それでもわたしは
•園咲 氷華
資産家の娘として表の顔を持ちながら、裏では「冷酷の蒼」と呼ばれる暗殺者。
陰の水属性を宿し、実は「陰の王」の素質を持つ。
感情を抑えたお嬢様口調の少女だが、心の奥では桜華を深く想っている。
•夜咲 桜華
快活で男勝りな高校生。料理が得意で、面倒見が良い。
ある事件をきっかけに陽の炎属性の力に覚醒し、「陽の王」の素質を開花させる。
まっすぐな心で氷華を支え、最後には命を賭けて彼女を救う。
•セカイ
かつて陰と陽の共存を夢見た研究者。
実験の失敗により禁呪に手を染め、世界を「自らの中に取り込む」存在へと堕ちる。
氷華と桜華を“王の器”として利用しようとする。
•雷天
氷華の母。かつてセカイと共に研究を行った女性研究者。
娘を守ろうとしてセカイに心臓へ呪いをかけられた。
最後まで氷華を想い続けた、静かな強さを持つ母。
•秋桜
桜華の父。温和で優しい性格の男性。
セカイの暴走を察し、娘を守るため一時的に遠ざけた。
桜華の陽の素質を信じ、その覚醒を見届けるため身を潜めていた。
十年前。
陰と陽の共存を夢見た研究者・セカイは、実験の失敗から禁呪に手を染め、世界そのものを取り込もうとする存在へと変貌した。
その犠牲となったのが、共に研究していた雷天(氷華の母)と秋桜(桜華の父)だった。
雷天は娘・氷華を人質に取られ、心臓に呪いをかけられ、秋桜は娘・桜華を守るために遠くへ避難させた。
時は流れ、現代。
資産家の娘であり、裏では冷酷の暗殺者「冷酷の蒼」と呼ばれる園咲氷華と、明るく男勝りな少女夜咲桜華が出会う。
二人は偶然にも同じ高校に通い、やがて連続通り魔事件をきっかけにそれぞれの“力”を覚醒させる。
氷華は陰の水を、桜華は陽の炎を――。
やがて二人は、自らが“王の素質”を持つ存在であると知らされる。
陰の王は水、陽の王は火。
その二人が揃う時、世界の均衡は大きく揺らぐ。
セカイは禁呪をもってふたりを器にし、世界を作り替えようと動き出す。
桜華は“陽の人柱”として攫われ、氷華は“陰の母体”として禁呪に囚われる。
それでも、互いを求め続ける心が彼女たちを結びつける。
家族が遺した愛と誓いを知った時、二人は決意する――。
「運命なんかに、あたしたちは負けない!」
炎と氷がひとつになり、ついにセカイとの最終決戦が幕を開ける。
世界を救う代償は、ふたりの命。
最後に残ったのは、互いを想う強い愛と、風に消えるキスの温もりだった。
――誰の記憶にも残らないまま、ふたりは世界に別れを告げた。
ただ、赤と青の双子の花だけが、静かに揺れていた。
(――この世界が、まだ優しかった頃)
⸻
夜、校舎の屋上。風の音。照らすのは月明かりだけ。遠くで雷鳴のような不吉な音が響く。
⸻
夜咲 桜華
「……来るんだろ、明日。アイツら」
園咲 氷華
「……ええ。たぶん、もう逃げられない」
桜
「はーっ、マジかよ……一応確認するけどさ……氷華、お前、やる気あるの?」
氷
「……ある。やるしかないでしょ。あの夜、あの血の匂い、忘れたくても忘れられないから」
桜
「……そっか」
(少しの沈黙)
桜
「私さ、怖いよ」
氷
「私もよ。……でも、怖いのは“力”じゃなくて、“失うこと”でしょ?」
桜
「……うん。そうだな」
氷
「私は、守るって決めたの。例えこの手が――」
(氷華の手が少しだけ震える)
氷
「……汚れても」
桜
「……バカだなお前。そんなこと、言われたら私だって守りたくなるじゃん」
氷
「あなたは、“陽”なんでしょ。照らしてなさいよ。全部を、焼き尽くすくらいに」
桜
「……ああ。燃やしてやるさ、あの世界ごと」
(風が吹く。どこからか、鈴の音のような、不気味な音が鳴る)
氷
「“あの人”が動き出すわ。……間違いない」
桜
「“セカイ”か……。やっぱ、私たち……選ばれちまったんだな」
氷
「ええ。“陰”と“陽”が交わる時、世界がひとつ、終わる」
桜
