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12話 ふたりきりのデート

陽春のひととき。

ヒノモトの朝は、しんと澄んだ空気に満ちていた。やわらかな光が木格子の窓を通り抜け、桜色の光となって畳に滲んでいる。


その光の中で、わたしはひとつ、深く息をついた。


絹の衣擦れが、かすかに音を立てる。

今日は普段のドレス姿ではなくて……身にまとっているのは、鮮紅の着物。繊細な絞り染めと金糸の刺繍が、春の花園を思わせる模様を描き出し、動くたび、裾が波打つように揺れた。


背中を支える帯は、まるで芸術品のようだった。

鳳凰と波紋の意匠が緻密に織り込まれた豪華な丸帯で、丹念に結い上げられた文庫結びが、着物の気品にさらなる威厳を与えている。


「……なんだか、変な気分ね。見慣れないわ」


鏡の奥の自分が、現実のものとは思えなかった。

異国の衣装に包まれながら、どこかで懐かしさすら覚える――まるで、胸の奥にしまっていた記憶が、ふと呼び覚まされるような感覚。


「君は、どんな姿でも見惚れるほど美しいけれど……今日は、一段と綺麗だね」


声の主は、カミルだった。

いつもの白衣ではなく、今日は彼もヒノモトの正装に身を包んでいる。藍色の袴に淡い灰の羽織。簡素だが、細部まで仕立ての良さがうかがえ、彼のしなやかな身体にしっくりと馴染んでいた。


わたしは、ふっと笑みを漏らす。


「まぁ、カミル。よく似合っているわ」


今日はサクラもスギモトも連れず、カミルと二人きりで城下町デート。とはいえ、護衛は少し離れたところから目を光らせてくれている。

それでも、久しぶりのカミルとのデートに心は躍った。


「今日は、どこに行きましょうか」


私は少し声を潜め、でもわくわくする気持ちを隠せずにカミルへ向けて言った。

カミルは横顔を見せ、柔らかく微笑む。


「うーん。そうだね……折角だから、ゆっくり観光をしたいな。まだふたりでは、歩いていないだろう?」


そう言いながら、ふたりの間にほんのわずかだけ間が生まれる。その距離感が、なんだか新鮮で、心をくすぐった。


並んで歩く石畳の道は、朝の陽射しを受けて淡く輝く。

両脇には瓦屋根の家々が連なり、軒先からは色鮮やかな暖簾が揺れている。


通りの向こうでは、花屋の店先に並んだ桜色の花が風に揺れている。小さな露店では、手作りの簪や木製の小物が陽光を受けてきらりと光る。

石畳に響く足音、遠くから聞こえる子供たちの笑い声、瓦屋根に反射する光――すべてが、今日のデートの特別な時間を彩っているように感じられた。


並んで歩く石畳の道を少し外れたところに、小さな小物屋が並ぶ路地を見つけた。

木の格子戸の隙間から、漆塗りの櫛や手鏡、色とりどりの簪がちらりと見える。


「ちょっと覗いてみましょうか」


私がそう言うと、カミルは軽く頷き、二人で店の中へ足を踏み入れた。

棚には、小さな香炉や和紙細工、金銀の細工を施した装飾品まで、まるで宝石箱のように整然と並んでいる。

私は奥の棚にある手鏡に目を留めた。白百合が丁寧に描かれた、淡い色合いの鏡。

――とても可愛い。今頃、私の代わりにサロンで頑張っているリリィに、お土産に買って行こうかしら。

思わず手に取り、柔らかく手の中で包む。ひんやりとした木の感触が、手に心地よく伝わってくる。


そのとき、カミルが一歩近づき、私の髪の横に手を伸ばした。


「この色、君に良く似合うね」


彼の指先がかんざしに触れ、そっと髪に当てられる。

ブロンドの髪に紅玉の石がきらりと光る。

胸の奥がじんわりと熱くなり、思わず視線を逸らす。


「……そ、そお?」


「うん、とても似合うよ。ああ、これも」


今度は翡翠の簪をそっと髪に添える。

冷たい石の感触が髪をすべり、心臓の奥がきゅっとなる。

落ち着かない気持ちになり、手のひらを軽く握りしめた。


「どうかした?」


「……こういうの、慣れてないのよ」


元婚約者だった殿下からは、私のために贈り物をもらったことが一度もなかった。

カミルからは確かに贈り物を受け取ったことはあるけれど、こうして目の前で自分のために選んでくれるのは、はじめての体験だった。


「じゃあ、慣れるまで付き合おう。この簪はどうかな?」


カミルの指がそっと髪に触れ、紅玉が光を反射するたびに胸がきゅっとなる。私は小さく頷き、手に握っていた手鏡を少し持ち上げる。

店主が微笑みながら近づいてきた。


「お嬢さん、そちらの簪も手鏡も、ご興味がおありですか?」


私はうなずき、手鏡を指さす。


「ええ、この白百合の柄がとても素敵で……」


「お目が高い! ご覧の通り、すべて職人の手作りです。一つひとつ花の陰影まで丁寧に仕上げております」


その説明を聞くと、さらに愛着が湧いてくる。

カミルも簪を店主に差し出し、髪に当てた感触を確かめながら尋ねる。


「こちらも、同じく手作りですか?」


「はい。紅玉と漆塗りの組み合わせは、髪になじむよう細かく調整しております。お嬢さんのお髪にもきっと似合いますよ」


お互いに小さく目を合わせ、自然に微笑む。


「じゃあ、この二つをいただきます」


手鏡と簪をそっと袋に包んでもらい、受け取ると胸がほんのり温かくなる。


店を出ると、外の路地には子供たちの笑い声が響き、軒先の暖簾が風に揺れていた。

カミルの腕に軽く触れる。そのまま、腕を組んで歩き始めた。


路地を抜けると、活気ある広場に出た煮物の甘い香り、香ばしく焦げた煎餅の匂いが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。

