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第12話 可哀想って言葉が嫌い


17時10分。


 街は茜色に染まりつつある。どれだけ悲惨の事があっても時間は流れる。無慈悲に当たり前に過ぎてしまう。


 あと数時間も経たない内に日が暮れる。そして、翌日には日が上がる。それを毎日繰り返す。


 俺は石裏さんからもらった住所が書かれたメモ帳の切れ端を見て、表崎さんの家を探している。


 住宅外は苦手。それぞれの家から晩御飯の匂いが漂ってくる。その匂いはとても温かい。けど、その温かさが俺にとっては凶器だ。


幸せな家族の団欒を想像するだけで胸が痛くなる。それは家族の温かさを知らないからだろうか。


 いや、そんな事を考えている暇なんかない。今は表崎千尋さんの妹・万美さんを探さないといけないんだ。


 色々な事を考えているうちに「表崎」と書かれた表札が設置された門柱がある一軒家を発見した。


 どこにでもある二階建てだ。壁面はグレーで塗装されている。


 ……ここか。

 俺は表札の下に設置されているインターホンを鳴らす。


 ……返事がない。

 インターホンをもう一度鳴らす。


 ……返事はない。それに家の中から微かに聞こえるはずの物音が全く聞こえない。


 インターホンを数回鳴らす。


 返事はない。これはどうしたものか。ピッキングで鍵を開けるか。でも、ここは人通りが多い。空き巣に間違えられると色々と面倒だ。どうしたものか。


「どうなされましたか?」

 後方から女性の声が聞こえた。


 俺は振り返る。そこには様々な食材が入ったエコバックを持ったおばさんが立っていた。


「えーっと、万美さんに用があって」

「万美ちゃんに用? 貴方、万美ちゃんとどういったご関係?」


 おばさんは俺を疑いの目で見てくる。


 そりゃそうだよな。成人男性が未成年女性に用があるってあまりないよな。変に噓を吐いたら余計に面倒な事になるかもしれない。


「えーっとですね。俺……いや、わたくし、守谷鍵の助手をしているもので。万美さんにお話を聞きたくて」


 俺はズボンのポケットから守谷に渡された名刺入れを出して、名刺を一枚取り出す。その取り出した名刺をおばさんに手渡す。


「え、ちょっと待って。守谷鍵って、あの守谷鍵?」

 おばさんは名刺と俺を何度も繰り返し見て、驚いている。


「は、はい。その守谷鍵です」

「守谷さんは居ないの?」


「すいません。いません」

「そうなんだ。仕方ないわね」


 なんだ。その残念そうな顔は。お、俺に対して失礼じゃないか。そりゃ、あいつは有名人かもしれないけどさ。事件を解決する為に頑張っているのは俺だぞ。おい。


「本当すいません」

「いいの、いいの。万美ちゃんに用があるんだったわね」


「は、はい。彼女、家に居ないみたいで」

「きっと、千尋ちゃんの遺体が見つかった場所へ行っているはずだわ。まだそこにお姉ちゃんがいる感じがしてって言ってたわ」


「そ、そうですか」

