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【BL】吸血鬼の領主と身代わりの花嫁  作者: 朏猫


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25 知りたいと思うこと

 宿泊先に到着したその日の夜、ヴァイルが「一緒に湯を使うか?」と口にした。


「え……?」


 湯で体を清めようと布や着替えを用意していたシュエシは、それらを手に持ったまま目を見開く。


(どういう意味だろう……)


 いや、意味はわかる。ただ二人で(・・・)と言われたことがわからなかった。


(まさか体を拭い合うとか……?)


 シュエシにとって湯を使うというのは、布を湯に浸し、それで全身を拭うということだ。両親と旅をしていた幼い頃からそれが自分たちの湯浴み方法で、両親を亡くしてからもそれは変わらない。さすがに冬は湯を沸かしていたが、髪の毛を洗うほどの湯を沸かすのは大変だったため昼間に水ですすぐことが多かった。

 意味がわからずぽかんとしていると「何をしている?」と声をかけられた。戸惑いながらも「行くぞ」と手を引かれたら断ることはできず、一緒に浴室に入る。「どうしよう」と困惑したまま立ち尽くすシュエシの前でヴァイルが服を脱ぎ始めた。

 シュエシは慌てて視線を逸らした。すると視界に優美な形をした湯船が入る。たっぷりの湯が入っているのか湯気が立ち、周囲をほんのり白くしていた。


(ど、どうしたらいいんだろう)


 目の端に惜しげもなく裸体をさらすヴァイルの姿が映っている。意識がはっきりしているときに全身裸の姿を見るのは初めてで、慌てて奥の湯船を見た。見てはいけないと思うものの、気になって結局チラチラと視線を向けてしまう。


「なんだ、恥ずかしいのか? 体など何度も見ているだろう」

「そう、ですけど」

「さっさと脱げ、湯が冷めてしまうぞ」


 裸のヴァイルが近づいて来る。慌てて視線を逸らしながら胸元のリボンに手をかけた。ところが緊張からか指が震えてうまく解くことができない。


(目の前でドレスを脱ぐなんて……まるで本当の女性になってしまったみたいだ)


 旅を始めてからもヴァイルが用意するのはドレスばかりだ。いつの間にかドレスを着るのを当たり前に思っていたが、さすがに目の前で脱ぐのは恥ずかしい。せめて男の服なら気にならないのかもしれないが、服も下着も男物を与えられることはなかった。

 もたつくシュエシの背後にヴァイルが近づいた。そっと身を屈め、耳元に顔を寄せる。


「湯浴みのお手伝いをいたしましょうか、奥様?」


 突然聞こえてきた艶やかな声に慌てて振り返った。まるで執事だったときのような笑みに、当時のことが蘇る。密かに想いを寄せて悶々としていたことまで思い出してしまい顔が真っ赤になった。

 俯きながらもじもじと手を動かす様子に、ヴァイルが小さくため息をついた。


「まさか、いまだに執事のほうがよいなどと思っているわけではないだろうな?」

「そ、そんなことありません」

「その割にはうれしそうに見えるが?」

「ちっ、違います」

「まぁ、いいだろう。それよりさっさと服を脱げ」

「あっ、あのっ」


 脱げと言いながら、あっという間にドレスも下着も奪われてしまった。全身真っ赤になったシュエシを軽々と抱き上げたヴァイルは、そのまま湯船に入り膝に座らせるようにしながら体を沈める。

 湯船の湯に尻が触れた瞬間、シュエシは「ひぇっ!」と悲鳴を上げた。慌てて身をよじり、湯船の外に飛び出す。


「おい、何をしている」

「だ、だって」

「さっさと中に入れ」

「で、でも」


 湯船に沈められるとは思わなかったシュエシは、青ざめた顔で湯船を見た。その様子に「まさか」とつぶやいたヴァイルが眉をひそめる。


「湯に浸かるのは初めてか?」

「は、はい」


 返事をするシュエシの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。まるで水を怖がる幼子のような反応に端正なヴァイルの顔が険しくなる。


「これまで湯浴みはどうしていた?」

「て、手桶に湯を入れて、布を浸してから体を拭っていました」

「髪は洗っていただろう? なぜ体もそうしなかった?」

「ゆ、湯は大切に使うものですから」


 ヴァイルの口から小さなため息がこぼれ落ちる。怒ったのかと思い体を震わせると、「いいから来い」と言われてシュエシが眉尻を下げた。


「湯浴みの仕方を教えてやる」

「で、でも」

「わたしはこうして湯に浸かるのを好む」

「ぼ、僕はいままでどおりで大丈夫です」

「おまえもきっと好きになる」

「そ、そうかもしれませんけど」

「二人で湯に浸かりたいとは思わないのか?」

「え?」

「こういうのは家族になったように感じられていいと思ったんだが」


 家族という言葉にシュエシの目がゆらりと揺れた。戸惑いながらもチラチラと湯船を見る。その様子に小さく笑ったヴァイルは、湯船から一旦出るとシュエシを抱きかかえて再び湯に体を沈めた。


