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第10話 大怪盗の愛弟子は探偵代行


2日が経った。

 俺は守谷に変装して、殺人現場の建設中のビルの敷地に来ていた。


 一昨日見た渡利信三の遺体も無残なものだった。今回の遺体はそれ以上に無残だ。


 身体中に銃で撃たれた後があり、大量の血が水溜りのように地面に広がっている。遺体の傍には黒いポストカードが落ちている。


 それになんだか、俺は自分の行いを悔いている。

 あの時、話を聞いていればこんな事にはならなかったのかもしれないと思うと。


だって、俺が今目にしている遺体は週刊現実の記者・表崎千尋さんだから。


なぜ、表崎さんは殺されてしまったのだろうか。犯人に通じる何かを本当に知っていたのか。それとも、また違う理由か。


 今は何とも言えない。と言うか、ショックのせいかあまりちゃんと物事を考えられる状態じゃない。


 ……無力だ。ただただ無力。ちっぽけだ。自分は何も出来ていない。無価値。


 このまま落ち込んだままで居ていいのか。いや、駄目だろ。落ち込んでいても何も変わってはくれない。犯人が捕まるわけでもない。


 自分ができる事をしないと。無力でちっぽけな俺はひたすらもがくしかない。その間に価値ある情報を手に入れる事が出来るかもしれない。 





 14時30分。

 現談社前に着いた。周りの建物よりも高く、横は広い。さすが大手出版社と言った所か。


まぁ、感心している暇があるなら早く中に入った方がいいな。


 現談社の入り口の自動ドアが開く。現談社の中に入る。


 エントランスの壁面には大型モニターが備え付けられている。その前にはソファが4つ置かれている。


 俺は受付に向かう。受付には受付嬢が座っている。


「お久しぶりですね。守谷さん」

 受付嬢の1人が話しかけてきた。


「どうも。久しぶり」

 守谷の真似を必死にする。あいつ、外では猫被っているタイプか。きっと、そうだろう。


深山さんと話すときは普通に敬語使ってたし。


 そうじゃないと、あれだけの仕事をもらえるわけがない。いくら能力が高かろうとコミュニケーション能力がないと仕事は振ってもらえない。


だって、ここは日本だ。海外じゃない。


「はい。本日はどうされました?」

「週刊現実の方々とお話したくて。繋いでもらってもいいかな?」


「現談文庫の方じゃなくて、週刊現実ですか?」

 受付嬢は不思議そうな表情をして、訊ねてくる。


「あぁ。記者の方々から話を聞いて小説のアイデアにしたくて」

 それっぽい噓を吐いた。苦し紛れってやつだ。これが吉と出るか凶と出るか。さぁ、どっちだ。


「そうなんですね。分かりました。少々お待ち下さい」


 受付嬢は内線の受話器を手に取り、ダイヤルを押す。そして、話をしている。


 どうやら、吉のようだ。もっと、守谷の研究をしないと。ボロが出ると色々と困る。


 受付嬢は内線の受話器を所定の位置に戻した。これは話がついた感じだな。


「お待たせしました。大丈夫のようです。このまま、週刊現実の部署へ行ってください」

「ありがとう」


 これで何か情報を手に入れる事が出来るかもしれない。

「何階か分かります?」


「分かってるけど、確認の為に一応教えてくれないかな」

 これなら怪しまれずに聞けるはず。


「はい。お教えします。5階にありますのでエレベーターで行ってください」


「ありがとう」

「はい」

 受付嬢はにっこりと微笑んだ。


 俺は軽く頭を下げて、エレベーターの方へ向かう。


 どんな話が聞けるのだろうか。どんな些細な事でもいい。事件に繋がりそうな話を聞ければ。


 乗場ボタンを押す。すると、エレベーターのドアが自動で開く。


 俺はエレベーターに乗り、かご操作盤の5階のボタンを押す。


 エレベーターのドアが自動で閉まり、上階へと進んでいく。


 なんだろう。探偵代行なのに自分から行動している気がする。それは業務ではなく、犯人を捕まえたいと言う使命感か。自分でもよく分からない。