 そうだよな。大事な肉親が突然この世から外に追い出されたんだもんな。少しでもまだこの世に居るって信じたいよな。


「えぇ。本当に可哀想よ」

「……ですね」


 可哀想と言う言葉は嫌いだ。可哀想と言っている時点でそれは他人事だし上から物を言っている。


こう言う人は実際何も助けてくれない。助けてくれる人は可哀想とか言わずに寄り添ってくれる。捻くれた考え方かもしれない。


でも、本当に可哀想と言う言葉が嫌いなんだ。


「頑張って早く犯人を捕まえてちょうだい」

「……はい。捕まえます」


 捕まえるのは警察の仕事だ。探偵にも探偵代行にも犯人を捕まえていい権限はない。でも、こう答えていた方がいい。


「それじゃ、失礼するわ」

「情報ありがとうございます」


 俺はおばさんに頭を下げた。おばさんは自分の家へ帰っていく。


 事件現場に少しでも早く着かないと。犯人も万美さんを探しているかもしれない。先に見つけ出さないといけない。


 俺は事件現場に向かって、走り出した。







表崎千尋さんの遺体が見つかった建設途中のビルの傍に着いた。

 入口には高校生ぐらいの長髪の女性が蹲っていた。すすり声が微かに聞こえる。


泣いているのだろう。きっと、この女性が万美さんなのだろう。


 俺は万美さんと思われる女性のもとへ駆け寄る。


「すみません。表崎万美さんで間違いないですか?」

「だ、誰ですか?」


 万美さんと思われる女性は顔を上げて、俺を見た。


 顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。間違いない。この女性が万美さんだ。顔は幼いが千尋さんに似ている。


「守谷鍵の助手をしている有瀬吉平です。これが守谷鍵の助手の証みたいなもんです」


 俺はズボンのポケットから名刺入れを出して、その名刺入れの中から名刺を一枚取り出して、万美さんに手渡した。


「……はい」

 万美さんと思われる女性は涙をベージュのシャツの袖で拭ってから、名刺を見た。どうやら、怪しまれずに済みそうだ。


「ちょっとは信用してもらえたかな」

「は、はい」


「よかった。もう一度聞くね。君は表崎万美さんで間違いないかな」

「……はい。間違いないです」


 間違えではなかった。やはり、目の前に居る女性は万美さんだった。犯人より先に見つけられてよかった。


「そっか。申し訳ないんだけど。言いたくない事は言わなくていいからここ数日お姉さんの行動に不思議な点とかなかった?」


 口が裂けても「辛いと思うけど」とは言えない。万美さんの「辛い」は万美さんだけのものだ。


俺はその「辛さ」の全てを知る事はできない。だから、少しでも寄り添って理解しようとする事しかできない。


「……不思議な発言でもいいですか?」

「うん。どんな事でもいいよ」


 不思議な発言? なんだろうか。


「……はい。お姉ちゃん。ここ数日の間、何かある毎にこう言っていたんです『もし、私が死んでもお父さん達のお墓には入れないで』って」

「……一緒のお墓に入れないで?」


 親子仲でも悪かったのか?


