2話 ダイエット革命、始動!
アメリアが手慣れた手つきで、蒸気の立ちのぼるポットを傾けた。繊細なティーカップに琥珀色の液体が注がれていく。湯気にのって、かすかに花と果実が混じったような豊かな香りがふわりと鼻をくすぐった。
陽射しを受けたカップの縁を、紅茶が静かに波打っている。
アメリアは、私付きの侍女だ。
私の身の回りのことを、ほとんど一人でこなしてくれている。年若いのに、その目元には年齢にはそぐわぬ落ち着きと、日々の労苦がそっと滲んでいた。
「お嬢様、お茶の時間でございます。本日もお好きなものを取り揃えましたわ」
アメリアがうやうやしく差し出したトレイは、目も眩むような甘味の祭典だった。
蜂蜜をたっぷり染み込ませたハニーケーキに、金色に焼き上げられたカスタードタルト。その横には、プルーンと干しイチジクを赤ワインとシナモンで煮詰めた果実のシロップ煮が、銀のカップに湛えられていた。
どれも、いかにもカロリーが高そうで、そして……胃袋にどっしりと来るものばかり。
さらに中央には、職人の手によって愛らしい小鳥の姿に仕上げられたマジパン菓子まで鎮座していた。羽の模様まで丁寧に着色されていて、食べるのが惜しいほどだ。
「お嬢様の大好物、ハニーケーキには蜂蜜を二重に塗ってございますのよ。ふふ、たっぷりと♪」
「……ありがとう、アメリア」
私の声はどこか虚ろだった。
朝食が終わって、またすぐに昼食。からのわずか一時間後の「お茶の時間」
こうして、貴族の女性たちは贅沢な食事に甘いスイーツと、優雅に微笑みながらも胃袋に負担をかけ続けているのね。ふふ。
こんな食事を続けたらどうなってしまうのかしら。……いや、既になっていたわね。
ふと、目を落とす。絹のドレスの下にはでっぷりと重たい下腹がある。今朝、ドレッサーの鏡に映った自分の姿を思い出し、口元をきゅっと結んだ。
『……見苦しい』
いつかの、王子の言葉。
あのひと言は、私の心に鈍い杭を打ち込んだまま、まだ疼いている。
「アメリア、今日は……甘味は結構よ」
「……え?」
アメリアの手が止まり、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「その……ご気分がすぐれないので?」
私はにこりと笑って首を横に振った。
「いいえ。心配しないで。ちょっと、最近の生活を見直そうと思っただけ」
これは小さな思いつきなんかじゃない。
そう、これは“革命”だ。この世界で、誰も成し遂げたことのない、美と健康の革命。
まずは、食事から。
私は静かに、でも心に決意を込めて宣言した。
「私、ダイエットしようと思うの」
「また……ダイエットを、ですか。かしこまりました。では、絶食を……?」
以前、私が無謀な減量に挑んで失敗したことを、アメリアは思い出しているのだろう。顔を曇らせ、見るからに心配そうな目を向けてきた。
「いいえ。今度は違うの。食事は抜かずに、痩せるわ」
「え、食事を抜かさずに……痩せるのですか……!?」
アメリアは目を丸くして声を上げた。トレイの上のハニーケーキも忘れ、呆然とこちらを見つめている。
「そうよ。むしろ、必要な栄養を摂らなきゃ痩せないのよ。人間の身体って、飢餓状態になると逆に太りやすくなるの」
アメリアは、未知の知識に戸惑いを隠せない様子だった。
それも当然ね。この世界では痩せるには食べなければいいという間違った知識が広まっている。
でもね、食べないダイエットをすると、必要な栄養を摂取できないから身体が飢餓状態に陥り、消費エネルギーを抑えてより多くの栄養を取り込もうとするの。
そのせいで、少しの食事でも脂肪が蓄積してしまうようになり、リバウンドしやすくなる。
「それに、食べないとすぐにお腹が空くでしょう?その空腹状態で食事を取ると、血糖値が急激に上がって……それを下げるために大量のインスリンが出るの。で、このインスリンが……太る原因になるの」
「い、いんすりん……?それは毒物か何かですか?」
「ふふっ、違うわ。体内で出るホルモンよ。けど、油断してると本当に厄介なのよね」
アメリアの目はまん丸になり、うなずくたびにカチューシャのフリルがひらひらと揺れる。
「だから、大事なのは何を食べるかなの。量より質。パンやパスタばかりじゃなくて、野菜やたんぱく質をたっぷり摂るようにすればいいのよ」
「たん……ぱくしつ?それも何かの薬ですか?」
「違うわ、お肉や魚、豆とかね。身体を作る栄養のこと」
食べないという選択肢がないのなら、食事の内容を変えればいい。中でも特に気をつけるべきは、炭水化物の摂取量よね。今の食事は炭水化物を摂りすぎてるから。
パンやパスタ、ご飯などの炭水化物は確かに必要な栄養素だけど、摂りすぎると余ったエネルギーが脂肪として身体に溜め込まれてしまう。
……そういえば、この世界ってお米ってあるのかしら?いつか和食も食べたいな。和食は健康にも良いし……それはさて置き。
「そうと決まれば、調理人に相談しましょう!」
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