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第一話 憂鬱な連休明け

※この作品はR15を想定しています。そういったシーン(・・・・・・・・)が描写される予定はまったくありません。変な想像をしてしまった場合はお経でも唱えて邪念を払いましょう。



どうして、こんなことになったのだろうか。



「……ねえ」


「何ですか?」



霧が立ち込める街の中。とある建物の屋上で、脱力し寝転がる女性から声を掛けられた。



「わたし、いま……せかいでいっちばん、しあわせだぁ……」



眠気を含んだとろけるような声は、こちらの理性までも溶かしそうなほどに甘美な響きを纏っている。

しかしすぐに女性は少し不安げな表情になると、小さな声で問いかけてきた。



「はじめてだった……?」


「もちろんです」


「わたしもぉ……えへへ」



コロッと表情を変え満面の笑みを浮かべる女性。

普段とのギャップにクラッと来た。思わず抱きしめたくなるが、なんとかこらえて立ち上がる。



そして、腰に帯びていた剣を抜き放った。



「……先輩」



「なーに?」



「好きです」



「……わたしもすき」




先刻のできごとによって異なる色に染まった頬を緩め、彼女は美しく笑った。


……本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

時は、昨日まで(さかのぼ)





◇◇◇






昼下がり、とある街道を列をなして歩く男たちがいた。

いかにも荒くれ者のような風体をしている彼らは両腕を縄で縛られており、その縄は先頭をゆっくりと進む荷馬車に括り付けられている。


一見するとかわいそうに思える状況だが、同情するには値しない。

なにせ、小さな乗合馬車を大人数で襲撃しようとしたのだから。



「糞が、なんでお前みたいなやつがこんなシケた馬車に乗ってんだよ……」



列の最後尾を歩く一際目立つ巨体を持った男……この盗賊団の頭目が後ろを睨む。

視線の先にいるのは、少し長い滑らかな灰色の髪を後ろで結わえ、最低限の革製防具だけを身に着けた眉目秀麗な青年。


今回二十人以上はいたはずの襲撃を一人で、無傷で、襲撃者側にも負傷者を出さずに鎮圧した傑物だ。



「ちょうど故郷からの帰りでね。運が良かったよ」



「そうかい。俺たちにとっちゃとんだ災難だよ」



そう言って唾を吐き捨てる頭目。

それに同調して次々に唾を吐き捨て始めた荒くれ者たちに、灰髪の青年は苦笑する。


この青年の名はダイン・トール。

この国、ローグ王国に六人しかいない王国騎士の一人だ。


一騎当千の実力と優れた知能、そして弱者を見捨てぬ慈愛を併せ持ち、その存在は単独でも他国に対する抑止力になりうる。

そのような規格外の騎士だけが王国騎士になることができ、その中でもダインは学園を出てから一か月という短期間で今の地位まで上り詰めた規格外中の規格外だった。



いくら数が多いとはいえ、一介の盗賊団に対処する戦力としてはあまりにも過剰と言えるだろう。



「それにしても、君たちはターイズ地方で活動している盗賊団だったはずだよね。なんでこんな場所に?」



「言わねぇとダメか?それ」



顔をしかめる頭目。

反抗的な態度――というよりは、ただ言いたくないだけのように見える。


なら拷問まではしなくていいだろう。

そう判断したダインは男の横に並び、腰の剣を少しだけ引き抜いて見せた。



「ちょっとした聞き取り調査さ。できれば協力してほしいんだけどな」



鍔と鞘の間から青銀に輝く剣身が覗く。

ダインの柔らかい物言いとは反対に体の芯まで凍ってしまいそうなその輝きは、かなりの場数を踏んでいるだろう大男でも冷や汗を流すほどの圧を放っていた。



「冗談だ。ムキになんなよ。……出たんだってよ」



「出た?何が?」



「魔法狂いだよ。裏の奴らの間で噂になってたんだ。消えてもいい奴の体を使って魔法の研究をしている奴がいる~、ってな」



