」
「ああ。お大事に」
一礼し部屋を出る。そのダインの姿を、老人は扉が閉まるその時までジッと見つめていた。
□□□
「お待たせ。行こうか」
「はい……」
城を出て、馬と一緒に待っていたエーレから手綱を受け取る。
そこでダインはエーレの表情が沈んでいることに気づいた。
「……先輩?」
「はい、なんでしょう」
「落ち込んでます?」
「……落ち込んでないもん」
分かりやすく落ち込んでいる。
目をそらして先に歩き出す姿はしょぼくれて一回り小さくなっており、頻繁にため息を漏らすその姿はいつものエーレから遥かにかけ離れている。
彼女は気づいているだろうか。
そのあまりの落ち込み具合に、すれ違う騎士見習いや侍従たちが揃いも揃って振り返っていることに。
(視線が痛い……)
ダインの顔は有名なので、立ち位置的にエーレがダインの従騎士だということは察される。
そのせいで、すれ違う人々から一々ダインはそんなに厳しいのかと意外そうな目を向けられるのだ。
たまに怯えるような視線が含まれているのが余計につらい。
だからといって今慰めようと声をかけると、余計に説教しているように見えるのではないか。
そう躊躇い、ダインは心の中で右往左往する。
「先輩、切り替えましょう」
結局、そう話を切り出したのは街を出た後だった。
今は特に変な視線も気配も感じず、衆目の目もない。素のまま話をするなら今の内だ。
「あの攻撃は予測できないものでした。避けられなかったこと、反応できなかったことは仕方ありません」
「でもダインは反応したじゃん」
「それは……まあ」
「じゃあ仕方なくないじゃん」
駄々っ子のような口調での指摘に言葉に詰まる。
あの攻撃はダインですら見たことも聞いたことも無かったため、普通の騎士であれば反応できなかったとしても本当に仕方ないのだ。
しかし、もし他の王国騎士であればどうだ。
(……確実に避けることはできる。敵がいたなら反撃もできたはず)
ぶっちゃけ、エーレを庇わなければダインもおそらくそうできた。
それを分かっているからこそ、本気で王国騎士を目指している彼女は悔しがっているのだ。
(大丈夫、次は——これもいい経験——落ち込んでいる暇があったら――)
こういう時、なんと言うべきなのだろうか。頭の中に、彼女を励まし、叱咤するセリフが次々と浮かび上がって消えていく。
何かないか。彼女の自責を止めて、前を向かせることができる最適な言葉は。
(……よし)
「向こうについたら、任務の合間に訓練しましょう」
「……うんっ、お願い」
……結局、たいして慰めることはできなかった。担当騎士なのに不甲斐ない。
それでも少し顔が上がったエーレの背中を見ながら唇を軽く嚙む。
騎士団内の人事権を握っている騎士団長と宰相は、なぜ彼女を王国騎士の中では最年少で経験も足りていない自分の従騎士にあてがったのだろうか。
ダインは騎士団の中でも圧倒的に強いが、誰かに教授できるほど理解が深い技術は、知識は、ほとんどが学園で手に入る基礎的なものだ。
彼女の夢を思うなら、担当騎士は自分ではない方が絶対にエーレのためになるはずなのに。
(上から信頼されている……って感じじゃないんだよなぁ)
そもそもダインは騎士になってまだ日が短い。
それに宰相の普段のぶっきらぼうな態度からして、国の首脳部からの信頼を得ているようには思えなかった。
原因は分からない。
だが、二人そろってこんな雑な扱い方をされるのは、纏めて厄介払いをされているような気配がする。
やはり碌な下積みもせず、王国騎士の長に気に入られて飛び級で王国騎士になったことで反感を買っているのだろうか。
「……ムカつくな」
もしそうであるなら許さない。許せない。
ダインの足を引っ張ることを意図してエーレを押し付けてきた人事采配も、エーレを巻き込んだくせに王国騎士らしい特別で効果的な指導を全くできていない自分自身も。
「何か言った?」
「いえ、急ぎましょう」
体を前傾させてふくらはぎをさらに強く締め、馬に速度を上げるよう指示する。
頼られているからには、せめて今の自分ができることはすべて伝えよう。
未来ある彼女にとって、少しでも助けになるように。
それは義務感か、責任感か、羨望か。
先頭に躍り出たダインの心の奥底に苦いものが沁みだし、頭が熱くなっていく。
それでも、心臓の鼓動は一定な間隔で動き続けていた。