屋台には赤い布をかけ、木製の器に並べられた小さな料理たち。店主たちの呼び声や笑い声が飛び交い、人々の熱気が心地よく胸に届く。


「あっ、……この香り……」


わたしは立ち止まり、炭火で焼かれる団子の屋台を見つめる。焼き色のついた団子が、串に刺さって艶やかに輝いていた。


「やっぱりお団子だわ!」


香ばしい醤油の焦げた香りが、春風とともに漂ってくる。


「買い食いなんて行儀悪いけど……旅の間くらい、いいわよね?」


カミルに笑いかけると、彼は肩をすくめながらも手を差し出した。


「うーん、貴族らしくないと言えば、そうだけど……今更じゃないか。それに本国の奴も見てないしね」


カミルは屋台でみたらし団子を二本買って、その一本を渡してくる。

わたしがひと口頬張ると、とろりとした甘じょっぱいたれが舌の上に広がり、香ばしい焦げ目が奥行きのある味わいを添えた。


「美味しい……! もちもちしてて、最高だわ!」


気がつけば、通りの人々がこちらをじっと見つめている。

異国の男女が、着物を纏い、微笑み合いながら団子を分け合う光景。確かに人目を引くだろう。

顔に熱が集まる。私は串を最後まで齧り取り、そそくさとその場を後にした。


カミルが静かに歩調を合わせてくれる。

ふたり並んで歩く道は、にぎやかな通りを抜けると、だんだんと人影がまばらになり、周囲は次第に静けさを取り戻していった。

土の道の両脇には菜の花が咲き、春の匂いを乗せた風が髪をなでていった。


「この先よ」と私は小さくつぶやき、ゆるやかな坂を上り始める。

しばらくすると、古い瓦屋根と朱塗りの門が、木立の向こうに姿を現した。

立ち並ぶ石灯籠や重厚な門の造りは、長い歴史の積み重ねを物語っているようだった。


「此処が神社か」


「ええ」


やがて私たちは神社の境内へと足を進めた。

両脇には桜の木がずらりと並び、苔むした石段を上りきった先に広がる景色に息を呑む。


私は目を見開き、ふわりと微笑んだ。

手を取り合う温もりは、風に舞う花びらよりもあたたかく、確かなものに感じられた。


ずっと昔、前世の事になるけど、桜は七分咲きが一番綺麗だととある本には書いてあった。

でも、満開の桜も嫌いじゃない。

風に乗って桜の花びらがはらはらと舞い散る中を歩くのは、まるでピンク色のシャワーを浴びているみたいで、気持ちが良かった。石畳の道には花びらがうすく積もり、風が吹くたび、薄紅の波がさらさらと足元を流れていった。


「わあ、大きな桜の木だわ!」


境内の中心にそびえるその一本桜は、まるで空に届くかのように高く、大きく枝を広げていた。

無数の花が咲き誇り、春の風に乗って花びらが舞い落ちる様子は、まるでこの世のものとは思えないほど幻想的だった。


「綺麗……」


私は吸い寄せられるようにそのもとへ近づく。太い木の幹に手をついて空を仰げば、視界一面が桜色に埋め尽くされた。ふと視線を下ろせば、花の足元には若葉が顔をのぞかせている。芽生えた命の輝きに、思わず微笑みがこぼれた。


「ねえ、カミル。見て……」


振り返ろうとした瞬間、不意に背後からふわりと抱きしめられる。


「な、なに。どうしたの、カミル」


「エリィが桜に攫われてしまうと思って……」


低く切なげな声が、耳元で震える。ぞくりと背筋に甘い衝撃が走った。


「もう……なにそれ。ずいぶんロマンチックなことを言うのね、カミル。……カミル?」


桜に攫われるだなんて、前世で言う少女漫画の台詞みたいよ。思わず笑いながら返すが、彼はなぜか黙ったまま。振り向こうとするけれど、腕の力が強くて動けない。


「カミル……?」


ずっと黙ったままのカミルに不安を感じて、再度名前を呼ぶ。

自分の体を抱きしめる腕にそっと手を重ねれば、かすかにふるえていることに気が付いた。


「貴方は……不思議な人だ」


長い沈黙を破った後、ぽつりとカミルは言う。


「エリィ……。君が何か隠し事をしているのは……知っている」


「っ……!」


胸の奥がどくん、と跳ねる。


「僕は医者だけど、君が話すことには知らないことが多すぎる。医学の知識も、言葉も……そして、その目だ。君は時々、遠い場所を見ているみたいになる」


脈が早鐘を打つ。

ヒノモトの風景に懐かしさを重ね、前世――日本への想いに浸っていた。

知らず知らずのうちに、それが表に出ていたのかもしれない。


「エリィが何か秘密を抱えているのを、大分前から薄々……気づいてた」

エリザベートの過去がついに明かされる――?

『聖女のわたしが犠牲になって世界を救ったら、攻略キャラがヤンデレ化しちゃったんだけど!?』というヤンデレキャラから愛される短編小説を書きました。ヤンデレ好きでしたら、読んで頂けると幸いです。

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