第6話 神と人と、巡り行く季節
《《「マジカル・メイデン・メイクアップ!!!」 》》
その声が放たれた刹那、
赤い爆発が触手を粉砕した。
チェリーレッドの光の竜巻が、あかりの体を包み込む。
赤と黄色のドレスが粒子に分解され、新たな装いへと組み替えられていく。
《いかん! 変身バンクじゃ! 幼稚園児は見てはならぬ!》
「わあ! アラバッキー、何するの! 見えないよ!」
ゆみちゃんの抗議にも構わず、アラハバキはぬいぐるみの手で幼女の目を覆った。
《ま、まさか……これは、実在したというのか!?》
「ーー力と勇気の化身、マギー・マイト、只今参上!」
《《《ーー魔法少女が!!!》 》》
光の竜巻が消え去る。
そこに立つのは、勇ましき戦乙女。
引き締まった小柄な体を、深紅と黄金の艶やかな、ドレスのような鎧が包み込む。
きゅきゅい!
これは周囲を飛び交う、謎の星形マスコットの鳴き声。
翼とルビーをあしらった単杖を敵に向け、少女は高らかに宣言した。
「あたしの相手は、魔神オゾームの使徒たち。でも、友達やファンを狙うなら、選り好みはしないよ! かかってきな!」
【おのれ、面妖な奴! 死ねやっ!!】
アルルカン男爵の合図と共に、神社を取り囲んでいた円盤獣たちが、一斉に飛びかかった!
マギー・マイトこと、あかりは恐れもせず、ワンドを振るう。
赤光一閃――!!
魔法の杖から放たれた光芒が、機械の獣たちを貫き、炸裂させる。
燃え盛る残骸が、悲鳴を上げて逃げ惑う観客たちの上に――
……落ちなかった。
爆発はした。
だが、火と黒煙の代わりに、薄紅色の花弁が舞ったのだ。
魔法少女の光線に撃たれた円盤獣たちは、大輪の花となり、夜空に咲く。
その幻想的な光景に、真下にいた観客たちは恐怖も忘れ、息をのんだ。
「あかりさん、下です! 気をつけて!」
イリアの警告と同時に、鋭い金属の牙が檜舞台の板を突き破って飛び出す。
遠距離戦では分が悪いと見た円盤獣たちが、白兵戦を仕掛けてきたのだ。
あかりがワンドを構える。
だが、高速回転する牙が彼女の肌を裂くより速く――
青い稲妻が、機械の群れを薙ぎ払った。
触手はまるで太いうどんの束のように断たれ、檜の上でのたうつ。
銀色の機体は両断され、爆発することもなく、沈黙した。
まるで、先ほどの雷撃が、その装甲の奥にある“命”まで断ち切ってしまったかのように。
抜き身の刀を手に、鋭い眼光で異星の敵を睨むのは、青髪の少女、鹿島りん。
あかりとは違い、衣装こそ変わらないが、その手に握るのは舞台用の模擬刀ではない。
紫電をまとった、一振りの真剣。
《おお、覚えておるぞ! その剣は! なんぞ忘れ得ようか!!》
「鹿島神刀流、一級斬魔師、鹿島りん!
我が務めは、妖魔邪神を斬ることなれど、無垢の民を襲うならば、貴様らも化生のものと見なす。
即刻、この星から立ち去らねば、この神剣が許さぬぞ!」
《――あの忌々しい、タケミカヅチの剣じゃないか!!》
アラハバキは怒りに目を剥く。
だが、その一方で五ツ星の少女たちは興奮を隠せず、仲間に駆け寄った。
「りんさん、すごいです!」
「りんって退魔師だったの!? なんで教えてくれなかったのさ!」
鹿島りんは形の良い眉を吊り上げ、言い返した。
「それはこっちのセリフだよ! 二人こそ、なんで宇宙のお姫様だったことや、魔法少女だったことを黙っていたんだ!?」
「ごめんなさい……友達を巻き込みたくなかったのです……」
「いやあ、信じてくれないんじゃないかな、と思ってさ。ほらぁ、魔法少女って、宇宙人や退魔師と違って現実味がないじゃない?」
しゅんと肩を落とすイリア。
ばつの悪そうに笑うあかり。
りんは深々とため息をついた。
「私はもともと、五ツ星に関わる怪事件を調査するために、神祇省から派遣されてきたんだ。
事情さえ話してくれれば、神刀流や陰陽寮、自衛隊から、もっと人を引っ張ってくることだって……」
「はい、みんなそこまでぇーー」
突然、にょろりと現れる天使ナターサ。
あかりとりんの肩を抱きながら、軽く言った。
「仲良く相談するのもいいけどさ。ボクたち、プロのアイドルだよね?
お客さんをほったらかしにするのは、どうかな?
ほら、あそこの顔色の悪いおじさんが、激おこぷんぷん丸さんだよ?」
あかり、りん、イリアの三人が同時に振り向く。
舞台の前には、三脚の円盤獣たちが一列に並んでいた。
巨大なハマグリのような口を開けて――
【麿の前で、何をごちゃごちゃやっておるかぁーー!!】
高熱のビームが、一斉に発射される!
五ツ星の少女たちは、駆け出した。
言葉ひとつ交わさずに。
まるで何百回も練習したかのように。
あかりが魔法の杖を、新体操のバトンのように振るう。
降り注ぐビームの雨が、ことごとく弾かれていく。
りんが、大気を蹴り、稲妻の軌跡を残して神剣を振るう。
そびえ立つ機械の群れが、次々と金属屑へと変わる。
イリアの背中から、光輝く蝶の翼が飛び出し、羽ばたいた。
円盤獣たちが死に際に吐き出した致死のナノマシン群。
だが、それが彼女の金色の鱗粉に触れた瞬間、黒く変色し、無害な塵となって地に落ちる。
まるで先ほどのコンサートの再演。
ただし今、少女たちが振るうのは飾りではない。本物の武器、そして真なる超常の力だ。
《ワシはいったい何を目にしておるのじゃ……? 神の世は、とうに終わったはずではなかったのか?》
千年前――
日本で政の実権が貴族から武士へ移り、ヨーロッパで十字軍が失敗し、教皇の権威が地に落ちた時代。
人知れず、地球全体に異変が起きた。
大地を巡る霊脈が突如として衰え、神々や精霊たちは信仰の力を得ることが難しくなった。
多くの小さな御霊は飢え、やがて消えた。
神族と魔族は力の浪費を恐れ、直接の争いを避け、人間を操り戦わせるようになった。
こうして神代は終わり、人の世が始まった――
誰もがそう信じた。
だが今、アラハバキの眼前で、その前提が崩れ去ろうとしている。
少女たちは風のように舞い、火のように攻める。
神のごとき異能を振るい、敵を蹴散らしていく。
スサノオがヤマタノオロチを斬り伏せた時のように。
アラハバキ自身が、タケミカヅチやフツヌシと激突し、天地を揺るがしたあの戦いのように。
遠い昔に、神々の時代は終わったはずだった。
だが、それはただの季節の移り変わりに過ぎなかったのか?
秋が去り、春が巡るように――
人の世が終わり、神々の時代が再び訪れようとしているのか?
「どうだい? ボクの仲間たちはすごいだろ?」
ふいに、隣から声がした。
「ナターサちゃん!」
「やあ、ゆみちゃん。いつも応援ありがとう」
天使ナターサが首をかしげ、にっこり笑った。




