第3話 アラバッキーゆるキャラ祭りじゃと!!
ーー夜。
長波木神社の境内は、色とりどりの提灯が煌々と輝いていた。
今宵は、めでたい祭りの日。
世間で爆発的に流行しているアラハバキ人気に便乗し、長波木市と企業法人マリオングループが主催した街おこしイベント、「第一回アラハバキ祭り」は、大盛況だった。
鹿児島県内外から集まった参拝客や観光客は、すでに数万人の規模に達し、もはや肩を擦り合わせずには歩けない程だ。
人々の笑顔が溢れる屋台に並ぶのはーー
名物アラハバキ焼き鳥!
アラハバキ焼きそば!
アラハバキたこ焼き!
りんご飴!
チョコバナナ!
アラハバキ・カラーヒヨコ!
そしてアラハバキ・ミシシッピアカミミガメ等である!
《なにゆえ、ワシの名がついた屋台でヒヨコが売られておるのじゃ! しかもアカミミガメは侵略的外来種じゃろうがーーー!!!》
しかし、驚き、突っ込むのはまだ早い。
《なんじゃと!》
境内のど真ん中、ヒノキ造りの大舞台、その傍らに、小山のごとくそびえ立つのはーー!
《ワ、ワシの巨大ゆるキャラじゃとぉ!!》
そう、スポットライトに照らされていたのは、遮光器土偶を原型がないほど改造した長波木のご当地キャラクター、『荒神ちゃん・アラバッキー』 であった!
ちいかわのような寸詰まりの四頭身。
ドラえもんみたいなまるまるしたお手々に、もっちりとしたあんよ。
観音さまのように細められた目は優しく人々を見下ろし、ωな口は今にも「にゃー!」とか言い出しそうである!
さらに、巨大アラバッキーの足元では、その十分の一サイズのマスコットキャラクターたちが駆け回っていた。
参拝客と一緒にポーズを決め、写真を撮り、インターネットを通じて、アラバッキーの愛らしさを世界中に届けている。
そんな微笑ましい光景をぶち壊すかのようにーー
「くくく、けけけ、くぇけーけけけ! 壮観! 壮観! 絶景かな!!」
三段階高笑いを響かせる怪人あり、
鶏ガラのように痩せった体。
鳥の巣のようにボサボサの髪。
意地の悪そうな狐目に、度の強いメガネ。
鼻の上にはそばかす。
当然、化粧などしないし、衣装にも気を遣わない。
羽織っているのは、マッドサイエンティスト感あふれる、染みだらけの白衣ーー
だが、その奇妙な外見に惑わされてはならない。
この人物こそ、天災的な頭脳と犯罪スレスレの奇行によって、マリオングループを世界的ロボテック企業へと押し上げた張本人。
その名も、白鳥雪子代表取締 !
そしてついでに、庭部武司とは中学時代からの悪友でもある。
「身長二十メートル! 体重五十トン! 3000馬力!! どうだ、すげえだろ、たけっち!!」
自信満々に巨大アラバッキーを指差す雪子。
「あたしのマリオングループが誇る新造神、アラバッキー・モデル・ラーススピリット!! お台場ガンダムも目じゃねーぜ!!」
「いや、確かにすごいが……」
武司は口をあんぐり開けたまま、巨大アラバッキーを見上げる。
遠くから見れば愛らしいが、足元から眺めると、圧倒的な迫力だった。
「手を貸してくれって頼んだ俺が言うのもなんだが……これ、元手取れてんのか? 長波木市の補助金だけじゃ、完全に赤字だろ?」
「んー、ちっちっちっ!」
雪子は得意げに人差し指を振る。
「こいつは先行投資だよ! アラバッキーは、マリオングループの新たな旗艦商品。そのテストモデルってわけ!本音を言えば、あたしもちょうどいい宣伝の場を探しててさ! たけっちの提案は、まさに渡りに船だったんだよ!!」
「旗艦商品って言うけど……こんなでかいぬいぐるみ、誰が買うんだ?」
「新造神シリーズの売りは、炭素ナノファイバーのフレームとハイパーゲルによる流体筋肉! ……まあ、専門用語で説明するより、実際に見てもらった方が早いか。ぽちっとな!」
昔なつかしの擬音を口にしながら、雪子は懐からコントローラーを取り出し、スイッチを押した。
骨に響くようなエンジン音が大気を震わせる。
巨大アラバッキーの目に、光が灯る!
