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1話 おデブ悪役令嬢に転生!?

朝の通勤ラッシュ。電車のホームは人々でごった返し、私はいつものようにスマートフォンを握りしめていた。


画面には、最近ハマっている乙女ゲーム『聖なる微笑みは王宮に咲いて』のキャラクター紹介が映っている。きらびやかな王宮を舞台に、聖女のように清らかなヒロインと個性豊かなイケメン達が出会い、恋に落ちる物語。

その中でも特に印象的だったのが、エリザベート・グラシエルだった。物語の中で主人公に嫌がらせを繰り返して断罪される、典型的な“悪役令嬢”。


「エリザベートも嫉妬して嫌がらせするぐらいなら、振り向いてもらえるように努力すればよかったのに……」


でも、それじゃあ悪役が居なくなっちゃうか。恋愛ドラマには、スパイスが必要。悲劇のヒロインが輝くためには悪役令嬢(エリザベート)は必要なのだろう。


そんなふうに自分を納得させて前を向いたその瞬間だった。視界の隅に、ホームの端に佇む男性の姿が映る。彼はふらふらと足元をおぼつかせ、今にも線路に落ちそうな様子だった。


「危ない!」


咄嗟に体が動いた。彼を引き戻そうと手を伸ばした瞬間、視界が真っ白になった。耳鳴りと共に、全身が宙に浮くような感覚に包まれる。


――そして、意識が途切れた。



***


目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。豪奢なシャンデリアが煌めき、天蓋付きのベッドに横たわっている自分に気づく。


「……どこ、ここ……?」


かすれた声が、しんと静まり返った空間に溶けていく。


重たい身体を起こすと、ふわりと香るラベンダーとローズの香り。広々とした天蓋付きのベッドに、繊細な刺繍が施されたカーテン。周囲には、見慣れない家具や装飾品が並び、まるで中世ヨーロッパの貴族の邸宅のようだった。

けれど、それ以上に私の目を引いたのは、向かいの鏡に映った人物だった。


「……だれ?」


いや、正確には「これが、私……?」だった。


鏡の中には、ブロンドの巻き髪に赤い瞳の少女がいた。青白い肌、厚い頬、二重顎、脂肪に埋もれて小さな目。巨大なフリル付きのドレスが身体の輪郭を消している――あまりにもふくよかすぎて、首がどこにあるのかさえ曖昧だ。


頭が混乱するなか、今朝の記憶が唐突に蘇る。通勤途中、プレイしていたゲーム……。

ああ、そうだ。思い返せば、鏡に映った少女はプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢にそっくりだ。


「私、エリザベート・グラシエルに生まれ変わってる!?」


現実感のない状況に戸惑いながらも、少しずつ状況を整理していく。

エリザベートは主人公ルチアに嫉妬し、陰湿な嫌がらせを繰り返し、最終的には断罪イベントで王子に罵られ、国外に追放される。虚栄心が強く傲慢な性格で、でっぷりと肥って縦より横の方が広く見えそうな体格をしている。そして、婚約者である王子には常に蔑まれている――そんな悲惨なキャラクター。


「嘘、うそ……私、ゲームの世界に転生したの!?」


絶望が喉の奥からせり上がってくる。

これが夢であればどれだけ良かっただろう。でも鏡の中の“私”は、そんな願いを容赦なく裏切ってくる。

私は、乙女ゲームの“悪役令嬢”に転生してしまったのだ。


「ちょ、ちょっと待って!このままだと私、断罪されて、追放……!?」


言いかけた声は悲鳴となって、ドスン!とベッドから転げ落ちる音に変わった。


「いたぁっ……」


咄嗟に尻を押さえると、背後の扉がバンッと開き、複数のメイド服姿の女性が勢いよく駆け込んできた。

どこかで見たことのあるような――そう、日本ではメイド喫茶くらいでしか拝めないような、完璧なメイド姿の女性たちだ。まさにファンタジー世界そのものだった。


「お嬢様!? どうなさいました!?」「また……いえ、何でもございませんっ!」


一人のメイドが明らかに笑いを堪えて口元を手で覆ったのが見えた。その目元は「またやったわね、この豚姫」とでも言いたげに笑っている。


本来なら文句のひとつも言ってやりたいところだけれど、今は情報収集が最優先。私は黙って彼女たちに身を委ね、朝食の時間だからと案内されるままダイニングへと向かった。


「……まさか、本当に乙女ゲームの世界に転生するなんて。こういう設定のラノベも何十冊も読んできたけど、自分が体験することになるとはね」


広々としたダイニングホールに並べられた朝食の光景に、私は絶句した。

朝から豪勢な分厚く切られたステーキ。クリームとチーズがとろけるスクランブルエッグ。黄金色に焼かれたクロワッサンと、レーズンバターの詰まったブリオッシュ。そこに加えて、メープルシロップがたっぷりかかったワッフルに、山盛りのホイップクリーム。


――これは、どう見てもカロリーの暴力。


「……こりゃ太るわけね」


思わず漏れた私の声に、配膳していたメイドがにこりと微笑んだ。


「お嬢様のように豊かな美をお持ちの方には、このくらいがちょうどよろしゅうございます」


「……えぇ、まぁ」


内心、「絶対馬鹿にしてるよね……」と呟きながらも、私は苦笑を浮かべるしかなかった。


それにしても、この世界――ゲームでは語られなかった不便な常識が多すぎる。

運動は「労働」であり「下品な平民の所作」とされ、貴族の婦人たちが痩せるには「絶食」の選択しかない。

結果として、貴族の女性たちは栄養過多でふくよかになるか、拒食で倒れるか。どちらにせよ健康的な美など存在しないのだ。


そんな中、ヒロインのルチアはまるで異質の存在だった。華奢ではかなげで、どこからどう見ても「奇跡の造形」と呼ぶにふさわしい少女。当然、男性陣の視線はすべて彼女に集まる。


私は、その対極にある存在。

悪役令嬢エリザベートは、極端に太っているせいで笑い者。婚約者である王子にまで「国の恥」とまで言い捨てられる始末。


「このままだと、確実に破滅ルート……」


ならば、私にできることはひとつ。


「痩せて、美しくなってやる。そして、すべてを見返してやるのよ」


私はぎゅっとフォークを握りしめた。


そう、私にはある――日本で培ったダイエットの知識という最強の武器が!


前世の私は、仕事のストレスから過食に陥り、体重が激増したことがある。そのため、一時ダイエットに凝っていた時期があった。カロリー管理、代謝アップ、正しい栄養バランス、有酸素運動……この世界には存在しない概念ばかりだ。ならば、それを武器にして、この世界の常識ごと覆してやろうじゃない。


「見てなさい、王子様……。そして、あんたもよ、ルチア」


私は、口元にほのかな笑みを浮かべながら、今日の朝食を――少しだけ、控えめに口に運んだ。

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