おどけるような声色で誤魔化そうとしているが、その奥底には僅かな恐怖が見え隠れしている。

まるでそれを口にすることにすら不安を抱いているような、そんな空気だ。


嘘はついていない。

そう確信し、ダインは剣を収める。



「……本当かい?」



「知らん。だが最近、ウチの若いのが何人も消えた。跡形もなくな。それで気味が悪くなってトンズラしてきたってわけだ。それなのに――」



また恨み節をぶつくさと呟き始めた頭目を他所に、ダインは黙り込む。


魔法狂い。

それは、魔に魅入られ、魔法を会得するためならどんな非道な行いも厭わない者達の総称だ

常識的に考えて魔法なんて存在するわけがない。

だが、世の中には常識を説いても無駄な者が一定数いるわけで、魔法狂いもその類の者たちだ。



「君の部下はどこの街で消えたんだい?」



「ん?ああ、カルダニアだ。そのスラム街にあるアジトを任せていた奴らが全員、綺麗さっぱり蒸発しちまったんだ」



「数は?」



「知らん。数えてるわけねぇだろ。だが十はいたはずだ」



……被害人数が多すぎる。

先ほど戦って分かったが、この盗賊たちの練度は決して低くなかった。

もしダインでは無く普通の傭兵たちが相手だったら、まず間違いなく勝っていただろう。

そんな盗賊たちの拠点の一つに配備された人員全員を誘拐するなんて、一般人では束になったとしてもまず不可能だ。


つまり魔法狂いはかなりの実力者。

そのアジトを襲撃した魔法狂いが複数犯だったとしても、一人一人に最低でも下級騎士相当の腕はありそうだ。



「……厄介そうだ」



退役した騎士や兵士が絡んでいそうな案件に、柄に手を当てて空を仰ぎ、思わず現実逃避をする。


とにかく今はこれ以上考えてもどうしようもない。

というか一応まだ非番なのだから、他の騎士たちに任せておけばいいのだ。

流石に情報くらいは掴んでいるだろうし、もしかしたらもう解決しているかもしれない。

いや、むしろ解決していてくれ。ターイズ地方は遠い。


長期休み明けというのもあって、仕事に対するモチベーションが下限突破しているダイン。

だが、凛々しい顔で空を見上げながら思案するその姿は遠方の騒動に憂いを抱える忠義の騎士そのもので。



「……王国騎士様は大変だな。あんな田舎都市の騒動にも手前(てめえ)で首を突っ込まなきゃいけねぇのか。同情するぜ」



さっそく誤解を招いた。

急に頭目の男から苦笑され頭に?マークを浮かべたダインは、遅れて男の言葉の意味を理解する。

そして、少し後ろめたいものを感じながら曖昧な笑みを浮かべた



「この国の人々を護ることが僕の役割だからね。それが遠く離れた地の騒動だろうと、必要なら駆け付けるよ」



「はっ、随分と頼れる騎士様なこって」



皮肉めいた笑みを浮かべる頭領に再度曖昧な笑みを返し、歩く速度を緩めて再び列の最後尾へ。


頼れる騎士。

単独で動くことを許可され、この一年で様々な事件を解決してきたダインによく投げかけられる言葉。

だが、その賞賛の言葉はダインにとってそこまで嬉しいものでは無い。



(頼れる騎士……僕が?はは、ウケる)



これまでそんな言葉を投げかけてきた人々の顔を思い浮かべる。

彼らは随分と人を見る目が無いようだ。


ダインはただ、王国騎士であり続けるために騎士の仮面をかぶっているだけだ。

それも、すべては王国騎士として得られる金と特権のため。


叶うなら、次々と上から振られる面倒な任務を全て他の騎士に押し付けたい。

田舎に引っ越して金だけ貰いながら自堕落な生活を送りたい。

そんな願いを持つ騎士が、頼れる騎士なわけがないだろう。



(荷が重いって)



また空を見上げ、盗賊たちに気づかれないように小さくため息をつく。

青く輝く昼の空を自由に飛ぶ鳥たちが、やけに印象的だった。




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