第1章 フェアでなければ、推理にならない
――まず最初に言わせてください!!
犯人のいない推理小説の切なさは、プリンを逆さにして、何度振っても落ちてこないあの感じ……いや、これじゃあ、伝わらないか。(笑)
毒殺オチの密室トリック、あるいはラストで「実は自殺でした」なんて言われた日には、もう本を閉じながら、なんともいえない空虚感に包まれてしまいます。
「え、じゃあ今まで一生懸命、誰が犯人か考えてた自分ってなに……?」
という、ちょっと切ない気分になっちゃうんです。
推理小説って、そもそも読者と作者のフェアな頭脳戦だと思うんです。
「さて、あなたはこの手がかりで、真相にたどり着けるかな?」と作者が挑み、
読者は「よし、推理してみようじゃないの!」と構える。
読者に勝負を挑むなら、ちゃんと、納得できるカードを配ってからにしてくれと。
推理小説において、読者は「情報を共有したパートナー」であって、
あまりに突飛な結末とかで、とにかく最後に驚かせればいいものじゃないんです。
◇
【1】空間の不可能性
推理小説の魅力といえば、やっぱり“どう考えても不可能”な状況。
中でも、特に有名で心をくすぐられるのが――そう、「密室殺人」。
「こんな状況、どうやって犯行が可能なの!?」と、読者の脳をフル回転させる。
それこそが、“空間の不可能性”が持つ真骨頂です。
特に納得いかないのが、「密室殺人」と銘打っておきながら――死因が毒というパターンです。
毒を飲ませておいて、あとは被害者が自分で歩いて密室に入り、ドアを施錠。
で、しばらくして死んでました――って。
……いや、それって「密室」じゃなくて、**ただの“部屋で死んだ人”**じゃないですか?
しかも、ラストで探偵がドヤ顔で「これは自殺でした」とか言い出した日には、
読者としてはもう、肩すかしもいいところです。
まあ、タイトルに“殺人”とは書いてなかったけど……
……いや、そういう問題じゃないし!
理想の展開は、やっぱりこうです。
犯人が密室の中で、自分の手で刺すなり、首を絞めるなりして、
それでいて――どうやって部屋から消えたのか、まるでわからない。
そんな“物理的に不可能”に見える状況にこそ、
読者は「よし、解いてやる!」と燃えるんです。
……なのに、
「どうです不可能でしょう。だってこれ、自殺ですから!」
なんて展開が来た日には、肩から力が抜けますよ。
推理って、そういうことじゃない。
驚かせてくれるのは嬉しい。でも、こっちは“解きたい”んです。
お願いだから――“推理させてくれ”と。
■私の理想の密室トリックは――
たとえば、こんなシーンです。
夜。リビングで数人と談笑していた被害者が、
「じゃあ、そろそろ寝るよ」と笑いながら立ち上がり、
みんなの目の前で、自室のドアを開けて中へ入っていく。
ドアが閉まり、被害者が一人で部屋に入ったことを、全員が確認した。
直後――**カチッ。**内側から鍵をかける音。
それを、全員が耳にしていた。
その後、出入りはゼロ。
誰ひとり部屋に近づいていない。
しかし、10分後。
突然、部屋の中から――叫び声。
主人公がドアを蹴破って駆け込む。
椅子に座ったまま、胸を一突きされて絶命している被害者。
ドアも窓も、ぴたりと施錠。
凶器は見当たらず、侵入・脱出の痕跡も一切なし。
……はい、来ました。“完全な密室”。
こういうのに、私はゾクゾクするんです。
……で、ちょっと試しに、これをAIに聞いてみたんですよ。
「この状況、どうやって殺せると思いますか?」って。
返ってきた答えが、こちら。
・椅子の背もたれにバネ仕掛けのナイフを仕込んで、もたれた瞬間に発動
・天井からナイフを吊り下げ、タイマーで落下 → 排水溝に繋いだワイヤーで回収
……いやいやいや、『名探偵マリオメーカー』かよ。
で、「それって読者、納得しますかね?」と聞いてみたら、AIの答えがこちら。
「とても鋭いご指摘です。確かに納得はしませんね」
……おまえが言うな。(笑)
――だから私は、『空間の不可能性』について、こう決めています。
・犯人は、ちゃんといること。(いなくちゃ、推理にならない)
・密室殺人において毒殺はナシ。(やるなら、物理で勝負して)
・「実は自殺でした」オチはNG。(犯人当てさせる気ゼロは、ちょっと……)
これらは、私の中では――**“最低限のマナー”**です。
◇
【2】時間の不可能性
密室に続いて、推理小説でもう一つの“定番の不可能”といえば――そう、「アリバイ」です。
アリバイ崩しって、本来は超ストイックな頭脳戦だと思うんです。
「絶対にその時間、現場には行けなかったはずの人物が、どうやって犯行を成し遂げたのか?」
この一点に絞って、作者と読者が真正面からぶつかり合う。
緻密な時間管理、行動の検証、証言の重ね合わせ――一手ごとに知恵と根性が試される勝負です。
だからこそ、私は言いたい。
「ちゃんとやってくれ」と。
たとえばですが――
「実は双子でした」とか、「変装で別人がなりすましてました」とか。
……いや、それってもう、アリバイ崩しというより、**“設定で無敵化”**してるだけじゃないですか。
本来、アリバイ崩しの醍醐味って、
「この人は絶対に現場に行けなかったはずなのに、どうやって?」という
“時間と空間の矛盾”を、論理の力でじわじわ突いていく過程にあるはずなんです。
それなのに、ラストで「実は殺したのは、双子の弟でした〜」なんて言われた日には――
「はい出た、最終兵器“設定でぶん殴る”やつ!」
……ってなりますよね?
