球に打たれ死す
気がつけば、俺はもう『逆転』に徹するようになっていた。
なぜ逆転に徹しているのかと聞かれたら、きっとこう答えるだろう。
「逆転でしか得られない栄養素を摂取する為」と。
この栄養素には、様々な幸福成分が詰まっている。
幸福成分を摂取すれば身体中の力が抜けて、リラクゼーション効果をもたらしてくれるのだ。
栄養素の為に逆転をし、逆転の為に精神を削る。
俺はそんな生活を日々送っていた。
しかしながら、俺の心はまだ完全なる幸福で満たされていない。
――その理由は明白だった。
ジャンルを『ゲーム』に絞り、栄養素を補っていたからである。
『ゲーム』は、逆転という観点で見れば、どのジャンルよりも効率が良い。
よって、俺はこう考えた。
効率が良ければ、栄養素もそれに比例して、より多く摂取出来るのでは無いか――と。
結果的に俺の考えは間違っていた。
あまりにも効率が良すぎる故に、逆転の新鮮味が薄れていき、栄養素もそれに比例して取得量が減少していたのだ。
それでも、俺は賞味期限が切れるこの瞬間を待ち望んでいた。
俺が裏で作り上げてきた『普通』の人間を『逆転』の道具に仕立て上げる時が来たのだから。
◆◇◆◇◆◇◆
『ゲーム』で栄養素を摂取している間、俺はその陰で更なる『逆転』の為に修行を積み重ねてきた。
とはいえ、大して特別なことはしていない。
この世に溢れている情報を頭に叩き込み、運動能力を向上させただけである。
人間が生きることの出来る限られた時間の中で、全てを兼ね備える事は出来ない。
故に、完璧に近い人間を作るにはこれが最適解なのだ。
俺の実力はまだ完璧には程遠い。だが、アベレージはとっくのとうに超えている。
賞味期限が切れ、良い感じに手応えを感じている今……己の実力を試すついでに、栄養素を摂取してやろうという算段だ。
その舞台となるのは、俺の高校で毎年夏に行われている球技大会である。
各クラスで決められた種目を事前に割り振り、トーナメント形式で同学年のチームと戦うというシンプルな大会形式に加えて、由緒あるイベントの為、毎年大きな盛り上がりを見せているらしい。
ちなみに、俺はドッジボールを選択した。
――理由は二つある。
一つ目は、精神的ダメージと物理的ダメージを同時に負わせることができるという点。
二つ目は、逆転のターゲットとなる人物がドッジボールを選んでいるという情報を事前に仕入れていたからである。
その人物の名は『未野川大』。
彼は俺と同じ高校一年生で、驚異的な身体能力と頭脳を持っていることから、天才と謳われている。
故に、この学校で彼の名を知らない人は居ない。
いわゆる、有名人と言うやつだ。
俺は彼の名が知れ渡ってからというもの、彼を打ち負かすことだけを考えて来た。
そして、今日――その時がきたのだ。
俺は運動着に着替え、グラウンドで入念な準備運動をする。
その後、トーナメント表が掲載され、暑い日差しが降り注ぐ中、球技大会が開催された。
俺のクラスは、長い攻防の末、順調に勝ち上がって行き、良い雰囲気のまま、決勝戦へと駒を進めた。
まだ『未野川大』には当たっていない。
だからこそ、確信していた。
決勝戦は『未野川大』率いるクラスと戦うことになる――と。
当然、彼が期待を裏切ることは無く、別ブロックでしっかりと勝ち進んできていた。
こうして迎えた決勝戦。
俺は今までと同じように、あまり目立たぬよう、さり気なくボールを避け続ける。
スピーディーな戦いが繰り広げられる中、味方は徐々に減っていき、気がつけば内野には俺一人。
対して、相手のクラスはかなりの人数が内野に残っている。
人数不利とはいえ、未野川大さえ倒してしまえば関係ない。
……後は逆転するだけだ。
未野川大が投げる球は正確かつ速い。
ただ、逆に言えばそれだけと言える。
彼の動きを観察したところ、彼は人より反射神経が劣っているように見える。
すなわち、攻撃の主導権を握ることさえ出来れば、勝利は堅い。
俺のプランは完璧だった。
が、突如として想定外の事態が訪れる。
(…………ッ!)
気がつけば、俺は地面に蹲り悶えていた。
彼が放ったボールが地面を跳ねて、股間に直撃したのだ。
一度屈むフェイントを入れてしまった事で、下に意識を集中させたのが仇となったのだろう。
俺の周りから、クスクスと笑い声が聞こえる。
痛みと悔しさが同時に押し寄せる中、徐々に気が遠のいていく。
ここから逆転する方法を模索するが、何も思いつかない。
あまりの痛みに思考が停止してしまっているのだ。
お、俺の逆転……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を開ければ、見知らぬ白い天井が姿を現した。
恐らく、気を失って病院に運ばれてしまったのだろう。
俺は一度、体を起こそうとする。しかし、体が言うことを聞いてくれない。
まるで、金縛りにあったような感覚だ。
余程、重体なのだろうか。
あまり状況が呑み込めずにいると、ガチャっと扉が開く音がした。
入ってきたのは、黒い服を纏った一人の少女だった。
彼女は何も言わず、ベッドの横から俺をじっと見つめている。
絶妙な気味の悪さを感じつつも、俺が今出来ることは無い。
強いていえば、目線を合わせる事くらいだ。
俺はしばらくアイコンタクトを取り続ける。
すると、少女は霧となってその場から姿を消してしまった。
その瞬間、不意に目眩が訪れる。恐らく、幻覚でも見ていたのだろう。
今は安静にしていろという自分自身へのメッセージを受け、俺はゆっくりと目を閉ざし深い眠りについたのだった。
その後、俺は知ることになる。
生後数ヶ月の赤ちゃんに転生したのだと……。