「……言っとくけど、死ぬなよ」
氷
「そっちこそ」
桜
「私はまだ――バカみたいにお前とパン半分こしたいんだからな」
氷
「……ふふ。私も」
⸻
(夜が明ければ、全てが変わる)
(ふたりの宿命は、もう引き返せない場所まで来ていた)
(――はじまりは、ささやかな違和感だった)
⸻
夜、人気のない帰り道。ふたりの足音だけがコツ、コツと響いていた。
いつも通っているはずの、帰り道なのに。
なぜか――世界が“裏返って”いるような、そんな錯覚。
⸻
夜咲 桜華
「……なんか、変だな。道、こんなだったっけ?」
園咲 氷華
「風も止んだ……音が、無い。……“結界”」
桜
「……結界? お前、なんでそんなこと――」
氷
「“視えてる”の。……世界が歪んでるのが、はっきりと」
桜
「っ……!」
(ガコンッ、電柱の明かりが一つ、落ちる)
桜
「氷華……!」
氷
「桜華、私の後ろにいなさい。来るわよ、“アイツら”が」
桜
「まさか……もう?」
(“それ”は音も無く、影のように現れた)
モブ
「――園咲氷華、夜咲桜華。……陰陽の器よ、目覚めの刻だ」
桜
「っ!? 誰だお前!」
氷
「……まさか。“セカイ”の使いか」
モブ
「ようやく反応したか。だが遅い。お前たちはもう選ばれた。“世界を壊すための器”としてな」
桜
「……っ! 壊す……? 私たちが?」
モブ
「目覚めよ、“陽の血脈”よ。……お前の心臓が、世界の炎を呼び起こす」
桜
「やめろッ!!」
(桜華の手が、熱い。燃えるような衝動が、胸の奥から)
氷
「桜華、落ち着いて!」
桜
「私……火なんて……!!」
(轟ッ――夜の空が、一瞬、白く灼けた)
モブ
「……目覚めたか。“陽”の片鱗が」
氷
「この……!」
(氷華が一歩前に出る。周囲の空気が凍るように冷たく)
モブ
「……ふたり揃って目覚めるか。“陰”と“陽”が、重なる夜に」
氷
「このまま帰すつもりはないのね?」
モブ
「当然だ。……その魂ごと、連れていく」
⸻
桜
「氷華……殺すなよ」
氷
「わかってる。……“始まり”は、私たちが決める」
⸻
(夜が、裂ける)
(炎と氷が、闇を断つ)
(――誰もが、何かを隠して生きている)
⸻
放課後、校舎の屋上――数日前と同じ場所。けれど、何もかもが違って見えた。
⸻
夜咲 桜華
「……あれから、街の空気が変わった気がする。あいつら……また来る気がしてならない」
園咲 氷華
「来るわ。……“次は、狩りに来る側”の人間じゃない。もっと、“同じ目を持った”やつらが」
桜
「力に目覚めたからって、まだ使い方なんて全然わからないのに……!」
氷
「それでも、やるしかないわ。あの世界は私たちを“選んだ”。今さら、普通のフリはできない」
(風が止む。空気が裂けるような音。そこに、1人の“仮面の男”が降り立つ)
⸻
**???(仮面の男)**
「……こんにちは、ふたりとも。ようやく会えたね」
桜
「誰だ……!?」
男
「名乗るほどの者じゃないよ。ただの“記録係”。君たちが“目覚めた”その瞬間を、見届けに来たんだ」
氷
「“セカイ”の命令かしら?」
男
「違うよ。“彼”はまだ動かない。ただ……君の正体が、そろそろ“偽れなく”なってきたからね」
桜
「……どういう意味だよ」
男(氷華を見つめながら)
「君が“男”だってこと――。もう、気付いてるんじゃない? 桜華ちゃん」
桜
「――っ! なにを、言って……」
(氷華が少しだけ顔を背ける)
氷
「……ッ……」
桜
「氷華、お前……」
男
「その身体、その力……そして“母体”としての価値。“陰の素質”とは、そういうことさ。
命を宿せる“血統”じゃなければ、彼女は“陰の王”の器にはなれない」
氷
「黙れッ!!!」
(氷の刃が瞬時に放たれる。仮面の男の頬をかすめ、髪を凍らせる)
桜
「氷華……お前……本当に……!」
氷
「……そうよ。私、本当は……“男”よ。でも、そんなこと、関係ないでしょ?
