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第2章 トリックはシンプルに、そして“信頼”を裏切るな!

この章では、推理小説にとって欠かせない二つの“誠実さ”について語りたいと思います。


『一つは、“トリックそのもののリアルさ”』

『そしてもう一つは、“物語構造としての信頼性”』


どちらも、読者と作者がフェアに頭脳戦をするために、絶対に欠かせないものだと私は思うのです。



【1】手が届くトリックの話

──推理小説に必要なのは、“手が届くリアル”だけ


推理小説を読んでいて、時々こう思うことがあります。


――あのさ、そのトリック、どこで買ったの?


たとえば、こんなやつ。


天井裏に滑車が仕込まれてて、床下にはバネ仕掛けが待機。

深夜になるとドローンが自律飛行で飛び回り、最後にはマネキンが自動で倒れて、血糊が絶妙なタイミングで飛び散る。


……いやいや、ムリムリムリ!


そもそもドローン、そこで飛ばしていい奴?

マネキンって、どこで仕入れた? ドンキ?

……というか、もし自分が犯人だったとして、

わざわざドローン飛ばして滑車とバネとマネキン仕込んで、証拠残さずやれる自信、あります?


もちろん、映像作品として見れば、派手で面白いんですよ。

でも、偏ったミステリーマニアからみると、「……それ、マジで可能なん?」って、ふと冷めてしまう瞬間があるんです。


私が好きなのは、もっとこう――


タンスに紐を通しただけとか、鍵の抜き差しの順番に工夫があったとか、冷蔵庫の冷凍庫に忍ばせた目覚まし時計がタイミングをずらすとか、そういうやつ。


地味だけど、シンプルで実用性があって、「あっ、それは見落としてた!」と思えるような、イメージができて、手が届きそうなトリック。

それなら、自分も“推理”に参加できる気がするじゃないですか。


ドローンを飛ばされちゃうと、こっちはもう「はいはい、すごいですね」で、だったら、「ナイフを仕込むとか、爆弾積んだら、もっと手っ取り速いのでは」ってなっちゃいます。


つまり、こういうことなんです。


推理小説のトリックは、“自分でもやれそう”な範囲がちょうどいい。

そして「実際やってみたらうまくいかなかった」系の、たぶん現実では誰にもできないやつじゃないんです。


だから私は、こう決めています。


・トリックにドローンは飛ばすな(バッテリー切れたら終わりだし!)

・屋敷が回る・床が動く・建物ごと変形する装置はNG(設計費いくらよ!)

・仕掛けはシンプルかつ見落としやすく、再現可能であれ


推理小説のトリックは、“現実でやれそう”な範囲にこそ、美しさがある。

読者が「あれ、自分でも試してみたらもしかしたら再現できるかも」と思える程度のリアルさ。

この『もしかしたら』が、フィクションという舞台に“納得感”と“信頼性”を灯すものだと思います。



犯人が工事現場の重機を持ち出す前に、ちょっとそのトリック、手元のクリップ一つ、輪ゴム一本で済ませられないかを、私は考えてみたい。


その絶妙なラインにこそ、**“物語としての誠実さ”**があると思うから。


そして、“誠実さ”といえば、もうひとつ。


次の話題は、「語り手が犯人でした」「探偵が黒幕でした」――という、

読者との“信頼関係”の話です。



【2】読者の信頼を裏切るな


──語り手犯人・探偵犯人は、フェアプレイに反する!


これは、私が推理小説を書くときにずっと心がけていることです。


『読者を信じて、読者に信じられよ』


私の中の推理小説は、“読者を驚かせるためのマジックショー”ではなく、

“読者と作者のフェアな頭脳戦”だと思うんです。


・探偵――それは、真実を暴く者。

・刑事――それは、犯人を追う者。

・そして語り手――それは、読者の「目」そのもの。


……なんで、そいつらが犯人なんだよ!!!


たくさんの本から情報を得ているAIに、『貴方が一番好きな推理小説は何ですか?』と聞いてみました。


AIは「私には好き嫌いという感情は無い」と前置きをしてから、アガサ・クリスティの名作**『アクロイド殺し』**だと答えました。


「技巧的でフェアで、人間ドラマとしても優れている」と。


……『だけど、貴方の禁じ手です』と、最後にAIが言ったので、


私が――


「それなら、私は推理小説としては認めない」と。


AIはこう返してきました。「『アクロイド殺し』は、読者に嘘をついていません。

ただ、“書かなかった”だけなんです」


AIの説明を聞いて、たしかに、“語り手が嘘をついた”わけじゃない。

たぶん、構成としてはフェアで、驚きの演出も見事なんだと思います。


これは、人気がある作家さんの有名な作品だと思うので、AIの意見の方が多いのは分かります。

だから、このエッセイを読んでくれている方からの反論が恐かったけど……私の信念は譲れません。(笑)


読者は、刑事や探偵の推理を信じて読み進めている。

語り手の公平な視点を信じて、物語に参加している。

それをあえて崩すことで、読者が最後に「やられた!?」と思わせる手法もありだとは思います。


ですが、私が執筆するときのテーマは、**「誰が、なぜ、どうやって、殺したのか?」**です。読者と一緒に、“不可能を可能にする道”を探したい。


だから私が描きたいのは、こういうことです。


・「誰が、なぜ、どうやって、殺したのか?」

・その“問い”に対し、読者と一緒に同じ土俵で挑む物語


だから、私はこう決めています。


・語り手が犯人はNG(読者の目は裏切らない)

・探偵や刑事が犯人もNG(真実の象徴は、真実であれ)

・全体構造は“信頼”の上に構築すること(フェアな頭脳戦として)


私にとって、推理小説とは――

読者と肩を並べて歩く、知恵比べの冒険です。


そこにズル(私の作品はチョットは許してw)も、大掛かりなトリックもいらない。

必要なのは、誠実さと、シンプルさと、そこにちょっとの見落としだけです。


そして大切なことは、

読者に「この作者は、ずっとフェアだった」と思われることです。


でも、推理小説というのは――

信頼だけじゃ、足りないんですよ。


理詰めだけでは届かない“ひらめき”。

それを呼び寄せるのが、物語の中にいる**“バディ”のひと言**だったりします。


どこか抜けてる、でもなぜか目が離せない――

そんな相棒こそが、読者にも探偵にも、突破口をくれる存在なんです。


さあ次章では、

「なぜ推理小説には“相棒”が必要なのか?」

そして、

**「偶然ではなく、必然で成立する殺人事件とは何か?」**という、

物語の“核”に迫ってみようと思います。

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