第5話 乱入、招かれざる客
自分でも忘れかけていたがーー。
アラハバキは芸能神としての側面も、持っていた。
そんな彼女だからこそわかる。
この娘たちは、ものが違うと。
今、舞台の上で演じられているのは、ただ可愛いだけの歌やダンスにあらず、ひとつの物語だった。
冒険への誘い。
仲間たちとの出会い。
試練、敵、巨大な苦難。
その全てを踏み越えていく、努力と友情、そして勝利!
余程よい、舞台監督と振付師がいるのだろう。
深淵で豊穣な物語を、短く簡潔な歌詞と演舞の中に上手く、落とし込んでいる。
その丁寧に、下ごしらえをした素材を最大限に際立たせるのが、五ツ星の圧倒的な個性だ。
鹿島りんの無駄なく、洗練された体さばき。
イリア・チャンドラーの優雅で滑らかなステップと、澄み切った歌唱力。
天使ナターサの、見るものを強力な磁石のように引き付ける、言い様のない妖艶さ。
その全てを引っ張るのが、天城あかりの純真に燃え盛る、凄まじいエネルギーだ!
天の満月まで届けと、あかりが跳ぶ。
その有らん限りの力と想いを振り絞って歌い上げる。
一番、うまいわけじゃない。
一番、美しいわけでもない。
だが、間違いなく、この子こそは、五ツ星の中の一番星!
ああ、なんと眩いことか。
その小さな体から、溢れ出す熱量が飛び散り、観客たちの魂に火をつけていく。
アラハバキは長く忘れていた想いが、胸の奥底で、じわりと熱くなるのを感じた。
力の限り、踊りたい!
心の底から、歌いたい!
あの舞台に上がり、あの娘たちと一緒の上で……。
審神者にふさわしい男は、もう見つけた。
後は己の器になってくれる身体が、巫女さえいればーー。
ふいに天城あかりが、動きを止めた。
静寂がさざ波のように、観客席に広がっていく。
あかりは、汗に塗れた顔で、にっこり笑いかける。
「皆、応援本当にありがとう!今夜最後の曲は、私たちの最初の曲ーー5TELLA《ステラ》だよ!」
静まり返っていた参拝客たちは、爆ぜるように沸き立った。
あかりが大きく、息を吸い込む。
ーーその時だった。
夜空に、光る円盤の群が現れた。
神社をその中にいる人間たちを、ぐるりと丸ごと囲い込んだ。
「すごい演出だ。お前、今回ずいぶんと奮発したんだな。雪子。雪子?どうした?」
庭部武司は、空のスペクタクルから目をそらして、幼馴染みの方を見た。
白鳥雪子は、武司が見たこともないような鬼気迫る顔で、膝の上のタブレット端末を叩いていた。
「違う!違う!これ、あたしがやってるんじゃない!ちくしょう、ネットに繋がらない!電波が妨害されている!」
その頃、アラハバキもまた、異様な違和感に苛まれていた。
あの空飛ぶ円盤に囲まれた土地が、周囲の霊脈から切り離されたのだ。
神社を中心として、おおよそ半径一キロほどの空間が、丸ごと異界に放り出されたのである。
《神隠しを再現したのか?こんなの、人間の技術では不可能じゃぞ!まさか、本当に異星人なのか!?》
一際巨大な円盤が、群衆の頭上に出現した。
円盤の底には、無数の剣をもった戦士を象った模様。
その紋章が光を放つや、境内にいた人間たちの頭の中で言葉が弾けた。
【この惑星の下等生物の諸君ーー宴もたけなわなところ悪いが、お前らの内に、麿の探し人がおると聞いた。その方が見つかるまで、ちと改めさせてもらうぞ!】
怪しげな言葉が終わるや否や、さらに数十隻の小型の円盤が、空間の奥から染み出るように登場。
細長い、三本の足で地面に降り立ち、底部からタコのような触手を観客たちに伸ばす。
途中までこれも、コンサートの演出の一つだとおもっていた人々は、不意を打たれ、次々にからめ捕られていく。
それを狼のごとく追いかけ、囲い込む円盤たち。