そこに推理の積み上げなんて、もうない。
ただの“作者の後出しジャンケン”。
フェアプレイじゃないし、読者の思考をナメてる。
はっきり言って――作者、反則負け。即・退場です。
あと、よくあるのがこれです。
電車の時刻表をガッツリ見せておいて――
ラストで「実は、夏祭りの臨時便が出てました!」とか、
「途中で飛行機に乗っちゃいました!」とか。
……いや、ちょっと待って。
じゃあなんで、あんなに時刻表を丁寧に見せてきたのよ!?
読者はページをめくりながら、乗り換えや到着時刻を真剣に追ってたんですよ。
指でページを戻したりして、「この便に乗ったのか……いや待てよ」って、
頭フル回転で読み解いてたのに、
最後に「その電車、使ってません」って――
……そりゃ本も閉じますって。
さらに、「目撃者の証言がウソでした」とか、「実は思い違いでした」とか。
もうここまで来ると――
「どっちなんだい!!(by なかやまきんに君)」
状態です。読者の脳が筋肉痛になります。
そして極めつけが、これ。
アリバイ崩しをしていたのに――
**「実はこの死体、別の場所で殺して運びました」**パターン。
……いやいや、ちょっと待ってくださいよ。
それ、うちの米沢さん(※『相棒』の鑑識)を敵に回してますよ?
血痕の飛び方、死斑の位置、床の擦れ跡、遺体の冷たさ……
鑑識って、魔法じゃなくて“科学と経験”で事件を読み解いてるんです。
それを最後に、「あ、死んだのは別の場所でした〜」なんて言われたら――
米沢さん、眼鏡外して震えます。
で、右京さんが、静かにこう言うわけです。
「あなた、人間として……恥を知りなさい」
「許しませんよ」
……置いてけぼりの読者は、こうなります。
「え、じゃあ今までの鑑識パート、全部ノイズだったの!?」
崩れ落ちますよ、ほんとに。
だってそれ、**ミステリーじゃなくて“イリュージョン”**なんです。
つまり、“謎”じゃなくて、“仕掛けの暴露”で終わっちゃってるんです。
――だから私は、『時間の不可能性』について、こう決めています。
・双子は禁止。(DNAが同じでも、トリックは別だ)
・変装による入れ替わりも禁止。(変装の魔法、使わないで)
・臨時便・裏道・秘密の交通手段、原則NG。(ファンタジーじゃないんだ)
・目撃証言の曖昧さやウソでの誘導もNG。(証言はフェアであれ)
・「別の場所で殺して運んだ」オチも禁止。(鑑識をなめるな。許しませんよ!)
これらは、やっぱり“フェアプレイの基本ルール”だと思うんです。
読者は、ちゃんと頭を使って、論理的に読み解こうとしている。
なのに、あとから“それ言っちゃう!?”みたいな後出しで台無しにされたら……
もう、この作者の作品、次は読まなくていいかなって。
キャラがどんなに良くても、動機がどれだけ深くても。
このルールを破ってしまったら、
私の中では、それはもう“推理小説”じゃありません。
……さて。
次の章では、さらに熱く語らせてもらいます。
「ドローンが飛び交うトリックは、どうなのか問題」について――です。