私が私であることに、“性別”は関係ない……!」
桜
「……関係、あるわけないだろ。お前はお前だよ、氷華……っ!!」
男
「美しい友情。だが、それも今日まで。僕の役目は“記録”じゃない。“選別”だ――!」
(仮面の男が指を鳴らす。周囲の空気がねじれ、漆黒の霧が広がる)
男
「さあ、踊ってみせて。陰と陽の“正統なる後継”として」
(炎と氷が交錯し、世界が軋む――)
⸻
桜
「行くぞ、氷華! “ふたり”でやるんだ、あいつを!」
氷
「ええ。壊しましょう、この“世界の嘘”を!!」
(――あなたがいないなら、この力なんていらなかった)
⸻
夜、雨の街。
突然の襲撃。仮面の男の残した“追跡者たち”が桜華を強襲。
抵抗するも、桜華は「陽の器」として連れ去られる。
⸻
夜咲 桜華
「くそっ、熱い……っ、力が暴れる……!」
**???(司祭)**
「陽は火だ。炎は感情に応じて膨れ上がる。
さあ、王の胎を燃やす火種となりなさい、“人柱”として」
桜
「っ、氷華……氷華ァアッ!!!」
⸻
(――それでも、あなたを救いたい)
⸻
園咲 氷華
「……桜華がいないと、生きてる気がしない」
謎の黒衣の男
「君は“陰の王”として選ばれた。血を、子を、命を宿す“母体”として」
氷
「なら……私の命、すべて呪いにくれてやる。この世界を滅ぼしてでも、あの子を取り戻す……!」
(禁呪「氷界転生」――世界の“死”と引き換えに、桜華の居場所を知る)
⸻
(――それは、悲しみの連鎖だった)
⸻
桜(幽閉された祭壇にて)
「なあ、セカイってやつ……私たちの何を壊したかったんだよ」
セカイ
「壊したのではない。“正した”のだ。陰と陽は、混ざってはならない」
桜
「それでも私は……氷華と出会って、生きてると思えたんだよ!!!」
セカイ
「それが間違いなのだ。だから、君は“人柱”になる必要がある」
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(氷華、桜華の前に現れる)
桜
「……遅いよ、バカ」
氷
「待たせてごめん。迎えに来たわ。――絶対、離さない」
(ふたりは抱き合い、キスを交わす。その背後で、世界が軋み始める)
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(――この命、すべてを焼き尽くすために)
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桜
「私の炎は、“破壊”じゃない。“希望”のために燃やす」
氷
「なら私は、“終わり”を受け入れる。ふたりでこの世界を閉じるために」
セカイ
「ならば、最後の審判を。陰陽の融合が、“完全な死”を招くと知れ!」
ふたりの力がぶつかり合い、融合し、光へと変わる)
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(――さようなら、わたしたちの世界)
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世界の空がひび割れる。
人々の記憶が薄れていく。
誰もが何かを失っていく。
ただ、最後に残るのは――“ふたり”だけ。
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桜
「なあ、氷華。私たち……間違ってなかったよな」
氷
「ええ。たとえ誰にも覚えられなくても、私はあなたを愛してた」
桜
「……私も。大好きだった。ずっと、ずっと……」
(ふたり、唇を重ねる。炎と氷が静かに溶け合い、世界が白く染まる)
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「――さようなら、世界。
ここに、“陰”と“陽”が愛し合った証を、残します」
⸻
【終幕】
(ふたりは消えた。けれど、愛は確かに、そこにあった)