悲鳴、狂乱、そして恐怖。
一辺の混沌を、鋭く研ぎ澄まされた声が貫く。
「お止めなさい!!」
五ツ星の歌姫、イリアが舞台の前に進み出た。
「その紋章は、アルルカン男爵ですね。あなたが探しているのは、このわたくしのはず。無関係の人々を今すぐ、解放しなさい!!」
イリアの顔に先程までの、夢見るような優しさはない。
代わりに浮かべるのは、悲壮なまでの高貴な決意。
巨大円盤の縁から、一筋の光線が地上へ放たれ、身長六メートルほどの影像が現れた。
無数の宝玉をちりばめた豪奢な外套、金属的な道化師のような厚化粧。 背中で震えるのは鈴虫に似た、淡い金色の羽だ。
真紅の唇が、酷薄な笑みを形作る。
【おお、これはこれは、イリリアナ姫!金翅天帝のご嫡子よ!このアルルカン、御身を探して銀河の隅々まで巡りましたぞ!あの反乱の夜にお姿を消して以来、どれほど心配したことか!】
「白々しい!」 イリアが吐き捨てる。「叔父上と手を組み、父上を亡き者としたのは、お前たちではないか!今さら忠臣面とは笑わせる!」
侮蔑の言葉を投げつけられても、アルルカン男爵の笑みは消えない。むしろ、さらに深まった。
【ほほほ、それが状況が変わったのですよ。叔父上のバルルカン公は、野心こそあれど無能なお方。金翅帝国三千光年の臣民らは、旧主を懐かしみ、暴政の終わりを望んでいる。そこへ麿が貴女を連れて戻れば、どうなると思いますか?】
「叔父上に刃向かう勇気もない臆病者が。わたくしを道具にして、玉座をかすめ取るつもりなら、はっきりそう言えばいい!」
男爵の立体映像を通し、巨大円盤の触手が一本、イリアに向かって蠢く。
それは彼女の腰を這い、胸元をなぞるように滑り、涙を浮かべ歯を食いしばる姫の頬を撫でた。
【よく囀ずるお方だ。ふふふ、だがそれも今日まで。じきに美しく鳴く小鳥にしつけて――】
アルルカン男爵の顔が醜く歪んだ。
イリアを絡め取る触手が、背後から伸びた手によって力強く引き剥がされたのだ。
「ちょっと、おっさん!いい加減にしなよ!」
【お、おっさんだと!?】
「そうだよ、銀色のケバいおっさん。あんた、キモすぎ。イリアが泣いて嫌がってるのが見えないの? いい年して、これがセクハラだと分かんないわけ?」
天城あかりは、友人を背後にかばいながら、異星の貴族を真っ向から睨みつけた。
「お、お願いです!やめてください、あかり!あの男は、金翅帝国でもっとも冷酷と恐れられた貴族で……!」
「大丈夫だよ、イリア。あんな奴の言うことなんか聞く必要はない。どうせ、約束したって守る気なんかないんだから」
あかりは、友人の肩にそっと触れ、安心させるように微笑んだ。
そして改めて立体映像の男爵を睨み据える。
「空気の読めないあんたに教えてあげるけど、あたしたちは今、大事なコンサートの途中なの。
静かにできないなら、味噌汁で顔を洗って、一昨日出直しな!」
【く、くくく……これは可愛らしいお猿さんだ】
アルルカン男爵の唇が吊り上がる。
それは、飢えた狼のような微笑だった。
円盤の触手が閃き、あかりを宙へと吊り上げた。
【ーー霊翅もない下等生物が!!この高貴なる麿に、よくもそのような無礼な口を利いたな!!】
「やめて、アルルカン! あかりを下ろして!」
イリアの懇願も、男爵は意に介さない。
触手が締め付け、あかりの肋骨が軋む。
【どうした、小猿。先ほどまであれほどお喋りだったのに、随分と静かになったな? 何を黙っておる? ほうれ、許すぞ。命乞いでも、何でも好きに鳴いてみよ】
「ああ……言いたいこと、なら、あるよ」
あかりは、食いしばった歯の間から、言葉を絞り出した。
【ん? なんだ?】
《《「マジカル・メイデン・メイクアップ!!!」 》》