 エレベーターが止まり、ドアが自動で開く。


 5階に着いたようだ。エレベーターから降りる。

 5階は様々な雑誌の部署がある。


本を普段読まない、俺だって知っている雑誌から初めて聞くような雑誌まで多種多様だ。


 俺はそれぞれの部屋のドアの上に設置されているプレートを見る。そのプレートには部署の名前が書かれている。


 俺は目を凝らして、週刊現実のプレートを探す。

 うーん。近くにはないみたいだ。


 左側の通路を進んでいく。こっちに週刊現実の部署があるかは分からない。ただ、なんとなくだ。


 プレートを見ながら、進んでいく。すると、週刊現実と書かれたプレートを発見した。


 ラッキー。何となくで進んでみるものだな。

 週刊現実の部屋の前に行く。


 ドアが常に開いたままの状態になっている。部屋の中を見る。


 大量の資料が置かれたデスク前の椅子に座り、作業をしている記者達が居た。


「すみません。少しよろしいでしょうか」

 誰かに聞こえればいいと思い、そこまで声を出していない。


 ……あれ、全く反応なし。と言うより、無視ですか。いや、作業に集中してて聞こえてないんだな。


「すみません。少しよろしいでしょうか」

 さっきより声を張った。


 ……返答はゼロ。おい。全員、耳栓でもしているのか。こんちくしょう。


 ちょっとイラッとした。いや、だいぶイラッとしている。


 これは一番偉い奴に指導してもらわないと。いや、一番偉い奴も無視してるのか。


 これがもし、本物の守谷だったら、この出版社では小説を書かないと言われても仕方が無いレベルだぞ。


 俺は週刊現実の部屋に入り、一番偉そうな奴を探す。


 この人は偉そうじゃないな。この人も偉そうじゃない。


 一番奥のデスクに居る中肉中背バーコード禿。

 あいつが偉そう、いや、偉いんだな。


 俺はバーコード禿のもとへ向かう。


 どいつもこいつも目を合わそうとしないな。いや、優しそうな顔をした短髪男性がちょっと見てきたな。でも、すぐに下を向いた。


 あの人なら話を聞けそうだな。でも、ここじゃ話してくれなさそうだな。どうにかして、この部屋から引っ張り出す事はできないだろうか。


 そんな事を考えているうちにバーコード禿の居るデスク前に着いた。


「あのーすいません。ちょっといいですか?」


 俺はデスクを掌で軽く叩いた。いや、噓だ。まぁまぁ、強く叩いた。


「は、はい。あー守谷さん。どうなされましたか?」

 バーコード禿は白々しく言った。


 俺(守谷)が来るのは分かっていただろ。なんで、そんな態度を取るんだ。それにどうなされましたかじゃねぇよ。ずっと、気づいてただろうがよ。


 俺はバーコード禿が首から掛けている名札を見る。


 名札には「週刊現実編集長。伊嶋忠」と書かれている。


「本日遺体で見つかった表崎千尋さんが追っていた取材の内容を教えていただきたくて」


「……知りません」

「知りません? そんな事ないでしょ」


 ありえない。アンタ、編集長だろ。どうやって、雑誌を作るんだよ。責任者としておかしい。


「私は彼女がどんな事件について取材していたか知りません。ここに居る者全員知りません」


 伊嶋は額に大量の汗をかいている。これは確実に噓を吐いている。そして、何かを隠している。


「いやいや、貴方編集長でしょ」

「編集長だったとしても知らないものは知りません。彼女の事以外ならお答えします」


 答える気はないな。どれだけ時間をかけても無駄だ。でも、なんで隠さないといけないんだ。誰かに弱みでも握られているのか。きっと、そうに違いない。


「それなら表崎千尋さんのデスクやノートパソコンは調べさせてもらってもいいですか?」


 話してくれないなら何か手掛かりを見つけたい。


「いや、それは警察の方が来るまで出来ません」


 決まりではそうなっているが、こいつは知らないだろ。 


「警察に依頼されて捜査している私でもですか?」