「っ」


 初めて感じる感覚にシュエシは息を呑んだ。咄嗟にヴァイルの腕を掴み、恐怖に耐えるかのようにぎゅうっと目を閉じる。川で水浴びをしたことはあったが、それとはまったく違い肌がピリピリするのが恐ろしい。段々と顔まで熱くなり、少しだけ息苦しくなる。


「これからは何もかもわたしが教えてやろう」


 優しいヴァイルの声に、そっと瞼を開いた。窺うように仰ぎ見ると、黄金色の瞳がじっと自分を見つめていることに気がついて慌てて俯く。


「おまえは化け物としてだけでなく人としても幼子のようなものだとわかった。これからはわたしが手取り足取り教えてやろう」

「だ、大丈夫です。一人で、できます」

「遠慮するな」


 濡れた手に髪の毛を掻き上げられ肩がふるっと震えた。顕わになった耳に触れるだけの口づけを落としたヴァイルが「花嫁の世話をしたいだけだ」と囁き、シュエシの耳もうなじも真っ赤になる。


「さて、洗うか」

「え?」


 ヴァイルが湯船のそばに置いてあった石鹸を手にした。何をするのだろうと目で追っていると、なぜか湯船にそれを入れて泡立て始める。見る間に湯が泡だらけになるのを驚いて見ていると、湯から石鹸を取り出したヴァイルの手が今度はシュエシの腕を撫で始めた。


「ひっ」

「おとなしくしろ」

「で、でも」

「洗うだけだ」

「あ、あの」

「ほら、次は胸だ」

「っ」


 ぬるりとした手に胸を撫でられビクッと震えた。息を詰めていると、今度は太ももや膝を擦られて「んっ」と声が漏れる。


「相変わらず敏感だな」

「んぅっ」

「洗っているだけだぞ?」

「わ、かって、ん!」


 ヴァイルの手が胸を掠めて高い声が上がった。勝手に淫らな熱を持ってしまう自分が恥ずかしい。それでも感じてしまうからか、それとも熱い湯に浸かっているからか、段々と頭がぼんやりしてきた。


「おまえがどのように生きてきたか聞かせてほしい」

「……え……?」


 よく聞き取れずに背後をそっと仰ぎ見た。優しい表情にドキッとし、慌てて視線を前に戻す。目の前では大きなヴァイルの手が自分の手を撫でるように洗っている。


「これまでのおまえのことが知りたい」


 そう言いながらヴァイルの手が指の股を優しく擦った。まるで指を絡めるような仕草に鼓動がますます速くなる。


「幼い頃旅をしていたときのこと、失った両親のこと、あの土地でどのように生きていたのか、そうしたことを知りたい」

「でも……あまり楽しい話では、ないと思います」

「かまわん。おまえのことが知りたいだけだ」


 ヴァイルの指が骨張った自分の指をするりと撫でた。それだけで官能的なものを感じてしまい、肌が粟立つ。同時に両親と手を繋いだ幼い頃の記憶が蘇ったからか、湯の熱とは違うポカポカとしたものを感じた。


「小さいときのことは……あまり覚えていません」

「覚えていることでいい」

「……たぶん、僕がまだ三歳か四歳くらいのときですけど……大きな川があって……」


 ポツポツと記憶にあることを言葉にする。それをヴァイルは静かに聞いた。

 この日、シュエシはあの土地にたどり着くまでのことをヴァイルに話して聞かせた。おぼろげな記憶をたどる言葉はわかりにくいはずだというのに、ヴァイルは静かに耳を傾け続ける。それは湯から上がった後も続き、ベッドに横になってからもシュエシは言葉を紡ぎ続けた。


「ヴァイルさま……僕の話、おもしろいですか……?」


 珍しくたくさん話したからか急激に眠くなってきた。それでも気になってぼんやりした声で尋ねると、「興味深く聞いている」と返ってくる。


「そう、ですか……よかった……」


 なんとか耐えていた瞼が少しずつ下りてくる。それでも起きていなくてはと何度か目を瞬かせたものの、結局眠気には逆らえず目を閉じた。


(ヴァイルさまが楽しんでくれたなら、よかった)


 それがうれしくて、シュエシの頬が緩む。


「おまえはわたしの花嫁だ。この先はわたしが守ってやろう。だからもう悲しむことも苦しむこともしなくていい」


 艶やかな声が聞こえた気がした。半分眠っていたせいか聞き取ることはできなかったものの、低く柔らかな声がすぐそばで聞こえるのがうれしい。シュエシはヴァイルの胸に頬を寄せながらふわりと微笑んだ。

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