「こ、こいつ……動くぞ!」
そう、動くのである。
身長二十メートル、体重五十トンの巨体が、まるで巨大生物のように滑らかに!
驚愕する参拝客を見下ろし、丸っこい手を振りながら、やたら可愛らしいどら声で言った。
『やあ、参拝客のみんな! 今日はお祭りに来てくれてありがとう! ぼく、アラバッキー! 歌と踊りの神さまだよ! さあ、準備はいいかな? アラバッキー体操第一、はっじまるよ!』
言うが早いか、巨大アラバッキーが踊り始める。
腕を回し、腰を揺らし、頭を豪快に振りながら、全身をリズムに乗せて!
その千年杉のごとき巨足の下では、二メートル級の小型アラバッキーたちがフォーメーションダンスを披露していた。
一糸乱れぬその動きは、名状しがたいほど愛らしく、そして冒涜的なほどキュートだ!!
《ああ、ワシの荒神としての威厳が! 戦神の尊厳があああ!!》
嘆きまくるご当神の心も知らず、観光客や参拝客は大興奮!
巨大アラバッキーに合わせて歌い踊り、手を叩き、次々と拝み始める!
「おばあちゃん、アラバッキー可愛いね!」
「そうだねえ。ゆみは何をお願いしたんだい?」
「おばあちゃんが、いつまでも元気でありますように! あと、ゆみちゃん、アラバッキーのぬいぐるみが欲しいなぁ!」
「あらあら、いい子ねえ。おばあちゃん、一つ買ってあげるわね」
《ぐあああ、やめるのじゃああ! こんなフワフワ、モコモコの神体からワシに信仰心を流し込むのは! これをアマテラスに見られたら、何と言われるか……!!》
……いや、待て。
夫は、可愛いものが大好きだった 。
もしかすると、大喜びするかもしれない。
……それはそれで何か嫌だ。
ーー昔、褥の中で「猫の鳴き真似をしてほしい」と頼まれたときのことを思い出す。
あの時は、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。
まあ、やったけど。
《待て待て待て! よく考えれば、アマテラスも漫画に出たり、ゲームに出たり、引きこもったり、犬になったりしていたではないか!よって、この勝負は引き分け!
いや、いじられている回数はあっちの方が多い。
……ワシの勝ちと言えよう!!!》
かつての夫に精神的勝利でマウントを取り、己のプライドを守るアラハバキであった。
だが、一度開き直ってしまえば、意外と、ゆるキャラも悪くない。
大衆受けが良く、老若男女から幅広く信仰心を集められる。
《我を慕い敬う者らに罪なし……その信仰心、ありがたく頂くべし!》
「ほっほっほう! 売れる! 売れるぞ!巨大アラバッキーの動画が出回れば、関連商品のネット販売もうなぎ登り! そうなれば、うちの会社の株価は青天井! 走るぜ、勝利の黄金ロード!! 見えてきたぞ、あたしのロボっ娘ハーレム!待ててね、ちぃ、茶々丸、貂蝉キュベレイ!あたしが皆を本物にしてやるからな!」
ーーそれはそれとして、雪子は気持ち悪くてムカつくので、祟りで思いっきり転ばしてやることにした。
「ぎにゃあああああ!!!」
「うわっ、白鳥、どうした!? いきなり何もないところで五体投地なんかして!」
「わ、わかんない……いきなり何かにつまずいたみたい……」
足元を見た武司の顔が、青ざめる。
「境内の地面が、盛り上がってる!さっきまでこんなのなかったのに。やばいぞこれ……お前、明らかに祟られてるじゃないか!……って、白鳥? お前、這いつくばって何やってんだ?」
「見りゃわかるだろ? スマホで写真撮ってるんだよ」
雪子は、神妙な面持ちで境内の石畳を撮影しながら言った。
「石畳が盛り上がるなんてーー神の奇跡以外の何者でもない!!」
「……は?」
「これをSNSに流せば、スピリチュアルな客がますます呼び込めるって寸法よ!!」
流石にこれには、長年の悪友、武司も呆れ果てるしかなかった。