 どうだ。これで折れるか。


「はい。警察の方からそう言われているので」


「誰ですか。その警察は?」

「お答え出来ません」


 答えられないものばかりじゃないか。それに一体、その警察は誰なんだ。深山さんか。でも、深山さんなら何かしら連絡してくるはず。それじゃ、別の誰かか。


「……それも無理ですか。それならいいです。お時間取らせてすみません」

 俺は軽く頭を下げた。


「こちらこそ申し訳ありません」

 俺は部屋から出て行く為に入り口へ向かう。


 部屋に居る記者達は俺に顔を合わせようとしない。これはもしかしたら、全員が何者かに脅されているのか。


 それとも、伊嶋に圧力をかけられているのか。理由は分からない。でも、理由があるのは明白だ。


 俺は部屋から出た。そして、エレベータへ向かう。

 どうすれば情報を手に入れる事ができる。


警察に後で聞いたらいいか。いや、この事件に警察が関与しているかもしれない。これは誰も信用できないようになってきたぞ。


「守谷さんー」

 スーツ姿の男性が大声を出して、こちらに向かって来る。


 あれはどこの部署の人間だ。そして、何よりもその鬼のような形相で近づいて来られると恐怖を抱いてしまう。


「は、はい」

 何を話せばいいか分からない。


 俺はスーツ姿の男が首から掛けている名札に視線を送る。


 名札には「現談文庫。相良智春」と書かれている。現談文庫って事は小説か。


「は、はい。じゃないですよ。さぁ、早く。新作のプロットを提出してください。締め切りすぎてるんですから」


「……プロット? なんですか。それ」

 初耳だ。小説とかの用語か何かか?


「冗談言うならもう少しマシな冗談にしてくださいよ。新作、どんな内容にするかだけでいいんで。今、言ってください」


「え、今?」

 おいおい、どうするよ、俺。これは簡単には乗り切れないぞ。


「はい。今です。どれだけ待たせるつもりですか?」

 相良が顔を近づけてくる。


 顔が近い。距離感を考えてくれ。ちょっと、いや、かなり怖い。


「えーっと」

「えーっと?」


「えーっとですね」

 搾りだせ。作家じゃないけど、何か生み出せ。


「はい。焦らさずに言ってください」

 詰め寄り方がもうその道の人だよ。かたぎの人間じゃねぇよ。


「……大怪盗の弟子が」

「大怪盗の弟子がなんです?」


「大怪盗の弟子が探偵代行をして事件を解いていく話はどうですか?」


 搾り出した。生み出してはない。今、自分が置かれている状況を言っただけ。


でも、口にしてみると、だいぶおかしいな事をしていると気づかされるな。やっぱり。

「……大怪盗の弟子が探偵代行ですか」


 相良は腕を組んで、何か考えているようだ。

 顔と顔の距離が離れてよかった。もうあと少しでキスするぐらいの距離だった。


「駄目ですか?」

「いいと思います。新しい切り口だ。その話にしましょう。今週中に一巻分のプロットを送ってください。お願いしますね」


「わ、分かりました」

 どうやら、納得してもらえたみたいだ。一か八かで言ってみるもんだな。


「それじゃ、失礼します」

 相良は俺に頭を下げてから、自分が所属する現談文庫の部署の部屋に向かって行った。


「……危なかった」

 溜息がついこぼれてしまった。守谷に変装して出版社を出入りするのは考えた方がいいな。


色々とボロが出てしまう。ここは守谷からしたらホームかもしれないが、俺からしたら圧倒的アウェーだ。


「……ちょっと待ってよ。これって」

 プロットを今週中に提出しないといけないと言う事は、守谷の仕事が増えるって事だ。これは簡単に言えば、あいつに軽い仕返しを出来たってことだ。


「よっしゃ」

 俺は声を最小限に抑えながら、ガッツポーズをした。


 これで守谷の苦しむ顔が見れる。それにこれは俺のせいじゃない。守谷が仕事を先延ばしにしていたせいだ。


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