権利?譲りますとも
手紙書くのって難しいですね……。
親愛なるお父様へ
私が好んで過ごしている中庭ではカスミソウの花が可憐に咲いていて心癒されておりますわ。学業の方も恙無く、今期の成績なんと首位を取りましたの!今後は下がる一方ですわ!少しでもお父様が誇りに思ってくれたなら嬉しい限りです。
そうそう、先日担当している花壇の水やりに行った所、花を植え替えた後がありまして気になって掘り返しましたの。するとなんと!貴重なコエデナクナールの種が植えられていたのです!是非とも譲って頂きたいと先生に申し出たのですが断られてしまいましたわ。残念です。確かにコエデナクナールは誤って摂取すれば声が出なくなる上に解毒剤も効くかどうかは五分五分の強い毒性を持っていますが……残念ですわ。私好奇心に負けて煎じてみたり菓子に混ぜようなどとは思っておりませんのに。実物を見たのは初めてでしたからもっとよく観察しておくべきでした。お父様はコエデナクナールの種を見たことは御座いますか?お祖父様が発見して命名したとのことで……………
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……………………………(ご想像にお任せします)………………………
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………という訳でして、
ランディール公爵家の三男であらせられるアラン様より『好きなんだ!政務が!』ととても情熱的な告白をして下さり、是非とも私の旦那様にとプロポーズしてしまいました。我が家から改めてランディール公爵様へ婚約の打診をよろしくお願いします。
追伸
先生達からコエデナクナールについて訊ねられた際に「現在はお父様が第一人者です」と答えましたので、学園より使者が向かわれるかと思います。対応の方お願いします。
フローレンスより
「……何という事だ…」
「ど、どうされました?フローレンスお嬢様からのお便りですよね?」
たまたま報告の為に屋敷を訪れていた若い代官ははじめてみるラオスの動揺に恐る恐る訊ねた。
「一大事だ」
「まさかフローレンスお嬢様に何か」
「私の隠居が五年早まるかもしれん」
「……は?」
「フローレンスのやつ、政務が好きという奇特なーーゴホンッとても尊敬できる青年を捕まえたらしい」
ラオスから手紙を見せられた執事は「それは宜しゅうございました」と笑みを浮かべたが若い代官は困惑した。
「……これは、喜ぶ所なのですか?政務が好きって…フローレンスお嬢様ではなく政務ですよ?」
「大丈夫だろう。フローレンスは人間の好き嫌いがはっきりしている。好きになれないなら自分からプロポーズはしないだろう」
「ですが…フローレンスお嬢様個人の事を尊重しない可能性があるのでは」
「それはなさそうだがな」
「…何故ですか?」
「ランディール公爵家には現在三人の令息がいて、継ぐのは長男だ。で、あそこは代々陛下の側近も務めている。王太子殿下と長男は年齢が近く能力的にも現公爵に続き側近となるだろう」
「はあ……」
「そうなると、公爵家の内政は妻に任せるとしてもまあやることが多い。つまり領地にまでは手が回らない。優秀な代官はいるだろうが血筋の者に継がせたいと思うのが一般的な思考だ。ランディール公爵家は余分な爵位も息子二人に継がせられる領地もある。本当に政務がしたいだけなら長男を支えるなり、公爵家の領地を継ぐなりすればいい話だ。わざわざ辺境の地にある格下の子爵家に婿としてくる必要がない。つまり、フローレンスの何かしらを気に入った可能性が十分あるんじゃないか、という話だ」
「なるほど…ですがそれだと……いえ」
「まあ中々奥手のようだな。最近ではヘタレと言うのだったか」
折角言わずにいた事をあっさりと述べたラオスに若い代官は苦笑いを浮かべるしかない。
「何であれフローレンスが納得しているなら私に異はない。早速ランディール公爵家に婚約の打診と訪問の予定について便りを出さねば」
ラオスはベルを二回鳴らした。
「旦那様お呼びでございますか?」
「ガブリエル、フローレンスの婚約打診と訪問日程について早馬で届けに行くよう指示をだせ。それから仕立て屋に連絡してオーダーメイドは間に合わぬから、既製品の中でも上等で且つ刺繍などの手直しができるものを持ってくるよう伝えてくれ。ああ、それからローグ弁護士に連絡を。爵位とそれに伴う権利の譲渡について書類を纏めねば」
「承知致しました」
「オスカー、婚約と婚姻に関する契約書が完成したら一足先にランディール公爵家へ訪問を頼む。あそこは昔から契約関係は一旦家令を挟むのを好むからな」
「承知致しました」
そうしてランディール公爵家への訪問日までの間、ラオスはそれはもう精力的に動いた。それを見た使用人達の反応は、
「…え、旦那様急にどうしたの?明日世界が終わるの?」
「あぁ、代替わりの目処がたったのかぁ……」
と歴の浅い使用人と長い使用人で綺麗に別れたという。
***
「……なんだこの契約書は。実は巧妙な罠で我が家を陥れようとしているのか?」
こめかみを指で揉みながらギルギオは疲れた声で言った。
「ランディール公爵家当主様ともあろう方がこれは異なことを。うちの旦那様が他家を陥れる程に爵位に興味がある筈が御座いません。これは罠ではなく本気です」
「尚悪いだろう…」
一つ、アリスドール家の持つ権限、財産全てを婿となる
アラン・ランディール公爵令息(以下乙)に譲渡する
一つ、アリスドール家の今後の継承権は乙の血を引く者
とする
……など要約すると『アリスドール家丸ごとアラン殿にあげます。現在アリスドール子爵家の人間となっている者はみんな平民に降る(フローレンス以外)から心配しないでね』という事が細部に渡って記されていた。
「恐らくフローレンスお嬢様もこの内容で御納得なさいます」
「……お前はそれでいいのか?先代からあの家に仕えているのだろうが」
「お仕えしているからこそ見えてくる事も御座いますれば」
「つまり?」
「隠居フィーバーとなっている今の旦那様に何を言っても無駄で御座います」
「……苦労するな」
「恐悦至極で御座います」
お家乗っ取りを推奨しているとしか思えない契約書類達は後日現アリスドール子爵家の当主交代の日時が決定してから再び話し合う形となった。
※おまけ
「……はぁ…通るわけないだろこんな契約書……」
「家令には契約内容はこちらの意見も反映させるから当日まで白紙でと言付けを頼んだ。……はぁ…他の仕事は至ってまともなのにどうしてああなるんだ……」
「まあ…あれだな。アランに主導を渡す形にして領主代理として必要な事のみで作成しよう」
「……アランに主導が握れるのか?」
「…自分の息子だろう。信じてやれ」
「相手はアリスドール家だぞ」
「……健闘を祈るか」
哀愁漂う陛下と公爵がいたとかいなかったとか。
最後まで読んで下さりありがとうございます!