《平安の国司は、谷底に落ちてもキノコを拾って帰ったというが……こやつの欲深さは、それ以上かもしれんな。ユキコ、手強い奴!!》
まさか祟り神の親玉から強敵認定を受けているとは知らず、雪子は地面をゴロゴロ転がりながら、なおも写真を撮り続けていた。
武司はため息をつき、しゃがみ込むと、ひょいっと幼なじみを抱き上げた。
「うわあ、何すんだよ、たけっち!恥ずいだろ!」
「叩くな。押すな。暴れるな。肘も膝も思いっきり擦りむいてるんだ。大人しくしてろ」
「だからってな!いきなり人をお姫様抱っこする奴があるか!」
「なんだ?俵抱きの方が良かったか?」
「……そうじゃないけどさ」
腕を組み、ぷくっと頬を膨らませる雪子。
その名の通りの白い肌が、うっすら赤く染まっていた。
「それに、もうすぐメインイベントが始まる。主催者がこんなところで転がってる場合じゃないだろ?」
「あっ、そうだった!走れ、たけっち号!風のように!」
「だから、叩くなって!」
人混みのなか、人を抱えたまま移動するのはなかなか骨が折れる。
それでも小走り以上のスピードが出せるのは、武司が日頃鍛えているのと、雪子の体重が平均よりかなり軽いせいだ。
(それにしても軽すぎる……こいつ、ちゃんと食べてるのか?)
金はあるくせに、ちょっと目を離すとジャンクフードばかり食べるか、下手すれば食事を抜こうとする癖がある。
そのせいで倒れたのは、一度や二度ではない。
仕方がないので、時折友人の部屋に行って、作り置きの飯を置いてくる――それが武司の日課のひとつだった。
「それで、五ツ星だっけ?お前がこのイベントのために呼んだアイドルグループ」
「そう!特定の芸能事務所に属さず、ネットの宣伝と自分たちのパフォーマンスだけでのし上がったミラクルなユニット!
将来、武道館には彼女たちの指定席があるとも言われるくらい、人気なんだけど……知らないの?」
「……聞いたことがないなぁ」
雪子は肩をすくめ、あきれ顔で首を振る。
「しょーがないなぁ、たけっちは。もっと生身の女に興味を持とうよ。そんなんだから、彼女いないんだよ」
《お前にだけは言われたくないわ、このロボ狂い!!》
「ぎぃにゃあああ!!」
祟り第二弾として、でっかい蛾を口のなかに放り込んでやった。
気を取り直し、アラハバキはライトに照らされた眩い舞台を見上げた。
自らの祭りで、これほど大がかりなパフォーマンスが行われたのは、いったい何年ぶりだろうか?
太平洋戦争の終戦間際、アマテラスへの襲撃に失敗し、伊勢神宮から無様に逃げ帰って以来、 アラハバキは新たな審神者や巫女を作らず、祭りへの参加も消極的になっていた。
だが今宵、この舞台の上では、煌めく星のごとき若者たちが、歌と踊りを捧げるのだ。
そう思うと、久方ぶりに己の神霊が熱く震えるのを感じた。
さて、真剣に観劇するとなれば、ちゃんとした身体が必要だ。
幸い、雪子のおかげで依り代の候補には困らない。
キュートでファンキーなことに目を瞑れば、選び放題である。
境内をぐるりと見渡す。
舞台から遠すぎても臨場感に欠けるし、近すぎてもやかましい。
踊っている者に取り憑けば、落ち着いて神楽を堪能できないし……。
あそこでグッズを大量に買い占めている奴は転売目的か?
後で祟ってやろう。
よし、決めた。
祖母に手を引かれ、祭りに訪れていた五歳くらいの少女。
その腕に抱かれたアラバッキー人形へと飛び込む。
むちむちとした幼い腕の感触が心地よく、なかなか気に入った。
アラハバキには、アマテラスとの間に生まれた子が一人いた。
名前を、天火影命と言う。
この娘には、どこかその面影がある。
胸に沸きかけた感傷を吹き飛ばすように、境内にリズミカルで陽気な音楽が響き渡った。
『さあ、皆さんお待ちかね!アラハバキ祭りを盛り上げる、特別ゲストの登場だよ!』
アイドルグループ《五ツ星》のコンサートが、ついに始まったのだ。