「はい。私は『なんで』って聞き返したんです。そしたら、『二人にしてあげたいの。そこに想い出も何もかも入ってるから。それに私は親不孝ものだから』って」


「万美さんから見て、千尋さんは親不孝な人だと思うかい」


「そんな事ありません。両親が亡くなってからずっと……ずっと、私を育ててくれた立派で素晴らしい姉です……な、なのに……なんで」


 万美さんは大粒の涙を流す。


 この涙はそれだけ姉の事が大好きだったと言う紛れもない証拠だ。この涙を流す顔を見ているだけで胸が痛くなる。そして、千尋さんを殺した犯人を許せない。


「うん。君のその言葉でどれだけ素晴らしい人か分かったよ。ごめんね。酷い事聞いて」

「だ、大丈夫です」

 万美さんは涙を流しながら答える。


「この話は俺以外にした?」

「し、してません。警察にも言ってません」


「……そっか」

 お墓に何かあるのかもしれない。確かめてみる必要があるな。


「あ、あの」

「なに? なんでも聞くよ」 


「……犯人を見つけ出すお手伝いをさせてくれませんか?」

「……危険だよ」


「分かっています。で、でも、姉を殺した犯人をこのままにはしておけないんです。私のように辛い思いをする人を増やしたくないんです。お願いします」


 万美さんは頭を深く下げてきた。なんて、正義感のある子なんだろう。それと同時にとても優しい子でもあると思った。


「……わかったよ。一緒に犯人を見つけ出そう」

 ここまで言われたら断れない。


「あ、ありがとうございます」

 万美さんは顔を上げて、言った。


「ありがとうって言うのはこちらの方だよ。頑張ろう」

「はい。頑張ります」


「うん。あのさ。お姉さんが追っていた事件についての資料とかって家にあるの?」


 少しでも情報がほしい。


「殆どないと思います。警察の人達が捜査の為に持って行ったので」

「……そっか」


 そりゃそうだよな。警察が回収してるよな。でも、なんでだ。捜査依頼を頼んでいるのに捜査資料とか共有してくれないのかは謎だけど。


「でも、もしかたら残っているかもしれないので確認してみます?」

「いいの?」


 これはありがたい。警察が必要じゃないと思ったものでも、犯人に繋がる情報があるかもしれない。


「いいです。犯人を見つけ出したので」

「……ありがとう。じゃあ、家に行こう」


 一分一秒でも早く情報がほしい。 


「はい。行きましょう。有瀬さん」

「お、おう。えーっと、何て呼べばいいかな?」


 いきなり、呼び捨ては嫌がられるだろうし、馴れ馴れしい。ちゃん付けはなんかきもい。だから、妥当なのはさんづけだろう。


「万美でいいです」

「わ、わかった。じゃあ、万美で」


 よ、呼び捨てでいいのか。まぁ、いいならいいけど。そんな事を考える、


俺って、もしかしてきもいのか。気持ち悪いのか。いや、普通に接してくれているから大丈夫なはず。


 俺って、変な所気にするな。





衝撃な光景が視界に映っている。

 誰がこんな酷い事をしたのだ。もし、万美が家に居たら死んでいたに違いない。 


 万美の自宅は何者かによって放火され燃えているのだ。近隣の家にも火が移り掛けている。消防士が火を消そうと必死に消火活動している。


近くで住んでいる人達は家から出て、自分達が出来る事をしている。


 野次馬も大勢居る。


「あ、アルバムが。家族の写真が映ってるアルバムが」

 万美は燃え盛る家に入ろうとする。


「駄目だ。行っちゃ駄目だ」

 俺は腕を引っ張り、引き止める。


「離して! 離してください」

 万美は俺の腕を力一杯振り払おうとする。


「離さないよ。君は犯人を見つけだすんだろ。このまま、家に入ったらそれができなくなるかもしれないんだよ」

 燃え盛る家に入るのは自殺行為だ。普通に助かる可能性が低い。


「でも……でも」

 万美は言う事を聞いてくれない。いや、混乱していて受け入れる事ができる状態じゃないんだ。


「いい加減にするんだ」

 俺は万美の頬を叩いた。


「え?」

 万美は頬を手で抑えながら、驚いたような顔をしている。


「君は死にたいのか。お姉ちゃんを殺した犯人を探し出すんだろ。そうじゃないのか」


「…………そうです」

 万美は振り絞るように言った。目から涙が溢れ出している。どうやら、少しは人の話を聞ける状態になったようだ。 


「叩いた事は謝る。ごめん」

 俺は掴んでいた腕から手を離して、頭を深く下げた。女性を叩いてしまった。どんな事があっても叩いていい理由にはならない。


「……大丈夫です」

 ちゃんと話を聞ける状態になったみたいだな。


「うん。それじゃ、これからする事を言うよ」

「はい。何をすればいいですか?」


「ここから離れよう。ここに居ちゃ危険だ。確実に犯人は君を消そうとしている」


 ここまでの事をする犯人だ。ここに居れば何かしらの方法で殺しに来るだろう。どうにかして、万美を匿わないと。


「……分かりました。でも、どこに行くんですか?」

「守谷探偵事務所に行こう。そこで今後どうするか考える」


「……守谷探偵事務所ですか」

「嫌かい?」


「いいえ。行きましょう」

「よし」


「……あのー手握っててもらえませんか」

「……うん。いいよ」


 俺は万美の手を握った。怖くて怖くて不安で不安で仕方が無いのだろう。握った手からそんな感情が伝わってきた。


 俺と万美は人混みを掻き分けて、その場から離れた。


 ……この子だけは絶対に守ってみせる。それがあの時、ちゃんと話を聞かなかった罪の償いなんだ。


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